第22話 どうすれば私らしく在れるようになるのでしょうか?

 ——神様の都合と人間の都合、どちらを優先すべきなのだろうかといつも思う。

 キリスト教徒が多い外国では、クリスマスは祝日とされている場合が多い。西欧諸国では、クリスマスイブから年明けまでクリスマス休暇が続く。アメリカでは十二月二十五日と一月一日だけが祝日で、後はそれらに合わせて有給休暇取得するそうだ。

 もちろん都合によって誤差はあるのだが、古くから宗教が根付いている国では祝日とされているし、近代になってキリスト教が広まり、法廷祝日とされた国々でも、他の古くから信仰される宗教に対して配慮して、他の宗教の記念日でも祝日とされている場合もある。

 だが、政教分離が法律で決められている日本では、それらを制定するのは難しい。なので十二月の二十五日が平日だった場合、クリスマスに近い日曜日にクリスマス礼拝を行う所が多い。

 幸いにも日本の学校は、十二月の二十三日ごろから冬休みが始まる事が多いので、子供はばっちりとクリスマス休暇を過ごす事が出来る。

 だが、大人はそうはいかない。クリスマスも正月も、物を販売する側からすれば大事な稼ぎ時だ。一か月も前から、クリスマスに関連する商品が店に並ぶ光景も珍しくない。それどころかクリスマス関連の商品の傍に、正月関連の商品が並ぶことだってある。

 とはいえ、熱心な信者は日本にもおり、昔とは違ってそういった記念日を尊重してくれる企業も多い。

 カガリが務めている病院がある町では、そういった事柄に力を入れているおかげか信者も多く、平日休日問わずに二十五日にクリスマス礼拝を行う教会も多い。もちろん休めなかった信者のために、クリスマスに一番日曜日にクリスマス礼拝を行う教会だってある。

 大人の都合があったとしても、子供にとってクリスマスは特別な日だ。例え宗派が仏教であろうと、神道であろうと、それ以外であろうと、家族でご馳走を食べて、サンタクロース——もしくは親に、クリスマスプレゼントを貰うのを楽しみにしている。

 八百万の神を祭ってきたように、日本人はその辺りがかなりアバウトだ。楽しそうな祭りであれば文化として取り入れるし、昨今では商売根性が逞しい商人たちが、新たな商戦を求めて馴染みのない外国の祭りを取り入れようと努力している。

 気が付けばケルト発祥のハロウィンは仮装を楽しむ祭りとして浸透しつつあるし、イースター——復活祭を定着させようと努力しているが、こちらは今一つ認知度が低いままだ。


 メイは早々にクリスマスアドベントカレンダーを準備して、寮の私室に設置をした。

 アドベントカレンダーはクリスマス前の日曜日四回分、もしくは十二月一日から二十四日までをカウントするために用いられる、期間限定のカレンダーだ。

 布や紙製のカレンダーにポケットや扉、箱や袋が日数分付けられており、その中にはお菓子や小さなプレゼント入れられていて、毎日一つずつ開けていって楽しむものだ。

 幼い頃は親と一緒に買いに店屋に行ったりしていたのだが、今年は初めてメイが一人でアドベントカレンダーを購入した。紙製で日数分の引き出しが付いており、それぞれに数字が割り振られているもので、シンプルながらも可愛らしい色づかいの物で気に入っている。

 去年とは違う事に悲しみと孤独感を覚えてしまったし、私室にアドベントカレンダーを飾った際に胸が苦しくなって、思わずカガリに連絡しそうになるのを堪えた。その時は暫くベットの上で蹲って、机の上のアドベントカレンダーをぼんやりと眺めたりした。

 十二月に入って最初の赤色の地に白い数字が書かれた引き出しを開けて、中にあったお菓子を取り出す頃には、メイの胸のもやもやが薄まり、代わりにワクワクとした感情が生まれた。

 毎日引き出しを開ける度に、カガリと過ごすクリスマスへの期待と、もう家族でクリスマスを過ごす事が出来ないという絶望が入り乱れて、メイの心は激しく乱高下を繰り返した。

 昼はカガリと過ごし、夕方からは長崎夫妻と共にクリスマスディナーを楽しむ事になっている。いきなり長崎夫妻の自宅でのクリスマスはメイも緊張してしまうだろうと、その日は外食をしてから家へと戻る事になっている。家にはささやかだがクリスマスツリーとリースを飾るつもりだと、長崎夫人が楽しげに話してくれた。

 基本的には寮生は冬休みを迎えると、皆親元へと帰省するのだが、家の事情で寮に残る者も、数日遅れで帰省する者いる。メイは数日だけ寮に残り、クリスマスの夜のディナー後に長崎夫妻宅へと向かう事になっていた。


 退院してから暫くの間は、長崎夫妻が自宅に用意してくれたメイの自室で過ごした。今の寮付きの女学院へ編入するまでの間、日常生活と両親が居ない孤独感に慣れようと必死だった。長崎夫妻は出来るだけ時間を作ってくれて、メイと一緒の時間を増やして寄り添ってくれた。

 長崎夫人は料理上手で、色々と手料理を作ってくれたし、一緒に料理をして、それを三人で味わったりもした。

 長崎夫妻は多忙なために、家事は家政婦を雇っていたので自宅は常に片付いていた。

 元々家でも母親の手伝いはしていたし、最低限の家事を教わっていたおかげで、その辺りは自分でする事にしてもらった。何かする事があった方が気がまぎれるし、気を使わなくて済むし、夫妻もそれが分かっていたのか、その辺りの事はメイの自由にしてくれた。

 本当に少しずつ、ゆっくりと距離を縮めてくれて、メイが寮に入る頃には気兼ねなく話しかけられるようになっていた。頻繁に連絡は取る様にしていたし、長崎夫妻も暇を見ては学校の事や寮生活などの事を尋ねてくれた。

 町の喧騒から少し離れた場所の学校での寮生活は、騒がしく慌ただしい人の営みから離れた時間は、物事をゆっくりと考えるには丁度良かった。外出時や物の持ち込みなどに多少は面倒な手続きはあったが、それ以外は平穏な日常が過ぎていった。

 何より生徒同士の距離感が丁度良く、つかず離れずで同級生としての距離が心地よく、たまたま気の合ったイクとと話すようになり、友人と呼べるほど仲よくなる事が出来た。

 元の中学校でも少ないが友人と呼べる相手はいた。けれど、事件が起きてからは以前の自分が、どういう風に周りの人と接していたかが分からなくなってしまった。結果として入院して転校する際に、「引っ越しと転校をする事になりました。今まで仲よくしてくれて、ありがとう。どうかお元気で」という文章を送ったのが最後になった。

 普通に良い友人達だったと思ってはいるが、メイは友人達と今まで通りに、自然に接する事が出来ないと、自分でも分かっていた。きっとお互い気を使ってばかりで、息苦しいだけの関係を続けるのは、双方にとって不利益にしかならないだろうと、今までの人間関係をやり直す事にした。

 メイがもっと大人で自立していたのであれば、おそらくは関係を続ける事が出来たかもしれないが、メイも友人達も一般的な中学生で、人格形成をしている途中の子供だった。社会経験も人生経験も浅い子供に、それらに折り合いをつける事は難しい。

 だったら、いっそのこと人間関係を一からやり直した方が、お互いのためだとメイ自身思っていたし、長崎夫妻はメイの意思を尊重してくれた。

 両親が亡くなった事を完全に消化しきれておらず、何とか傷ついた自分を守りながら、少しずつ立ち上がって、顔を上げて前を向く事が出来た所だ。まだ、一歩も前へ進めていない事は、メイが良く分かっていた。


 カガリから二十五日に休みが取れたという連絡が来た際は、まさに天にも昇る思いだった。嬉しさで頭の中がふわふわして、胸がどきどきと激しく打ち、気分が高揚した。

 いまだに自分の感情が上手くコントロールできずに、酷く落ち込んで膝を抱えてしまう事もあり、その影響で体調を崩す事もあった。幸いにも学校側はその辺りを理解してくれているので、ある程度は融通してくれるおかげで、二時限目や三時限目からの投稿の日もあったが、何とか丸一日休むような事態は避けられている。

 世間の好奇の目に晒されるのも、無責任な噂を流される事も、誰しもが持つ悪意のない精神的な暴力だが、同時に他者を気遣い慈しむ善意も確かに存在している。

 かつて両親が他者へと向けた善意が、今、娘の心を支えてくれている。

 天国に先に行ってしまっても、メイの事を間接的に守ってくれている。その事を思えば、メイは少しだけ前と進める気がした。

 そしてカガリが不器用ながらも、メイの事を気にかけて、少しずつ距離を縮めてくれている。何となくだが、カガリ自身が何かを抱えている事は察してはいるが、彼が自分自身の意思で話してくれる日を気長に待とうと思っている。

 以前にカガリが、マリに世話になっている事と、優秀なカウンセラーだから大丈夫だという話をしてくれた。マリはカガリとは昔からの知り合いだとしか教えてはくれないが、おそらくカガリは彼女の患者だったか、今もなお患者のままのどちらかだとは考えている。

 今のネット社会ならば、カガリやマリの名前や年齢や仕事と言ったワードで検索すれば、ある程度は情報を拾うことは出来るだろうが、メイ自身がされて嫌な事を他者にしようとは思わない。

 真面目で頭の固いカガリ相手なので、多少は強引に積極的に行動はするが、嫌がる事はしたくないし、彼の表情を見て、引き際は弁えているつもりだ。

 今はまだカガリはメイの事を姓で呼ぶが、折を見て名前で呼んで欲しいと伝えるつもりだ。その時はカガリの事も名前で呼びたいと思っている。カガリの事なので、きっとタイミングをの場でば、ずっとせいで呼び続けられることは容易に想像できる。

 ……優しいのに、すごく不器用で、臆病な人。

 彼に名前で呼ばれる頃には、少しは自分は立派な大人になれているだろうかと、いつか来るかもしれない日を思い、口元に笑みを浮かべた。

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