第16話 受け取ってくれるでしょうか?
その日に送られてきたメッセージには、一つの写真が添付されていた。
『友人とボランティアでバザーに参加しました。お揃いで購入しました』
写真に写っていたのは、パッチワークで作られたクマのぬいぐるみが二体。片方は赤色系、もう片方は青色系。それぞれの色の布で縫われたクマのぬいぐるみは、素朴ながら可愛らしい。
『可愛らしいな。クマのぬいぐるみが好きなのか?』
休憩中という事もあり、あまり長時間の通話は無理そうなので、いつでも切り上げられるようにカガリは短いメッセージを打つ。
『はい。好きです。どの動物のぬいぐるみも好きですが、両親から初めて送られたぬいぐるみがクマだったので』
両親という単語で、画面に触れていたカガリの指先の動きが止まる。
カガリは大まかにメイが巻き込まれた火事の状況を聞いている。通報を受けた消防隊員が突入した時には、家中に火が回り、煙によって満たされていた。両親がメイを庇うようにして倒れていたのを発見した際には、既に両親は大量の煙を吸って虫の息だったそうだ。
メイが殆ど火傷がなかったのは、両親が必死になって彼女を火の手と煙から守ったおかげだ。メイも、あと数分発見が遅れていたら手遅れだっただろう。
その状況で何かを持ち出せるわけも、燃えずに残るのは難しいだろう。
……すべて燃えてしまったのか。
そんな事を考えながら止まっていた指を動かし、他愛のない話を続ける。
『外国では、最初の友達になってくれるようにと、テディベーを贈る習慣があると聞いた事があるな』
『ええ。それに習って両親がプレゼントしてくれたんです。アルバムの写真に、赤ん坊の私と一緒に映っていましたから』
カガリは画面の文字を目で追いながら、そのアルバムも燃えてしまったのだろうなと思う。それでも、そういった過去の両親との思い出を語る事が出来るほどにまで、メイの心が回復したという事に安堵した。
心の傷が無くなる事は無いのだろうが、痛みと疼く回数を減らしていく事は出来る。それは個人差によるものが大きいのだろうが、メイは少しずつだが確実に前へと歩んでいる。
その事を嬉しく思いながらも、何時までも過去に囚われて立ち止まっている自分が妙に情けなくなってしまう。メイとの交流中に後ろ向きな気分になるのはいけないと、深呼吸をしてから話題を変えた。
『話は変わるんだが、クリスマスプレゼントは、どういった物が良いか尋ねても大丈夫か?』
プレゼントという単語でクリスマスの事が頭をよぎり、連鎖的にクリスマスプレゼントという言葉が浮かんでくる。
『丁度、バザーの時に私も島原さんに相談しました。お医者様は、実用性重視と見た目重視、もしくはロマン重視のどれでしょうか?』
どうやら他人への贈り物に対しての考え方は、カガリとメイは似ているらしい。カガリも相手の好みが分からない時は、使える物か、見た目の良さか、思い出に残る事を優先すべきか、その辺りを考えて贈り物をする。
『そこそこ使える物が嬉しいとは思う。俺としては贈り物は食べて欲しいし、使ってもらいたいと思うからな』
以前メイに硝子の瓶の飴を送ったのも、硝子瓶が小物入れになる事と、飴を嫌う子供はそうそういないだろうとの考えだ。というよりは贈り物のカタログを見ていた際に、そのも文言が掛かれていたのが目に入り、なるほどと思って選択したという事情がある。
幸いにもメイは喜んでくれていた様なので、カガリは柄にもなく思い出し笑いをしてしまい、コタロウに「何か良い事があったのですか?」と尋ねられたほどだ。
『では、私もそのようにお願いします。出来れば形が残るものが嬉しいです』
もしかしたら、メイはすでにクリスマスに何を送られるか予想がついているのかもしれないと、カガリは苦笑する。
カガリはそんなに他人に気を使えるような男ではない。むしろ自分の事で精一杯なうえに、流行にも疎く、女性とは高校の頃からほとんど縁がない。
ならば奇をてらうことなく、定番のプレゼントをするのが一番だと思っている。
——彼女に、新しい友人を。
『プレゼントを考えてくれる気持ちは嬉しいが、——あくまで中学生のおこずかいの範囲で頼む』
良識ある大人としては、そこの所は譲れない。かといってメイも一方的に奢られるだけは避けたいとの事で、前以って話し合ってクリスマスの予算は決めている。もちろん大人で医者として働いているカガリの予算の方が高い。とはいっても昼に食べるランチ代程度で、後は途中で買う飲み物などを想定した分だ。
何時かメイが大人になった時に奢ってくれればいいと話してあるので、所謂出世払いということになっている。
『大丈夫です。私も良識ある中学生ですから』
信頼における言葉をいただいた所で、カガリはそろそろ仕事に戻る事を伝えて、携帯端末を上着のポケットにしまった。
十二月の半ばを迎えれば、クリスマスに予定のある人間は浮足立ってくる。恋人、家族、友人と人によって相手が違えど、それを楽しみに思う事に違いなど無い。
「クリスマスプレゼントって言ったら、やっぱりロマンだと思う」
そう断言するのは、生憎と彼女とも同じくクリスマスは仕事の予定が入っているノブチカは、休憩中の談話でそんな事を宣言した。
彼自身、クリスマス及びイブも仕事が入っており、警察官だという彼女もイベントなど気にしない相手のせいで生憎と忙しい。そのため、数日遅れで取得した休みでクリスマスディナーをするのだと張り切っていた。
「ロマンも大切だとは思いますが、某世界的遊園地の耳のカチューシャの様に、その場以外でつける事の出来ない物を貰っても困るだけだと思いますが。……別れた時に換金できる品の方が喜ばれるのでは?」
最近忙しくてストレスが溜まっているのか、コタロウの台詞は柔らかい口調とは裏腹にかなり手厳しい物だ。後輩の一言は、まだ十日以上あるというのに、テンションが最高潮を迎えているノブチカを冷静にさせるのには十分だった。
「まあ、適度に使える物が良いのは確かだが、物の値段によっては相手に引かれるだろう。その線引きが難しい所だな」
「——まあ、恋人でもない相手からブランド品を貰ったら、速攻で距離を置くでしょうね。なんか色々と地雷臭がしますし」
「……キレッキレだな益田君。日頃溜めこんでいるのだろうか……」
笑顔で毒舌を履く後輩の身を案じて、カガリはお気に入りのメーカーのコーヒーを勧めてみると、コタロウは笑顔で受け取ってくれた。
「ありがとうございます。……何というか、周りの浮足立ったクリスマスカラーが、目に痛いんですよ。本来は家族みんなで家で祝うはずなんですが、日本ではすっかり恋人同士の記念日及び、クリスマス商戦扱いですよね」
「何ー。もしかして益田。恋人がいる人が羨ましいの?益田は見た目も雰囲気も良いんだから、もっと積極的にいかないと。じゃないと十文字みたいに仕事が恋人になってしまうよ」
ノブチカは気分の乱高下が良く起きるため、すぐに復活を果たしてコタロウに先輩風を吹かせている。
「——いえ、別にそれで良いと私は思っていますので。何と言うか……周りの雰囲気についていけないのに、無理やり巻き込もうとされているみたいで……、少し、疲れてしまうだけです」
コタロウの返答にカガリは大きく頷きそうになったが、とりあえずは軽い肯定を返しておいた。
他者が幸せそうにしているのは見ていても良いのだが、その幸せに第三者を巻き込もうとする空気が、カガリも昔から苦手だった。
その幸せは彼らの物であって、その第三者の物ではない。否定はしないが、それがカガリの幸せと同じ色と形をしているわけではない。
幸せの基準は人それぞれ。それは当たり前だというのに、それを理解していない人間が世間には多すぎる。
それを言うと僻んでいる、嫉妬しているのだろうと批判される。ただ、本当に興味がなく、それを楽しい事と思えないだけの話だというのに。
日常の細やかな出来事に、幸福を感じるのはそこまでおかしなことではないだろう。
虹を見た。猫に会えた。好物のお菓子が買えた。好きな人と話せた。人に親切にしてもらえた。お礼を言われた。好みに合う本を見つけた。少し早く帰宅出来た。
——日常の幸福なんてそんな物。
それがあれば人は生きてけるのだろうと、カガリは最近思うようになった。
大半の人間は生きる目的など持たずに、ただ人生を良くしたいと幸せでいたいと思いながら生きている。自らの人生に価値を求めるのは、きっと人生の終わりを感じた時だろう。
本当の偶然の不幸な事故によって、加害者が居ないままに肉親を失った親族が、その死に価値を求めて、同じような事故が起きない様にと世間へと訴えるように。
それに誰かの過失が無ければ、その悲しみと怒りを向ける相手がいないのであれば、せめて将来的に不幸な事故を防ぐための事例となる様にと訴える。
本人が気を付けるしか方法がないとしても、訴えずにはいられない。
その心を否定する事は誰にもできないだろう。
……ああ、思考が変な方向へとそれてしまう。
ふとした瞬間に、自らの思考の海へと沈んでしまうカガリは、我に返る度に意味のない事に時間をとってしまったと、ため息をついてしまう。
……あの子であれば意味の無い事など無いと、どこかで読んだ本の内容を絡めて諭してくれるのだろうか。
不意に脳裏をよぎったメイの声と、益田の声が重なった。
「周りの人が幸福であるのであれば、それは良い事だと思います。同僚が少々浮足立っていても、当日が上手くいけばいいなと、心の中で応援するぐらいには」
人の幸せを否定などせず、素直に幸せであればそれで良いと、コタロウは朗らかな笑顔を浮かべる。その様子に毒気を抜かれたらしく、ノブチカも気まずそうに視線を彷徨わせた。
「……ああー。うん、ちょっと、俺テンションがおかしかったな。変な絡み方をしてごめん」
気分が平常に戻ったのか、ノブチカは素直に後輩に謝罪をした。偶に失言や変な絡み方をするが、根が悪いわけではないのは、カガリもコタロウも分かっているため、変に後を引く事はしない。
「いえいえ。私も少し、変なテンションだったので、すみませんでした。これで、お相子という事で」
穏やかな日常は当たり前のようにあり、それが続く事をきっと皆が心のどこかで信じている。そして、それはカガリも同じこと。
口元に笑みを浮かべるコタロウを見て、カガリはやはり彼はメイとどこか似ていると感じていた。
短い休憩を終えてそれぞれが仕事に戻り、時間が過ぎて暗くなった頃、カガリ達の病院に緊急搬送の通報が舞い込んできた。
迷うことなくそれを受けて、運ばれてくる患者に備えて、皆が慌ただしく動き回っている中、遠くからサイレンが響いてきた。どんどん大きく近づいてくる音が、現場にいる人間達の緊張を高めていく。
サイレンが唐突に途切れ、ストレッチャーに乗せられた患者が、数名のスタッフと共に迎え入れられる。
救急隊員と共に処置室へと戻ってきたコタロウの顔色が、先ほどよりも随分と悪い。遠目にも様子がおかしいと分かり、カガリとノブチカは顔を見合わせた。
どんな時も冷静なコタロウには、いつもの柔らかな微笑みは無く、動揺しているのを隠しきれていない。
どうしたと声を掛けようと近づいたカガリに気が付いたコタロウは、無言でカガリに歩み寄って腕を掴み、緊急搬送された患者の元へと連れていく。らしくない強引な行動に目を白黒させているノブチカを置き去りにして、ただ事ではないと判断したカガリはそれに大人しく従い、緊急搬送された患者の顔を見て、体に衝撃が走り、思考が停止してしまう。
「……あ……マリ、さん……」
何とか絞り出した自分の声が、震えて掠れていた事にも気づく事が出来ずに、カガリは火傷を負った姿で眠るマリをただ見つめていた。
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