第12話 情報提供
『昨日と比べてずいぶんと萎れてしまって……』
碧子様は悲しそうにそう呟いた。
「そう。じゃあ君に父親のことを教えて、君の気持ちが落ち着き、準備ができ次第、降霊と除霊をさせてもらうよ」
大和さんは淡々と話を詰めていった。
「……除霊が先じゃなくていいの? 知りたいこと聞いたあと、俺が協力しないかもしれないでしょう?」
「そんなことはない。人間は欲深いからね。君はそのうち今日聞いた以上のことを知りたくなる。そして、数少ない君の事情を知る人間の俺たちに、ぼやきたくてたまらなくなる。間違いなく、君から接触してくるよ」
そう言った大和さんの表情はバカにしているというものではなく、さも当たり前といったふうだった。
「……正直、そこまでは考えてなかったよ。でも、あの父親の情報を集められた時点で、あんたが只者じゃないってわかってる。契約違反なんてしない」
よほど、遠藤くんの死んだ父親はやばい人間なんだろうか?
「じゃあ早速プレゼントしたいところだけど、ここはあまりに人が多い。チーズケーキを食べたら内緒話しやすいところに行こう」
「え? 場所変えるの? じゃあケーキ頼まなかったのに!」
「俺が止めるより先にタブレットでオーダーしたくせに。ほら、なっちゃん、遠藤くん、さっさと食べて」
結局、際どい話も遠慮なくできる個室がいいと言うことで、隣の隣の雑居ビルに入ったカラオケルームにやってきた。
他の部屋から歌声が漏れ聞こえるなか、ドリンクが運ばれて店員が退出した私たちの部屋には沈黙しかなかった。
「じゃあ、遠藤くん、これが協力の対価ね」
大和さんは胸ポケットから一通の白い封筒を取り出して、遠藤くんに渡した。糊付けしていなかったようで、遠藤くんはスルリと中から報告書? を取り出した。
「君の父親は藤原 健三、残念ながらすでに二年前にガンで亡くなっている。地方の建設会社の社長だった。ファミリー企業で株も公開していなかったから、儲けた分全部一族で使え、かなりの羽振りの良さだった。東京オリンピックが決まってからは仕事が次から次に来て、笑いが止まらないほどもうけていたみたいだよ」
「藤原……健三……」
遠藤くんが書面を食い入るように見つめながら、ぼそっとつぶやいた。
「で、しょっちゅう銀座に遊びに来ていて、高級クラブでお母さん……マリーさんと出会った。藤原はマリーさんを好きになり、妻帯者と知らせずに、マリーさんと恋人になった」
妻帯者と伝えず……女の敵だ。
「マリーさんはとっても若く、都内の大学の留学生だった。学費と生活費のために働いていた。異国で心細く過ごすなか、良い人と出会ったと思い、結婚を夢見た」
大学生……ずいぶんと若いときに、騙されてしまったんだ。
「マリーさんは店のスタッフに、藤原と結婚しようと思ってると惚気た。スタッフはすぐに調べた。そういうトラブルはよくあるし、お母さんはクラブで評判が良かったからみんな心配した。すると、あっさり藤原が妻帯者であることがわかった」
「……クソやろう」
遠藤くんが苦しげに声を絞り出す。
「……マリーさんが別れようとすると、藤原はもうすぐ離婚するからと引き留め……そうしているうちに子どもができた」
遠藤くんの体がビクッと震えた。
「マリーさんはどうしていいかわからず呆然と過ごしていると、ホームから線路に突き落とされたり、階段から蹴り落とされるということが重なった。マリーさんは怪我だらけになりながらも……お腹を守った」
「……ママ……」
「マリーさんはお店に相談すると、藤原の妻がチンピラを雇ってマリーさんを殺そうとしたらしいと言うことがわかった。しかし証拠はない。マリーさんはスタッフの手を借りて大学も辞めて違う土地に逃げた。そこで君を産み、自宅で翻訳をして生計を立てていた」
「…………」
「母と子、穏やかに過ごしていたそうだ。だが、見つかり、殺された。そして今も犯人は捕まっていない」
泣きそうだ。遠藤くんも、私も……碧子様も。ボックスのなかの温度がじわじわと下がる。
「藤原の奥さんは彼らの地元では善にも悪にも影響力のある厄介な家の出でね。君の身を案じた当時の県警一課長が名前を変え隠すように各所に働いたそうだよ」
「その藤原って人は? なんか動いてくれたの?」
「表向きは何も。でも、病院でかなり苦しんで死んだみたいだよ」
自分の妻が愛人を殺し、自分の血を引く子どもが孤児になったのに、何も後始末せずに死んだらしい。苦しんだとしても、もやもやが残る。
「……」
銀行で窓口業務をし、相続ともしょっちゅう出くわす私としては気になることが一点。
「大和さん、私も質問いい?」
「いいけど、料金外だったら答えないよ」
「その藤原には、奥さんとの間に子どもは?」
「いない」
「遠藤くんのこと、認知してるの?」
「してないね。でも、今どきはDNA鑑定できるでしょ? 親子関係は簡単に証明される」
「……その県の一課長さん、英断だったね」
藤原の子どもは遠藤くんだけ。ということは、遠藤くんが名乗り出れば、定期的に上京し、銀座の高級クラブで豪遊できるほどの遺産を、遠藤くんは二分の一受けとる権利がある。
奥さんが、放っておくはずがない。既にマリーさんを殺しているのだから。
遠藤くんは私と大和さんの話を聞きながら、報告書に何度も目を通した。そして、俯いたまま、押し殺した声出した。
「もう一つだけ聞きたい」
「質問によるねえ」
「……ママのお墓はどこ?」
想像外の質問だったのか、大和さんの表情に一瞬だけ憐れみのようなものが走った。
「マリーの母親……君の祖母にあたる人が、国に持ち帰ったよ」
「……そう。ママはひとりぼっちじゃないんだね」
ひとりぼっちなのは……遠藤くんだ。私の胸がズクッと痛んだ瞬間、おどろおどろしい感情に全身が覆われていく。
「うっ……」
大和さんが慌てて私の肩を抱き寄せて、左手で何かを払う仕草をした。
「碧子さまっ! ちょっとは抑えないと怒りますよ!」
『すまぬ……』
私の体から、黒いモヤモヤした感情が抜けていき、ホッとした。
「……今の……何?」
ふいに声をかけられ顔を上げると、遠藤くんが目を丸くして私を見つめていた。
「ああ、今のが那智を呪う碧子様の怨念だ。至近距離で、濃度も馬鹿みたいに濃かったから君にも見えたんだろう」
「あんなドス黒いのを、体に溜めてるの? 気持ち悪っ!」
『…………』
「…………」
「…………」
同情を寄せた遠藤くんから気持ち悪いと言われてしまった碧子様に、私も大和さんもかける言葉が見つからない。
「……えっと、遠藤くん、他に聞きたいことは?」
「うん。藤原ってやつの家族構成とか会社とか、全部乗ってるし、このQRコード見れば写真もあるらしいし、ひとまず自分の立ち位置がよくわかった」
「信じてくれるの?」
「信じるよ。ママ……母から、一応藤原の名前だけは聞いてたから。誰にも言っちゃダメだって言われて……。俺では絶対に探れなかった情報だってわかってる」
自分の持つ、母から聞いた信頼できる情報と一致したのなら、信じてもらえるだろう。
彼は書類を封筒に戻し、ショルダーバックに片付けた。
「さあいいよ。俺に呪いかけなよ」
「ずいぶんと潔いね」
大和さんが意外そうに首を傾げた。
「俺は……その藤原って嘘つきヤロウとは違うんだよ」
「……遠藤くん、ありがとう」
いろいろと、彼にしかわからない葛藤を越えて、協力してくれることを決断してくれた。私は深く頭を下げた。
「その気になってくれて嬉しいけど、さすがにカラオケボックスでは無理なんだ。時間は……そうだね、全行程で四時間ってとこかな。日を改めた方がよければそれでもいいよ」
「四時間……施設の門限、MAXで10時なんだけど」
「わかった。それに間に合うように戻ってくるよ。じゃあ行こう。なっちゃん、会計しておいて」
大和さんは私に長財布をポイッと投げて、またどこかに電話をかけた。
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