第二章 那智とレイ
第17話 珈琲卜部の春
「あれ? 加賀さんいらっしゃい! 今日のお着物、紬ですよね? かっこいー」
『那智、おはよう。形見は着てやんなきゃね。ところで碧子……お前はこんなところで油を売ってていいのか? 修行中の身分で』
『……うるさいわね。息抜きも必要なのよ』
碧子様の呪いから解放されて、約半年、桜の蕾も膨らみ始めた。
いつのまにか日が昇るのが早くなったなあ……と思いながら、今日も早起きして〈喫茶卜部〉のバイトにやってきた。開店前に外回りを掃いて、店内に戻ると、入り口を通っていない客が既に二人も、カウンターに座り、コーヒーを待っている。
碧子様は、怨霊として1,000年以上高山家に取り付くことで、現世にしがみついていた。実はそれってとってもエネルギーと胆力のいることだったらしく…… 穢れが払われると、単純に霊魂としての高い格だけが残り……神格を選べたそうだ。
「で、これからも高山を守りたい! っと強く祈ったら、大神様に『じゃあ試用期間ね』って感じで現世に残してもらったんだろうね」
と、大和さんに解説してもらった。
「つまり、碧子様には危険性はないのね?」
「碧子様自体には、元から危険性はなかっただろ? 呪いは俺が祓ったから心配ないよ」
無害になった碧子様が、高山を守ってくれる存在になったということはありがたいことだし……嬉しい。すっかり情が移ってしまったのだ。
『神も色々だがな。せいぜい精進することだ』
『…………』
悔しそうに手を握りこみつつも、碧子様は加賀さんに言い返すことができない。新米とはいえ神である碧子様よりも、加賀さんの方が強いということだ。
加賀さんって一体……と思いながら、ついじっと見つめていると、目があった。コーヒーカップを持ったまま私にニコッと笑って、
『どうした? 那智』
カッコいい……今テレビに映ってる俳優さんの誰よりもシブい。それが全てだ。
「ううん。加賀さん大好き。拝んでいい?」
『ぷっ……くくく。本当に那智は聡い。我も那智が好きだよ。いっそ連れて行こうか……』
「加賀さん、冗談でも怒るよ」
大和さんが珍しくイラついた顔をして、奥からやってきて、小倉トーストをカウンターに置いた。私の朝食の賄いだ。
「大和さん、朝からバターにあんこなんて、太っちゃうよ!」
「大丈夫。しっかり働いてもらうから」
そう言われてうっと息を飲み、私も奥に、ほうきとちりとりを片づけに向かう。
『大和よぅ。そんなにカリカリするくらいなら、そろそろきちんとアプローチしたほうがいいと思うぞ? じゃなきゃ那智は一生気がつかず、我を好きなまんまだよ』
「……那智の傷はまだ癒えてませんよ。加賀さんは那智にとって安全パイだから、懐いているだけです」
『大和から見て……那智はまだ、前の男を忘れておらんのか?』
「碧子様は、そう簡単に、気持ちは切り替わったんですか?」
『…………』
「そういうことです。とりあえずしばらくは、那智を餌付けして俺から離れないようにします」
『ずいぶんと悠長な作戦だな。那智は優しく情にあつい。縋られれば振り払えない。碧子様のときのようにな。そうやっていつのまにか横から掻っ攫われるぞ?』
「俺がそんなヘマをするとでも?」
『呪いが消えた那智は、一層人を惹きつける。まあ、今後は碧子が那智を……』
「なになに? 誰のひきが強いって?」
みんなの話に加わろうと、話しかけながら私が加賀さんの隣に座ったのだけど……なんだか微妙な雰囲気だった。私は首を傾げながら焼きたての厚切りトーストにバターをたっぷり塗って食べる。
「大和さん、外はサクっ! 中はふわっ! バタージュワーで最高!」
「なっちゃん、CM受け売り? あんこは?」
「2枚目に取っておくのです。私、計画的!」
もう一口齧る。バターもきっと市販のやつではない。なんというか……フレッシュだ。
『そうそう那智、ひきが強いやつを紹介しようと思っておったのだ』
加賀さんが、手も口も塞がっている私に、自分のスマホを向けてくれた。
「加賀さん、スマホまで持ってるの?」
というか、握れて操作できるってことが、亡霊ではない。でも人でもない。謎だ。
『大和に契約してもらった。ほら、もうすぐ順番だ』
「順番?」
画面を覗き込むと動画が流れていた。これは……ファッションショーだろうか? 煌びやかな八頭身の男女がランウェイを歩き、ポーズを取る。皆薄着だから夏物のコレクションのようだ。
『ほら来た』
『「……へ?」』
小さな画面の奥から、気取った歩き方をする若者がこっちにやってくる。白いシルクのシャツに、現実社会ではどこにもはいていけないようなライトグリーンのゆったりパンツ姿。正面にたどり着いた彼は、つば広の帽子を取り明るい茶色の髪を気だるげにかき上げて……こちらを薄い茶色の瞳で睨みつけた。
会場でキャーっと歓声があがると、途端に表情を緩め、小さく手を振って、元来た道を引き返し……。
「……遠藤くん、何やってんの?」
そう、画面でモデル立ちしてるのは、昨年私たちの探し出した章嗣様の子孫、遠藤くんだった。
『もうちょっと進めるぞ』
加賀さんが動画のバーを操作して早送りすると、別の衣装を着た遠藤くんが舞台袖に引っ込むところだった。その袖から顔を出し、遠藤くんに何か話しかけてる着物の美しい女性……。
「せ、青磁ねーさんじゃん!」
大和さんの愉快な仲間たちの一人、青磁さんだ。まさか……。私はスマホから大和さんに視線を移した。すると、大和さんはグラスをキュッキュッと磨きながら苦笑いした。
「彼、青磁と契約したみたいだね」
「えええええ! ど、ど、どうなってるんですかっ!?」
『や、大和! なぜこのような派手な真似、止めなかったのっ!』
「うーん、彼もよくよく考えた結果みたいだしねえ」
「つまり、昨年東京で青磁さんたちがアドバイスしたように……姿を誤魔化さず、生きることに決めたってこと?」
「そう。あと名前もね」
「名前?」
『これだ』
加賀さんが再びスマホを差し出したので、遠慮なく受け取ると、ドーンと遠藤くんの微笑んだ写真とプロフィールが載っていた。大手の芸能事務所のHPだった。
「レイ・キンバリー……だって」
『これがあの子の本名なの?』
「うん。碧子様、レイは碧子様が思うよりもずっと大人だよ。あちこちのショーに出て、新人離れした演技で注目を浴びたあと、自分の生い立ちの犯罪臭を隠さず晒し、業界とファンの同情を得た。こういう大舞台の日は青磁だけじゃなく、銀狐にも身辺を守らせている」
……過剰防衛な気もする。
「遠藤……レイくんと青磁さんたちをあらためて引き合わせたのは……大和さん?」
「そうだよ。でも俺が言い出したわけじゃない。あのとき、レイはなっちゃんだけでなく俺とも連絡先を交換したんだ。で、レイが俺に頭を下げ、筋を通した。そして青磁がノリノリだった。彼女は芸事にめちゃくちゃ厳しいけど、彼女の指導をしっかり身につけたら、レイはあっという間に一人前になるだろうね」
『青磁は花魁だったんだよ』
「……なるほど」
あの艶っぽさといい、キップの良さといい、納得だ。
※今年の更新はここまでです。
来年もぼちぼち書いていきますので、宜しくお願いします。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます