第10話 そうは問屋が卸さない

 遠藤君は300グラムのサーロインステーキをペロッと食べた。

「あーうまかった。ご馳走様でした」

 大和さんはニコニコとそれを見守り、

「じゃあ、話を聞いてくれるかな?」

「どうぞ」

 遠藤くんは口元を拭くと、背もたれに体を預けて、長い足を組んだ。


「じゃ、じゃあ、私から」




 ◇◇◇





「ふーん。俺がお公家さんの子孫で、お姉さんのために一度呪われろ、と」

「そ、そういうことです……」

 章嗣様は公家ではなく貴族だけど、ここでそこを訂正したた機嫌を損ねそうなので、黙っていた。そもそも最後まで黙って聞いてくれたことが奇跡だ。物分かり良すぎる。


「いいよ」


「『へ?』」

 思いもよらない快諾に、私だけでなく、隠れていると約束した碧子様まで変な声が出た。


「呪われてやってもいいよ」

 わかりやすく表明してくれた。


「え、えっと、ありがとう?」

「そのかわり、100万ね?」

 そう言って、遠藤君はジンジャエールをゴクッとあおった。


「ひゃく……まん?」

 思わず語尾が上がってしまった。


「当たり前だよね? あんたたちのいう呪いを俺が一旦引き受けるんだもん。未成年である俺が」


『一瞬体が重く、融通が利かぬだけで、そなたになんの影響もないはずなのっ!』

 生前の呪い返しのときの経験からか? 碧子様がそう言うので通訳をすると、


「焦っちゃってますますあやし〜! やっぱり後遺症とか残るんじゃないの?」

「だから、何にも残らないからっ!」

「でももし残ったとき俺のこれからの人生、背負ってくれるの? そもそもチョーやばい呪いだから、わざわざ俺を探して九州から来たんでしょ?」


「…………」


「100万出してくれたらする。それだけ」


 遠藤くんはそう言うと、話は終わったとばかりに、ドリンクバーへと席を立った。そのすらっとした後ろ姿を呆然と見送る。


 私は……お人好しだった。人に何かをお願いするためには、対価を用意することは当たり前のことだ。

 今回の場合、相場なんてものはないのだから、彼が引き受けていいと思う値段が全て。


『100万とは……どのくらいのお金なの? 大和のコーヒー、10杯くらい?』

「そうね……」


 奨学金を返しながら、コツコツと貯金してきたけれど、こないだの東京から九州への引っ越しでずいぶんお金を使った。


「お金ないんだったら、俺以外を探したら? あ、でも俺しかいないんだっけ? ざんねーん」


 コーラを片手に戻ってきた遠藤くんは、そう言ってペロッと舌を出した。


 そう。残念なことに、彼しかいないのだ。

『ま、まさか、相当な高額なのか? そうなのじゃな? なぜ、なぜ章嗣様の子孫でありながら、こんな意地悪を言うの!?』


 意地悪じゃないよ、と心で返事をする。ただ、したたかなだけだ。

 ここで1000万なんて言われなかっただけ、マシだったのかもしれない。


『那智、もういい。帰ろう! 他の方法があるはず、きっと。のう大和!』

 他の方法? そんな悠長なこと言ってられない。弟まで……私のような目にあわせてはならない。

 ここで……断ち切りたい。お金でそれができるなら。


 私は膝の上の手をぎゅっと握りこんだ。


「わかった。でも今すぐは持ち合わせてない。えっとね……とりあえず半分の50万をまず、銀行に行ってあなたの口座に振り込んで、残りは分割でいいかな?」


「そんなこと言って、本当に残り支払ってくれるかわかんないよね? 俺はまだ子どもだし? 孤児だし? 立場圧倒的に弱いし?」


 想像以上にしっかりした子だった。でもそれだけお金で苦労してきたってことだろうか?

「あの……こんなこと他人の私が言うことじゃないけど、いっぺんに大金が手に入っても……すぐ使い切っちゃだめだよ? 計画的に貯金しないと……」


「余計なお世話だよ。お姉さん銀行員か何か? とりあえず全額一括現金払い。それしかない」

「せ、せめて振込にしない?」


 おっしゃる通り銀行員の私は、常日頃お客様に言うように振込を薦める。今の日本は大金を持ち歩けるほど安全ではないのだ。


「俺の口座に不明な大金が入ってたら、面倒くさいことになるんだよ」


 彼の言葉を一瞬で考える。ひょっとしたら、高校生の彼は施設の先生に金銭の管理をされているのだろうか? だとしてもおかしくない。彼は困った時に頼れる人がおらず、施設も彼を預かっている以上、おかしな事件に巻き込まれないか目を光らせているだろう。


 そして未成年をおかしな事件に巻き込んだ私……罪悪感半端ない。


 とりあえず会社に内緒の副業? 始めたし、火の車生活も一年で終わるかな? 入社時に強制的に作らされた自社カードローンの出番だな……。


 私は顔を上げ、遠藤くんのほうを向き、返事をしようと口を開いた。

 しかし、声が出る前に大和さんが遠藤君に話しかけた。


「ふーん、君、一気にお金持ちになるんだ。じゃあさ、そのお金で俺から、君が一番欲しいもの、買わない?」


「……何言ってんの? 俺が一番欲しいものはお金だけど?」

 遠藤くんが怪訝そうに大和さんを見た。


「『情報』だよ」

「情報? 大学入試問題とか? そんな怪しい話、乗るかっつの!」

「君のルーツの情報だよ。僕は君に呪いを引っ付けて祓える妖しさMAXの男だからね。君が知りたくてたまらない話を、調べてあげられるよ」


「……ははっ、怪しすぎるだろ」


「……君のお母さんはマリー・キンバリーさん、美人のシングルマザーで32歳で交通事故で死亡。君、髪染めてるよね? 本当はかなり明るい茶色だ」


「…………」


 よくわからないけれど、遠藤くんはハーフということ?


「でも、交通事故死っていうのは、嘘で……本当は刺殺されたみたいだね。犯人は黒いバンから降りてきた黒尽くめの男。まだ捕まっていない」


 私が驚きの声をあげる前に、遠藤くんはどんっと拳でテーブルを叩いた。


「誰に聞いた……そのことは警察と前の施設長しか知らない筈だ……当時のニュースと俺を関連づけるものはないはずだ」


 遠藤くんは恐ろしい顔で大和さんを睨みつけた。


「うーん、ここから先は有料なんだ。あ、でもサービスで、俺たちが求めてる君の血筋は、父方だってことだけ教えておこう」


「俺の父親を知ってるのか?」

「うん。だいたいのところはね。ただ今の今、君を通して探ったばかりだから、裏付けはこれからだね」


「嘘だ……そんなの信じられるかっ! 父親の情報? 俺が、俺がどれだけ苦労して……今まで探しても詳しいことは全然……」


「まあ、信じられないならばそれでいい。ただ、悪くない話だと思うけどね。100万で買える機会は今日だけだ」


「…………」


「大和さん……」

 遠藤くんは見るからに動揺している。追い詰めてほしくなくて、大和さんの袖を引っ張った。


「ああ、優しいなっちゃんが心配してるから、期限を明日に伸ばそう。遠藤くん、明日バイト?」

「……うん」


「じゃあ、明日、ここで待ってるよ。なっちゃんから100万受け取るか? 俺から父親の情報を受け取るか? 決めておいで。ああ、誰かに相談したいならしてもいいし、その人を連れてきてもいいよ」

「……」


 大和さんはニッコリ笑ってそう言うと、伝票を持って席を立ってしまった。

『や、やまと?』


 姿のない碧子様が、オロオロとしているのがわかる。


「え、遠藤くん、えっと、また、明日ね」


 どうしたら良いかわからず、私もしょうがなく大和さんを追って出口に向かった。大和さんはさっさと会計を済ませ、外に出た。


 最後に店内に目をやると、遠藤くんは悲しげな顔で空のグラスを見つめていた。






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