第21話 出張
「へ? 東京研修ですか?」
GW明け、出勤早々課長に呼び出された。
「それって来月新発売の投信のやつですよね。森田さんが準備していたと思いますが?」
「森田さん、連休中転んで足にヒビ入っちゃったんだって」
「あ〜」
それはお気の毒に。
「でも、なぜ私でしょう?」
「研修明後日でしょ? 明日前泊しないといけないし、今回は本社じゃなくて府中の事務センターなわけ。突然すぎてみんな尻込みしちゃって。その点高山さんは土地勘があるから。ね? ホテルと飛行機は総務に連絡して、名義変えてもらってくれる?」
「……わかりました」
いくら土地勘があろうと、突然出張なんて行きたくない。そもそも投信はお客様に説明する程度の知識しかないから不安だ。でも、命令されれば行かざるをえない。
私は総務に電話して、投信の販売リーダーに閉店後レクチャーしてもらうためにメールを打った。
◇◇◇
翌日、空港に向かうリムジンバスで、金曜に終わる研修はその日バタバタと帰る必要がないことに気がついた。スマホで帰りの飛行機を日曜に変更し、金曜と土曜の夜、斗真のアパートに泊めてと連絡する。彼に用事があればビジネスホテルを取ろう。
「飛行機は半年ぶりだ……」
あの、呪いを祓った運命の日以来だ。あの時は三人旅だった。
「あ」
私は慌てて大和さんに週末のバイトを休む連絡をする。するとすぐにピコンと返事が来た。
『気をつけてね。お土産は〈銀座チーズケーキ〉がいい』
何それ知らない。調べると、最近流行りの東京みやげだった。了解のスタンプを返した。
翌日、ホテルから現地に問題なく移動した。
ドアに貼ってあった席次表通りに腰を下ろして、キョロキョロと周囲を見る。
前の店舗もお付き合いのあった店舗も見たことのない社員が座っていた。懐かしい人に会いたかったような、誰とも会わずに済みホッとしたような。
そんなことを考えていられるのも講師が登壇するまでで、その後は学生のときの数倍真剣に話を聞いた。今聞いた話を週明け月曜日、支店全員の前で発表しなければならないのだから。
夜もホテルで、発表に使う資料をPCで作る。地方の支店には専門の販売職などいない。全くの畑違いの、その商品が苦手な人にもわかりやすく、最低限の情報を伝達しないといけないのだ。
ふと、もらった資料の最後に参加者名簿が載っていることに気がついた。東京に来たのに連絡しなかったら叱られると気づき、スミレに一言連絡しておく。ホテルでまだ資料作りしていると。
するとすぐに返事が来た。
『お疲れ! 今年の目玉商品みたいね。頑張れ!』
ありがとうのスタンプを送って、久々の東京の夜景を眺めた。
翌日夕方、研修を終え、分からなかったところを個別に担当者に聞いて、事務センターを出た。
弟のアパートは中野。とりあえず新宿に出ようとスマホを取り出すと、LINEに通知が来ていた。
もちろん『ねーちゃん、駅についたら連絡して。迎えに行くから』という弟からの連絡と、スミレだった。
『研修お疲れ! 一年ぶりだもん、飲もうよ。一時間で解放するから』
メッセージの下はイタリアンのHPも載っていた。場所は新宿。スミレは私の行動パターンを読んでいる。
『一時間だけね。弟とも約束してるの』
と返信し、斗真にもその旨を送ると、新宿のお店まで迎えに来ると返事が来た。お上りさんを新宿で一人にはできない、呪いがなくなったから、逆に護りが必要だ、とかよくわからんことが書いてある。つい一年前まで住んでた姉に向かって過保護なことだ。荷物が増えたから助かるけれど。
キャリーバッグをゴロゴロ引いて、指定のイタリアンに到着すると、奥の席からスミレが中腰になって手を振った。ホッとして、彼女のところに向かう。
「那智〜お帰り〜元気だった?」
「元気だよ。ちょくちょくラインしてるんだからわかってるでしょ?」
「だって、会わなきゃわかんないじゃん! よかった。顔色がうんと良くなってる。異動直前は体調悪そうだったから安心したあ。あー本物の那智だ〜那智を補充〜!」
ぎゅっと大袈裟にハグされる。
「補充って何よ」
「同期が急にいなくなって、私だって寂しかったのよ! 那智が切羽詰まった感じだったから引き留めなかったけど。お母さんもお元気? 心配事が消えて明るくなったの?」
そうだ。スミレには、帰郷する理由に母の体調も良くないとか言ってしまっていた。申し訳なく思う。
「うん。心配させてごめん。もう母も私もひと段落したの。今日は私が奢るよ」
「何言ってんのよ。はるばるやってきた人にお金出させたりしないよ」
結局、いつも通り割り勘になった。
スミレに職場の様子や彼女の近況……年下の彼氏ができた話などを聞いていたら、あっという間に一時間たった。
「あ、もう斗真、新宿駅に着いたみたい」
「斗真くん、この間ローカル番組に出てたよ。剣道の関東学生大会で優勝したって」
「後でおめでとうって言ってやって。すっごい稽古してるから」
そんな話をしていると、店の入り口が開く音がした。てっきり斗真と思って振り向いた。
「……あ」
入店してきたのは、一年ぶりの中里さんと、キレイめなワンピースの知らない女の人だった。
「はあ? なんで中里さん、工藤さんを連れてきてるわけ?」
スミレの発言に、彼女が私たちの突発デートを漏らしたのだと知る。
「スミレ……なんで中里さん呼んだの?」
思わず声が低くなる。まだ、いや一生会うつもりなどなかった。
「いや、中里さんに何度も何度も那智に会いたいって頼まれてて。那智の異動、中里さんの出張中だったし、まあ一回話すのも悪くないだろって。でも普通彼女連れてくる?」
「あの人が中里さんの今カノなの?」
「そう。那智の代わりに異動してきた工藤さん。フロア違うから私と接点ないけど……いい性格してるって、今はっきりわかったわ」
「加藤! 高山……久しぶり」
私はかつてのように、頭を下げた。
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