第8話 作戦の失敗


「とりあえず今後の方針だけど……一旦パソコンをシャットダウン、そしてパスワードの捜索をしよう」


 俺はリンとサナにそう指示をする。


 が、当然と言えば当然だがリンは首を縦には振らなかった。


「いやよ、そんな時間はないわ。思いつく限りのパスワードを入力して今日1日で終わらせてやる!」

「あ、おい!」


 リンはそう言うと、椅子を占領したままパスワードの入力を続ける。


「親が帰ってきて、シャットダウンが遅れたらどうするんだ! 誤魔化しようなんてないぞ!」

「うるさいわね、だったら帰ってくる前に終わらせればいいじゃない! 男子高校生の考えたパスワードなんて一瞬よ」


 そう言ってリンはパスワードの入力を続ける。


 なんて力技なんだ……だが、リンの言葉にも一理ある。

 

 実際、パソコンのログインパスワードは簡易的だったのだし、フォルダのパスワードもそこまで難しいものではないはずだ。


 それにログインパスワードと違って、ログインを抜けた先のパスワードであればセキュリティがゆるゆるな場合もある。


「パスワードのヒント……4桁! どうやらパスワードは4桁らしいわ! 余裕ね!」


 そしてありがたい事に今回はそのゆるゆるに該当した。


 何回か間違えるとヒントが表示されるようで、そのヒントにはパスワードの桁数が表示されたようだ。


 しかもパスワード入力にローマ字は受け付けておらず、数字のみしか入力できないようになっている。


 4桁数字のパスワード、となれば親が帰ってくる前に解除も……まあ出来るかもしれない。


「ほら、そこ! 突っ立ってないでパスワードのヒントを探しなさいよ!」


 そんな事を考えていると、リンがこちらを指差して指示を出す。


 ……少し頭にくるが、まあやる気が一切ないってのより100倍マシだろう。


 それに同じ労力なら無理にでも連れて帰るより、パスワード解除を手伝った方が生産的だ。


「……はぁ、仕方ない。何言っても動きそうにないしパスワードのヒントを探すか」

「ううう、癪だけど仕方ないか……これも成仏のためだもんね」


 俺とサナは渋々部屋を物色し、4桁の数字を探す事にした。



 サナと俺は二手に分かれ、パスワードのヒントを探す作業に入った。


 サナはリョウタが付けたと思われる日記から近しいものを、俺は部屋のものを物色しヒントになりそうなアルバムなどを探していた。


「2月23日がリョウタの誕生日、3月25日が母親の誕生日、4月11日が父親の誕生日……どう?」

「だめね、どれも違う」


 しかし、捜索してさっそく日記が見つかったのは僥倖だった。

 4桁の数字といえばまず日付が思い当たるからな。


 そしてパスワードにするのなら身近な人の誕生日が真っ先に浮かぶだろう。

 ありがたい事に見つけた日記には家族の誕生日会の様子が記されていた。


 なので今はひたすら、誕生日及び何かイベントがあった日付の入力を繰り返している。


「そしたら7月23日家族旅行……おっ!2月14日チョコをもらえたのね! モテモテじゃない!」

「あ、そ、それは関係ないだろ!」

「関係あるのよねーこれが! どれどれ……3月14日ホワイトデー……おっ、付き合ったんだーおめでとう!」

「ちょ、返せよ!」

「だめよー、これもパスワード解読に必要なんだから!」


 だが、良いことばかりではない。


 男子高校生の日記となれば、1ページ1ページが青春の塊だ。

 青春にはもちろん色恋沙汰も多分に含まれている。


 そしてその青春を読み上げているのは、同年代だろうサナ。

 なので目を離すと、すぐにサナが茶化しモードに入ってしまう。


 だから俺は、その度にサナを注意し作業を止める必要ができてしまっていた。


「こら! 何度言えばわかるんだ! 遊んでないで真面目にやれよ! あと生前を茶化すな!」

「えー茶化してなんかないわよ、青春してるなーって感心してるの!」

「お、お前どうみたって茶化してるだろ! 返せよ幽霊女!」

「あんたも幽霊でしょうが!」


 はぁ……リンがあまりにも手を焼かせるので忘れていたが、サナもサナで大概だった事を思い出した。


「馬鹿な事言ってないで真面目にやれ! いつまで経っても進まないだろ!」


 まあサナはリンと違って考え無しに行動はしていない。

 その証拠に茶化してはいるが、作業自体はきちんと進めている。


 なので俺も怒るのを早々にやめ、また作業に戻る事にした。

 

 だが……。


「えっ……?」


 俺の手は作業を再開して間も無くピタリと止まってしまう。


 何故なら押入れの箱から見慣れた服が見つかったからだ。


 その服とは、注意していた少女が着ている制服、いや正確にはサナという存在を映し出している姿が着用している女性用の制服だ。


「どうしたのコウ」

「え、いや、その……」


 サナは突然作業を止めた俺を不思議に思ったのだろう。


 リョウタと取っ組み合いながらも読み上げていた日記をパタリと閉じると、俺の元へと向かう。


 好奇心からか、ニヤニヤとした表情で俺の手元を覗くサナだが、そんなサナの表情は一瞬にして真面目なものに変わり、そしてピシャリと凍りつくように固めてしまった。


「これ……私と同じ制服?」


 サナは俺からばさりと制服を取り上げると、リョウタの元へと差し出す。


「リョウタくん、この制服は……?」


 疑問は当然、セーラー服の出どころだ。


 しかしリョウタは答えようとしない。

 ひどく動揺を示した様子で沈黙を貫いていた。


 まあ俺としてはセーラー服の出どころも気になるが、同時に男のリョウタが何故セーラー服を持っているかも気になる所ではあるが。


「あ、そ、それは……」


 リョウタは差し出されたセーラー服を見た瞬間、手に持っていた日記をぼとりと落とし、冷や汗のようなものをかいていた。


 目線を合わせる事なく忙しく動かし、口に出す言葉は全て呂律が回っていない。


 ひどく動揺した様子だ。


 俺だったらまずひと呼吸置かせて落ち着かせるが、サナにはそんな余裕はないようだ。


 痺れを切らしたサナは口調を荒くして、さらにリョウタへと迫る。


「お願い話して! これはどうしたの!?」


 さっきまで近所の悪戯付きなお姉さんと言った者からの、まるで尋問のような質問にリョウタは肩をピクっと震わせる。


「サナあまり強くいうな」


 流石に見てられず、サナの力んだ肩に手を当てて声をかける。


 しかし、意外だな。

 サナはあまり自分の成仏については言及してこなかったが、まさかここまで成仏したがっていたなんて。


「一旦リョウタくんを落ち着かせよう、それで話を――」


 俺はサナを宥めようと声をかける。

 だが振り向いたサナの表情は俺が思っているよりも焦燥感が表に出ており、目があった瞬間俺は言葉を失ってしまった。


「ごめん、なんか焦っちゃって強く言いすぎた。でも……でもね、私一刻も早く転生したいの!」

「……」


 そう言われてしまうと、俺はもう何も言えなくなってしまう。


 だが……だがサナよ。


 考えてほしい。


 一男子高校生が、女性用のセーラー服を自分の部屋で見つけられてしまう。

 それも女性にだ。


 そしてその女性に「これどうしたの?」と聞かれれば……問いただされているのは、「どこでこの制服を手に入れたの?」ではなく、「どうしてこの部屋に女性用制服があるの?」と考えるのが普通だ。


「お願い、リョウタくん……答えて」


 ああリョウタくん……更に動揺をしている……。


 そりゃそうだろうな、この局面普通であれば何をどう答えても犯罪だ。


 だがすまないリョウタくん。

 一男子高校生の性癖が露わになるかもしれないという重大な場面でも、俺には彼女を静止する言葉が思いつかなかった。


「お願い……だから……」


 必死の懇願からか、サナの声は掠れ震える。


 その声には先程までリョウタを茶化していた女の子の雰囲気など到底感じられない。


 まるで泣きつくように縋り付く、弱った少女の声だ。


 その声にリョウタも観念したのだろう。


 両手を上げ、そして投げやりになったのか大声で答える。


「その制服は母さんのお古だよ! それを使って女装していたんだ! 女性の可愛い撮り方を練習してたんだよ! 悪いか!」


 辺り一面に静寂が響く。


 リンは口を開けてぼーっとリョウタを見つめ、俺は顔に手を当て何も動けなかった自分に後悔した。


 そして肝心のサナはと言うと……。


「……え? いやそんな事聞いてないんだけど……」


 当然、期待していた答えではなかったので、冷たい言葉で静寂を破ったのであった。




「うっ ぐすっ……うっ」


 あぁ、なんというか……居た堪れない。


 リョウタは何も悪い事をしていないのに、サナのせいで無意味に傷ついてしまった。


「リョウタくん、泣かないで」

「な、泣いてなんか……ない……」


 めっちゃ泣いてますやん……。


「そ、そうよ。リョウタくんのおかげで私成仏に一歩近づけたのよ!」

「……」


 もう黙ってくれサナ、なんのフォローにもなっていないからそれ。


 ほら、リョウタがめっちゃ睨んでる。


「まあでも、お前も俺と同じように成仏が出来なかったんだな……だとしたら少しは協力できてよかったよ」

「リョウタくん……ありがとう。でも少しじゃないよ、すごい進展だよ!」


 サナは手を広げ、明るく笑顔でリョウタの言葉に答える。

 サナのこういった所は美徳だな。

 底抜けの明るさと憎めない笑顔にさっきまで睨んでいたリョウタが気づけば笑顔になったている。


 だが、決してサナの言葉は場を明るくするためのその場しのぎの嘘ではない。


 実際に大きな進展であり、リョウタくんの母さんとサナは同じ学校にいっていたらしく、しかもリョウタも今年まで同じ学校に通学していた。

 

 これはかなりの収穫で、近隣で学生生徒が死亡している学校で調べた結果、一瞬で特定ができた。


 制服姿でいるという事は学校に何かしら未練があるだろうし、サナの成仏までかなり進んだ気がする。


「……で、次のパスワードは何よ。時間がないんだから早く調べてよ」


 あっやべ、すっかり忘れてた。


 ついサナの事で夢中になってしまったが、今はリョウタの成仏を行なっている最中だった。


 いい加減捜索にもどらないとな。


「あ、ああすまん今調べなお――」


『ガチャッ』


「「「――ッ!」」」


 部屋に突然、無機質な音が響く。


 俺達は一切にその後の方向に首を曲げた。


 音の方向は玄関、正体は当然……鍵穴が回る施錠の音だ。


「やばい! すぐにシャットダウンしろ!」

「ま、まって、シャットダウンが開始されない!」

「くっ、クソ雑魚パソコンが!」


 玄関からはブォォォと風の音と車のエンジン音が合わさった喧騒が響く。


 だがその瞬間、バタリというドアの閉まる音がなると喧騒は終わりを迎え、代わりに女性の声が部屋中に届き渡った。


『たーだいま、よいしょ』


 もう母親は家の中に到達してしまった。


 くそっ、シャットダウンはまだなのか!


 俺はバッとパソコンに目を向けるが、パソコンはまだシャットダウンを終えていない。


 ファンを大きく回し、1つ1つデスクトップの表示を消している。


『ん? 何か物音がするわね、何かしら』


 くっ、しかも遅いだけでなく煩い雑魚パソコンは母親を呼びつけてしまう。


 パソコンの進捗は……やっぱだめだ、全然シャットダウンが進んでいない!


「これ以上はだめだ! リン、モニターの電源を消して受肉を解除しろ!」


 せめてもの抵抗としてリンにモニターを消させ、俺達は輪を外す。


 そして俺達が輪を一斉に外したその瞬間、ドアノブがガチャリと音を立てて下がると、キィィィという金属が軋む音と共に母親が現れた。


「あれ、音が鳴っていたけど気のせいかしら」

『ふぅぅ、ギリギリ間に合ったか』


 どうやら俺含め全員受肉を解除するのは間に合ったらしく、母親が俺達の存在を認知する事は無かった。


 この世の摂理から外れた俺たち案内人と幽霊は、生きている人間には絶対に発見されない。


 だが厄介な事に1つだけ、俺たちを認知し得る手がかりがある。


 それは……。


「え、なんでパソコンが……ついてるの?」


 俺達がいたという痕跡だ……。


 母親の目の前でパソコンは大きくファンを鳴らし終えると、シャットダウンを知らせる通知音を響かせた。


「きゃ、きゃぁぁぁぁ、泥棒!!」


 そして今回その痕跡を、絶対に見られてはいけない人間に見せる事になってしまった。



♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎




 パソコンの痕跡が発見されてから数十分後、自体は大きく発展していた。


「おい、どうだ痕跡はあるか?」

「はい、何度もパスワードを入力した痕跡があります」


 2人の警察が部屋へと入り、1人がなにやらノートパソコンをクソ雑魚パソコンに繋げて操作履歴を確認していた。


 勿論俺達が操作した履歴はしっかりと確認された。

 なんの履歴といえば当然、直近でパスワードを何度も間違えた履歴だ。


 もちろん警察がその履歴をみて何も思わないはずもなく、確実に誰かがこの部屋に侵入したと結論付けられた。


「お母さん、このパソコンを狙われるような心当たりはありますか?」

「そ、そんなものはありません」

「なるほど……ならますます調べないとだな……おい」


 警察はそういうとノートパソコンを回収し、手慣れた動きで手帳に番号を書くと母親に渡しながら話を続ける。


「明日、令状を取って家宅捜索に入ります。おそらく証拠品としてあのパソコン含め様々なものが押収されると思いますが、事件解決のために協力してください」


 その言葉で呆然とする母親に困った警察は、半ば無理やり紙を握らせその場を後にする。


「何かあったらその番号に連絡してください。うちの署のもんに繋がります。あと危険なので今日は一日見張りをつけます。外出はもちろん禁止です。パソコンも操作はしないでください。では」


 警察はその言葉を残すと、言葉通り何名かをビル付近に残して撤退していった。


「ど、どうすんだこれ……」


 今日一日母親は家に残るためパソコンの操作ができない。


 しかも翌日になれば警察が押し入りパソコンを押収してしまう。


 最悪だ……。


「ねぇコウ、この場合どうするの……?」

「……そうだな、とりあえず熱りが冷めるまで待つしかないな……」


 あのパソコンには大したデータは入っていない筈だ。

 おそらく警察が調べたとしても数日程度で終わるだろう。


「熱りって大体どのくらいかな」

「まあ短くて数日、長くて1週間ってところか」


 サナの言葉にそう答えると、隣から例の女性が大声を出した。


「ふざけないで! そんな待ってられないわ!」

「……は?」

「あんたがチンタラやってたのが原因でしょ! あんたが何とかしなさいよ」


 はぁ、なんなんだコイツは。


 ろくに謝りもしない、指示には従わない、作戦はぐちゃぐちゃにする、挙句の果てには何様だと思わせるような振る舞い……。


「ちょっ、何よその言い方! コウはこの事を想定して――」


 パシンッ!


「……え?」


 俺は堪忍袋の緒が切れてしまい、リンに手を上げてしまった。


 だが俺の気はそんな最低な行為だけでは治らなかった。

 気づけば俺はリンの胸ぐらを掴み鬱憤をぶつけている。


「お前いい加減にしろよ! 少しはこっちの身にもなれよ!」

「なによ、アンタだって私の作戦に乗ったじゃない!」

「お前が俺の指示に従わなかったから仕方なく乗ったんだ! 大体俺は何度もこうなる事を指摘しただろう! なのにお前が突っ走るから!」

「だ、だ……だって私には時間が……!」

「空いた時間に強制成仏できる幽霊探せば済むは話だろうが!」

「そ、そんな事思いつくはずがないでしょ! なら最初から言いなさいよ!」

「――! お前は人の話を聞かないだろうが!!」


 俺はカッとなり思いっきり腕を振りかぶり、殴りかかろうとする。

 頭の中では暴力はダメだと分かっていても、体が止まらない。


 誰か止めてくれ。


 そう思いながら振りかぶった瞬間、俺達の間にショウタが入り込んだ。


「もういい加減にしてくれ!!」

「シ、ショウタくん!?」


 突然ショウタが現れた驚きに、俺の拳は力を失い同時に彼女の胸ぐらを掴む手の力もふわりと抜ける。


 ショウタは俺の様子を確認すると、突き飛ばす形で俺をリンから引き剥がした。


 もちろん突き飛ばされ、よろめいた俺はすぐに姿勢を整え目線をショウタへと向かわせる……が、俺は向けた目線をすぐにでも逸らしたくなった。


 何故なら、目線を向けた先にいるショウタは、俺を呪い殺すのではないかと思うほど強く鋭く俺を睨んでいたからだ。


「最低だよコウさん、女性に手をあげるなんて……」

「……申し訳ない。リンも……すまなかった。だ、だけどまだ成仏のプランは――」

「もういいよ! 成仏なんて!!」


 俺はすぐに次のプランを話そうとしたが、ショウタの怒声に近い叫びが俺に発言を許さなかった。


「もういいんだよ! 俺の使命を解決するために誰かが喧嘩するくらいなら……解決されない方がマシだ!」


 ショウタはそういうと、その場から飛び去ってしまっていった。


 あまりの突然の出来事に反応できず、俺は足を止めてしまう。


「ショウタくん!」


 そんな中、唯一動けたサナがショウタを追いかける。


 俺がその時できたのは、2人の背中が見えなくなるその時まで、ただ見続ける事。


 それだけだった。

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