第11話 遠藤くん
大和さんは外でにこっと笑ってスマホ片手に待っていた。電話をしていたようだ。
「大和さん……あんなこと高校生に言って、警察に捕まったらどうするの?」
「なっちゃん、なんの罪で捕まるの? 俺は妖しさ満点の話を持ち出したけれど、お金を要求してはいない。詐欺にもなんにも当たらないよ。逆にお金を持ち出したのは彼だ」
「そう言われれば……そうだけど」
「なっちゃん、彼はまあ……その年頃の他の子よりも、苦労が多かったのか大人びているけれど、とはいえ、高校生。さすがに高校生相手に手玉に取られることはないかなあ。だから安心して?」
それはサクッと手玉に取られた私への当てつけでしょうか……。
「それで……大和さんには、本当に遠藤くんのその……事情がわかるの?」
「九割ね。あと一割の確信は、今、裏を取らせてる。確実なのは彼のお母さんは銀座の高級クラブのホステスで、彼の父親に見初められた。父親はその時すでに結婚していたくせに彼の母親に入れ込み、子どもができた。そこで腹を立てたのはもちろん、正妻だ」
『…………』
「……えぇ?」
それって最近すっごく身近で聞いたことのある話なんだけれど? 思いっきり頰がひきつる。
「母親がどんな心情で不倫していたかはわからない。積極的だったのか? 脅されて付き合っていたのか? そもそも妻帯者と知らず、不倫の意識すらなかったのか? しかし彼女は遠藤くんをチラッと見てわかるように、とんでもない美人でね。おっかない本妻のいる男の愛人になんかならなくても、経済的困ることはなかっただろうね」
「遠藤くんのお母さんが、なんでとんでもない美人ってわかるんですか?」
「うん、さっき彼の後ろに見えたから」
「……へーえ」
才能のない私すら碧子様を見えるのだ。大和さんならなんでも誰でも見えるんだろうよ……ははは。
「本妻は彼の母親を邪魔に思うようになった。子どもなんて、財産を相続する権利を持つ存在だ。ますますあり得なかっただろうねえ。で、母親は身の危険を感じ、逃げて、出産し、逃げた」
『が、しかし……』
「そう、碧子様。結局殺された。遠藤くんは保育園に預けられていて無事だった。その犯罪はかなり手慣れていたから、反社組織による犯行と思われて、役所は制度に基づき今でいう遠藤くんを名前を変えて保護したんだ」
私がソワソワとただこの除霊旅行を待っているあいだに、大和さんは加賀さんから遠藤くんの存在を聞いた瞬間から、あれこれ調べてくれてたようだ。今日彼を見て閃いたこともあるだろうけど。
それにしても……私は思わず大きく息を吐く。
「遠藤くんの母親を殺した本妻と実行犯が一番悪いに違いないけれど、結局……章嗣様の子孫も、浮気野郎でクズってことね」
言った瞬間、碧子様が浮かんでいそうな場所からパンっと鳴った。ラップ音……。
「なっちゃん……そんな碧子様の心を抉るような……」
「あ、碧子様、ゴメン!」
私は慌てて手を合わせる。
『いや……もう……とにかく、あの童が真っ直ぐ育つことを祈るのみよ……』
碧子様の弱りきった声が聞こえた。
「明日、来るかな?」
「来るよ。間違いなく。彼の一番知りたいことだ」
「そっか……何もかも、大和さんに任せてごめんね」
なんの役にも立たない自分が情けない。
「いいよ。俺の大事ななっちゃんのためだもの」
「ただのバイトに面倒見いいね。大和さん、いい人!」
「いい人……まあ、おいおいね。さあ、まだお腹いっぱいだから、大洗の水族館でも行こう! 腹ごなしした後で、新鮮な魚でも食べよう。明日もここに来るのなら、都心に戻る必要はない」
「……いいですね!」
それから、大和さんはスマホでスマートにレンタカーと、海沿いの観光ホテルを予約した。私たちは気持ちを切り替えてドライブした。
◇◇◇
翌日、ホテルの朝食バイキングは地の魚の干物などとっても美味しそうだったが、遠藤くんとの対面を考えると、あまり箸が進まなかった。
そして、昨日の町に戻り、昨日のファミレスの昨日の席で彼を待ってると、斜め前のファミレスから、自転車に乗って彼がやってきた。ちゃんと来てくれた。しかも一人で。
「大和さん、それで……もし遠藤くんがお金じゃなくて情報を欲しいと言った場合の、裏ってやつは取れたの?」
「うん。昨夜ちゃんと最新版が届いたよ。なっちゃんと碧子様が寝てるあいだにね」
ちなみに昨夜、私たちはツインルーム2部屋だった。観光ホテルにシングルなんてないのだ。碧子様は自分用のベッドもあるのが嬉しいのか、よほど心身ともにつかれはてていたのか、姿を現し、白いセクシーな単姿で死んだように眠っていた……いや、死んでるわけだけど。
幽霊で亡霊の碧子様は眠りながらもハラハラと涙を流していて、その姿は無垢そのもので……とても怨霊になりかけているようには見えなかった。でも、幽霊になりながら泣くほど苦しんでいる時点で、やはり怨霊行きが迫っているのかもしれない。
そんな私たちの隣室で、大和さんは粛々と遠藤くんの欲しい情報を精査してくれていたと……。
「何もかも、申し訳ないです……」
「そう思うなら、これからもバイト頑張ってね! 当分辞められないよ?」
「はい!」
そんな会話をしていると、入口から遠藤くん入ってきた。キョロキョロと店内を見回し、私たちの姿を認めると、一拍置いて、こちらに歩いてきた。
今日の彼は地味な黒のパンツに水色のシャツ姿だった。
「遠藤くん、来てくれてありがとう。とりあえず注文して」
「いえ、えっと……じゃあ、ドリンクバーで」
「え? 何か食べたら?」
「今日はあっちで食べてきたから」
そう言って、彼はバイト先のコンビニを指差した。
「そうなの? でも、ドリンクバーだけって言うのも頼みにくいから……チーズケーキ好き?」
「……まあ」
「じゃあ私と一緒にケーキセットにしよう……はい……ok。じゃあ飲み物取りにいってどうぞ」
「……わかった」
こっちのファミレスはタブレット注文だった。遠藤くんは静かに立ち上がり、やがて、コーラのグラスを持って戻ってきた。
「それじゃあ、早速だけど、私たちに協力してくれるってことでいい? 条件は昨日のどちらかで」
私から100万代償としてもらい、そのお金で大和さんから情報を買う……なんてまどろっこしいことはもう言わない。結局はこの二択なのだ。
ちなみに一応私は昨日のうちにネットで定期預金を一部解約し、普通預金に100万放り込み、ATM払い出し限度額を一時的に100万まで引き上げている。
彼が現金を選択すれば、彼と一緒に駅前の銀行に行く。
「……いいよ。対価は……クソオヤジの情報で」
彼は昨日の生意気な雰囲気がごそっと抜け落ちた表情でそう言った。
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