第18話 凡人仲間がモデルに!?
「レイくんの事務所、まともなの?」
若者が悪徳芸能事務所の甘い言葉に騙されて搾取される……とか、たまに聞く話だ。ワイドショーの見過ぎかもしれないけれど。
「青磁のアドバイスで、元の姿で渋谷を三往復したら、トランプできるくらい名刺もらったんだって。そのなかから質のいいものを青磁が選び、契約は俺の知り合いの弁護士をたち合わせた。中堅のモデル専門の事務所だよ」
『もでる……章嗣様の子孫がもでる……』
碧子様がコーヒーを覗き込みながらぶつぶつと独り言を言っている。
「モデル専門……レイくんモデルさんなんですね。ってことは進学しないんですね」
大学に行くために、私に100万要求してたのに。
「いや、逆だ。大学の学費のために働くんだ。彼は俺たちと会ってすぐに推薦で東京の大学を決めてから、レッスンを受けて、仕事に備えてた。そして高校の卒業式を終えてから上京し……」
『華々しくデビューした、ってとこだ』
加賀さんが楽しそうに笑った。
「ってことは、あのときの青磁さんの提案を、レイくんは呑んだってこと?」
青磁さんも銀狐さんも、守護の見返りを要求していた。青磁さんは骨董品が買えるくらいのお金だったっけ……と、二枚目のトーストにあんこを塗りつけながら思い出す。
「そう、一年間で100万だって」
「大学一年生で借金持ち!?」
『なんと非情な! あの女っ!』
せっかく温まっている室内が、碧子様から流れ出る冷気で一気に震える寒さになる。
「碧子様!抑えて!祓うよ!青磁はああ見えて情が厚いの。お金の精算はレイが手取りで年300万稼げるようになってからでいいって言ってたから。レイが逆にプライド傷つけられて、絶対今年中に払うって意気込んでるよ」
『…………』
『ったく、青磁はちゃーんとレイのためになることをやっている。ここでお勤めもサボって文句しか言わないお姫様上がりとは違うんだよ』
碧子様は下唇を噛みながら、自分のまわりに渦を起こし、消えてしまった。
「加賀さん〜!」
『那智、この程度で傷ついているようじゃ、無限の存在になどなれない。とっとと成仏したほうが本人のためだ。強くなければ、この地に留まることなど許されん』
加賀さんの様子からすると、碧子様はまだまだ覚悟が足りないということなのだろうか?
「なっちゃん、俺たちが立ち入る話じゃないよ。口動かして」
大和さんに頷いて、あんこトーストに齧り付く。
「上品な甘さ。大和さん、あんこ手作り?」
「いや、京都の実家のツテから仕入れてる。美味しいよね。そもそもうちの免許じゃ、簡単な料理しか出せないんだよ」
「へー?」
「うちは喫茶店。飲み物と簡単なお茶請け程度しか出せない。で、カフェは、凝った料理とお酒を出せる」
「知らなかった! 店構えが今風かレトロかの違いだと思ってた! でも、ナポリタンとか出しますよね」
「ああ、ちゃんと免許は『飲食店営業許可』取ってるから大丈夫」
「つまり、ここはカフェなんですね」
「いや、珈琲が売りの、喫茶店の珈琲卜部です」
「…………」
「喫茶店って思ってくれてたほうが、変な期待もないし、俺も楽ってこと。なっちゃんのバイトは週末だけだしね」
「ところで、レイくんの手取り300万ってモデルとしてどのくらいのレベルなんですか?」
税や諸経費抜きの手取り年300万は……銀行員三年目の私ではまだ届かない。
「さあ? でもこの春休みとか、学校休みの期間にガンガン仕事を入れるって言ってたよ」
「……えらいね」
「うん」
「応援したいな。どうすればいいかな?」
『那智、ほら』
加賀さんの見せてくれたのは、レイくんの事務所のHPで、ファンレターの宛先が書いてあった。
「そうね。ファンレターで草葉の陰から地味に応援するよ」
『草葉の陰って……那智はここにいる誰よりも生きてる人間だろうが……』
「さあ、なっちゃん食べ終わったね。そろそろ開店だよ。加賀さんも帰った帰った!」
『ハイハイ、邪魔なジジイは帰りますよ。那智を一人占めするといい?』
「一人占め?」
「そうだね。せっかくだからお客さんが来る前に、特製ドレッシングの作り方を覚えてもらおうかな」
「え? お料理教えてもらえるんですか!? バイト半年目にして、ようやくここまで……」
「さあおいで、なっちゃん」
「はーい!」
大和さんの秘伝のドレッシングは、「味が決まらなかったら、とりあえずニンニクとオリーブオイル入れとけ!?」な、案外力任せなやつだった。
◇◇◇
遠藤……レイくんの活躍は、気をつけていれば案外頻繁に見つかった。男性ファッション誌の二月号から顔を出し始め、最新号の五月号では半ページに全身が載るショットが8回もあった!
そしてショーの方は日本のブランドのものだけでなく、海外ブランドの日本の発表会にも呼ばれている。案外青磁さんたちへの借金、早く返せるのではないだろうか?
などと思いつつ、袖振り合うも他生の縁の仲の彼に、気が向いた時にファンレターを書く。負けるな同士よ!と。
そして新年度に入り、入社四年目ということで、半年間の顧客の預金目標を5,000万に設定され、白眼を剥いていると、あっという間に暑くなった。道ゆく小学生は既に半袖短パンだ。九州はGWからが夏なのだ。
銀行はGWもカレンダーどおり営業している。なので銀行員ももちろんカレンダー通りだ。
しかし、大学生は教授が気が利いてるのか、飛石の穴の部分を休講にしてもらえて、9連休ということで、弟が久々に帰省するとのこと。
私は車で出勤し定時で仕事を終えて、郊外にある空港まで迎えに行った。明日は祝日なので、そのまま山里の実家に連れて行き、私も泊まる予定だ。
無事着いたとラインが入り、駐車場の停車した位置を簡単に伝える。しばらくするとコンコンと助手席側の窓を叩かれた。
車のロックを開けると、ドアが開いた。
「斗真、おかえり……って、え?」
「ねえちゃん、友達連れてきた」
後部座席のドアも開く。バックミラーを見るとそこに、サングラスをかけた、背の高い青年が乗り込み……さらに、ゾクッと悪寒が走った。
「お友達……遠藤……くん?」
「当たり! お姉さん、久しぶり!」
そして……ゆっくりと後ろを振り向くと……、
『はーい、 那智、』
「せ、青磁さんだ……」
原色緑のお着物、襟足を思いっきり抜いて着ている青磁さんまで、遠藤くんの隣に座っていた。
私の顔は間違いなく引き攣った。
※あけましておめでとうございます。
のんびり更新ですが、本年も宜しくお願いします。
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