第13話 付き合い方は難しいですか?

 人間関係というものは、何時の時代も誰かを悩ませている。

 人間関係で転職をしたり、登校拒否になったり、酷い時は精神を病んでしまい、病院に頼るしかなくなる。

 当人が努力すればどうとでもなる事柄であれば、まだいい。けれど、産まれや育ち、容姿や才能といった、当事者にもどうしようもない事を責められても、理不尽な怒りしか残らないだろう。

 最たるものが未成年——子供で、親——保護者の庇護のもとで生活が必要なため、その環境から逃れる術がかなり限られてくる。

 親とて人間。出来る事や耐えられる事もあるし、人格や生活などを加味した上で色々な理不尽や妥協などな経験しながら生きている。

 ——普通の常識ある隣人がいる事は恵まれている、などという言葉を聞けば、思わず納得してしまう人も多いだろう。

 ——そして厄介なのが、常識というのは大まかな枠組みは存在しているが、時と場合と場所などによって変わる事。そして、当人たちが常識人かどうかは分からないし、当人の実が無自覚な場合も多い。


 メイ達の通う中高一貫校は市街地から離れた丘の上にあり、持ち寄りの駅から出ている送迎バスに乗る生徒が多い。徒歩でも自転車でも通う事自体は出来るのだが、それなりの労力を必要とする。

 そして全校生徒の一割二割程度は寮生活を送っている生徒がいる。彼女らは単純に実家が遠く自力での通学が難しいか、それぞれの仮定の諸事情によって入寮をしている。だが、そもそも入寮には審査があり、それなりに難しい。

 それもそのはずで、一定数が名家のお嬢様であったり、大企業の重役の娘だったりと、出来る限り良い教育を受けて、教養を得て自立した大人になる事を求められているからだ。

 生徒達全員がそうというわけではないのだが、世間でいう女子中学生のイメージよりは、精神的に大人になるのが早い。

 故に、その中に、一般的な女子中学生が入ってくると、多少なりとも軋轢が生まれるのは致し方がない。

「——友人が多いにこした事は無いと私も思いますが、友人が少ないからといって、生きてけない訳ではないし、少なくてもその友人達と共に思い出を積み重ねながら、生きていければそれで良いと思うのです」

 そんな事を眉を顰めてため息交じりに話すメイに、イクは苦笑しながら同意をする。同年代の相手からすれば、友達が少ない事への言い訳に聞こえなくはないが、メイは本気でそう思っている。

 友人が人生を豊かにするのは確かな事だが、お互いを友人だと思っていなければ、それは酷く空しい物になってしまう。

 けれど友人と知人の境目は難しく、メイ自身が思うに、学校でよく話して連絡先を知っていて、気の合う相手——というのが、今の所の基準になってる。

 そして、それが断言できる相手が、メイの目の前に座っているイクという少女だろう。そのあたりはイクも同意見で、こういう所の価値観が合うからこそ、傍に居て落ち着くのだろう。

「……それは同意見。話しかけてくる分には問題ないけど、それだけで友人と豪語されるとね。価値基準は個人で違うとは思うけど、わたし的には学友?とはいっても、まあ、いいかなとは思うけど、それはクラスメイト全員に言える気がするし」

 メイとイクが談話室の隅で話しているのは、最近編入してきた転校生の事。親の仕事の都合で引っ越してきて、折角それなりに有名な学校があるからと勧められて、編入をしてきた。


 メイ達の通う中高一貫の女学校は、優秀な出来る女性の人材の育成を掲げている。時代によって移り変わるニーズを取り入れながら、良き古き伝統を重んじながら発展させてきた。

 一昔前は、家事全般ができ、育児をこなして、家を守ってくれる女性が求めれていたが、昨今は女性の社会で働くのが当たり前で、結婚の重要性も幾分かは薄れてきており、家庭に入るのが女性の幸せ、というわけではなくなった。

 この学校では、基礎学力を高めつつも、最低限の料理や裁縫、何処でも対応できるようにとしっかりとした礼儀作法を教え、最終的には学生本人が求めるスキルを磨く選択授業を行うようになる。

 そんな特別授業の中で、社会出て生きる先輩たちとの交流会があるのだが、毎年組まれるのが、所謂プロのスタイリストから受ける化粧の基礎講座。さらに言えば毎年生徒からも好評だったりする。

 一応は学内での化粧は、表立っては推奨されてはいないが、休暇などの個人の時間はかぎりではない。もちろんあからさまなものは教師たちに注意を受けるが、肌を整える程度の化粧ならば見逃してもらえる。

 もちろん化粧にも流行はあるのだが、基礎知識自体はそうは変わらない。社会に出れば女性にとって化粧は当たり前の事。若い頃は確かにそこまで必要性はないかもしれないが、しっかりとした下地を作っておくことで、いざという時に力を発揮させる。

 そうする事で、生徒達は身だしなみの大切さや楽しみを見出し、結果的には風紀を守る事に一役買っている。


——閑話休題。話は戻るのだが、つまりはこの学校は、一般的な学校と少し雰囲気が違う。皆、礼節を重んじ、相手との距離感を中学生ながらに気を付ける。同じ時を過ごせば、気の合う人や距離間なども自然とつかめてくる。多少は近づきすぎたとしても、当人や周りの人間がそれとなく気が付いて、適切な距離感をとれるようになる。

 やがて学校での友達、プライベートも付き合いのある友達と、うまい具合にかみ合っていく。人付き合いが苦手だとしても、積極的関わっては行かないが、学校という集団生活を学び営む場であれば、卒なく接する事が出来るようになる。

 なんだかんだ言いながら、人付き合いが苦手な者同士、良い距離間での友人になったりもする。

 ちなみにメイとイクは、お互いを尊重しつつ、助け合いながら思い出を共有する。そんな価値観があったおかげで、連絡先を交換して、休日にお互いの予定を確かめながら遊びに出かけている。

 移動や準備を含んだ休み時間はそれらを優先しつつ、一緒に教室を移動して、席が決まっていなかったり、組む相手が必要な時は、確認し合う事も無く自然と組むようにしている。昼食は一緒に食べるし、何か困っている事があれば相談に乗ったり助けたりする。

 そして、今はその延長線上にいる。

「——まあ、寮生活というモノにあこがれを抱くのは分かるけど、実家から通えるならそれで良いと思うんだけどね。まあ、自立を促すために寮生活をさせる家庭もあるけど」

 イクの家では伝統みたいな、自立性を鍛えるための練習みたいな側面もあったりする。施設はしっかりとしているし、防犯の面でも寮母さんや警備員が常駐しているため、親も安心して娘を預ける事が出来る。

「……まあ、わたしの場合は、家のごたごたから遠ざける意味もあるからね」

 伝統ある休暇は色々と大変なのだが、イクからすれば跡継ぎである姉に比べれば、負担は軽微なものなので、あまり気にしていない。

 肩を竦める仕草で流すあたり、イクはなかなかに胆が据わっている。メイも、彼女のいつまでも悩まずに前を見て歩くところを尊敬している。

「基本的に寮は関係者以外は立ち入り禁止。それはクラスメイトにも当てはまる。……大して親しくもない相手ならばなおさらなのに、それを全く理解してくれない」

 編入生は明るく社交的ではあるが、少々我が強すぎて、空気を読めない所が見受けられる。一般的な中学校であれば、彼女はクラスに数人はいるリーダー的な役割を率先してこなす人間なのだろう。話題が豊富で、人に話を振ってくれるし、悪口を言わないし、困っていれば普通に助けてくれる。

 おそらくは良い人なのだろうが、万人に受けるモノがないように、どうしてもその勢いについていけない人種はいるものだ。

「……言葉を濁して、当たり障りに断っている事に、気が付いてくれないのは、地味に厄介だよね」

「京都の人みたいに遠回り過ぎる断り方でもないのに」

「……ああ、何か決まったものを出したら、お断りだとか帰るように促しているとかね。しかも似たようなのが何パターンもある。京都には住めないね」

 メイは積極的に友人を作る方ではないが、友人と共に過ごすことの楽しさも分かっている。けれど、自分だけの時間というモノも大切にしたいと思っている。

 イクは来る者も去る者も拒まず、お互いの時間を大切にしながらも、学校の思い出を共有したいと思っている。苦手な事でも許せる範囲であれば付き合うし、相手が了承してくれるのであれば、こちらの趣味につき合わせたりもする。

 こういう事は持ちつもたれずで、一方的に押し付けたりするのは間違っていると、メイもイクも思っている。

「一人でいる事は言うほど悪い事ではないし、物静かだからと言って、大人しい性格とは限らないし、不満がないわけではない。話しかけてくる分にはいいけど、無理やり話の輪に引きずり込まれるのは、少し困ります」

「……ああ、特にアイドルの話とか困るよね。嫌いなわけでもないし、歌とか気に入ったものを聞いたりするけど、グッズを買ったりコンサートに行くほど好きでもないし」

 話題によりけりではあるが、二人は流行りのアイドルの話はとんと興味がないせいで、情報もネットニュースの見出しを見る程度にしかない。

「女子が皆アイドルが好きなわけでもないし、最先端のおしゃれを追っかけているわけでもないし」

 転入生は良くも悪くも、今どきの女子中学生といった様子で、小学校の高学年の時には、既に簡単な化粧をしていたらしく、そういう事にも詳しい。

 元々年頃の少女のために、一定数はそういった事に興味のある少女たちで、グループを作る事も珍しくない。問題なのは転入生が自分の価値観を基準にしている事と、彼女がイクの親戚筋だという事だろう。

 幸いクラスは別であるために、接触する機会は限られているのだが、イクからすれば少々面倒な相手だ。

「……良くも悪くも、姉さんに取り入るための布石だとしか思えないだよね。あの家、昔からそういう所に固執しているから」

 元は所謂成金だったのだが、イクの所の血族と婚姻関係を結び、結果として代々続く地主の名家と縁続きになった。分家が金策に困り、名家の分家ではあるがお金がなく、お金はあるが家の何ブランド力がない家同士が手を組んだ。

 そしていまだにその辺りの事を気にしているらしく、本家筋に近づこうとやっきになっているらしい。

「……なかなかにドラマみたいな状態」

「わたしからしたら、その向上心は凄いと思うけど、今あるモノを守りながら発展させることに注力すべきだと思うの。……というかね、元々その分家筋は過去に色々やらかしていて、当時は殆ど見放された状態だったらしい。だから、本当に家の名を金で買ったみたいな状態なわけ」

 元よりなかなかに香ばしい人たちで、彼女もその血族の一人だとという事だ。

「一応はそれなりに常識はある人たちで、どっちかというと感覚自体は、一般家庭のそれに近いとは思う。少なくとも彼女の母親は一般家庭の出だし。旧帝大卒だけど」

 財力にブランドに学力と、ある意味わかりやすい。

「うちのごたごたを聞きつけて、繋ぎを作っておこうと思ったんじゃないかな。わたしとしては、姉さんに直接アポを取って欲しいんだけど」

 大きなため息を吐きながら、イクは座っていたソファの背に体を預けて天を仰ぐ。

「やっぱり、どの家にもそれなりに問題はあるんだね」

 メイの家もそこそこの裕福な家庭だったが、代々続く名家とかではなく、単純に両親がそれなりに優秀でしっかりとした職に就いていたおかげだ。自分達に何かあった時の保険もかけていたし、後見人や財産管理をしてくれる弁護士なども頼んでいてくれた。

 ——優秀で面倒見の良い両親は、人徳のある人で、とても人に好かれていた。弔問に訪れた知人友人達は、皆両親の死を悼んでくれた。

 メイがこうして平穏な生活を送れるのも、全て両親のお陰だ。

 命そのものは平等だ。けれど、必要とされる命が優先され、価値があるのも事実だと、メイは思う。

 天国にはお金は持っていけないというが、現世を生きていくためには必要なものだ。食欲も睡眠欲も性欲も、生き物が生きて子孫を残すために必要な物。

 何かを望むのは人間としてはまっとうな感情だ。

 ……メイだって、一人で生きていけるほど、強くはない。

 何かで孤独と退屈は人間の心を殺すのだと言っていた。

 自分は価値ある人間に、誰かに必要とされる人間になれるだろうかと、メイは時折不安になる。そしてカガリとの約束の時まで、自分自身に飽きる事も絶望する事も無く、ちゃんと生きて大人になることは出来るのだろうかと。

 形のない不安がもやもやとメイの胸の中を支配していく。

 メイはイクとの会話を好きだと思っている。偶には彼女の愚痴を聞いてあげたいと思うし、代わりに自分の愚痴を聞いて欲しいと思う。

 それでもやはり、他人の愚痴というのは負の感情を纏っていて、聞いた人間の心に多少なりとも沈殿してしまう。時間が経てばそのもやもやも薄れて、ただの情報として記憶に残る話の一つになる。

 それまでは友人のもやもやを少しでも共有して、彼女の胸のつっかえが少なくなれば幸いだと、メイは思う事にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る