第9話 章嗣様の子孫

 私の職場の都合と大和さんの都合を照らし合わせたところで、秋の三連休に休みを2日くっつけた。久しぶりに羽田に降り立ち、東京に着いた。


 青空にひつじ雲のかかる、秋晴れのいい天気だ。前回は一人夜逃げのように、ここを去ったわけだけれど、今回は三人? 旅。


「なっちゃん、美味しいランチに連れていってよ。詳しいでしょ?」

「えー! プロの大和さんを満足させるって、難しいから嫌。駅蕎麦食べて、とりあえず目的地に行こうよ」

『味気ないわねえ』

「碧子様は東京に来たことある? 江戸でいいんだっけ?」

『都から出たことなどあるわけなかろう?』


 そんなもんか。たしかに牛車で京都〜東京の旅など考えられない。

「江戸でもないと思うよ? そのころの東国は未開の土地。やんごとなき姫君の碧子様の耳には噂すら入りっこないね」


 大和さんのおかげで独り言ばっかり言ってるボッチと思われずにすんだ。


 乗り換えの駅で適当に昼ごはんを食べて、目的地……茨城の文教都市に向かった。


 今日は祝日。学校も休みだから、家にいるのではないかと思い児童養護施設を訪ねる。


「なんと言って呼び出してもらえばいいかな?」

「用事があります、でいいんじゃないの?」

「え? 男子高校生を見ず知らずの女が用事あるって不審じゃない?」

「すっごく不審なことを言い出すんだから、当たらずとも遠からずだよね」

「それはそうだけど……っていうか、やっぱり前もって電話して来るべきだった?」

「電話しても門前払いされそうだから、突ろうってことになっただろ? あーはいはい。じゃあ男の俺がボタン押すよ」

「い、いえ、私の用事だもの。私が押すし!」

『すまんの……二人とも……』


 意を決して、インターフォンを押すと、柔らかな年配の女性の声がした。


『はい?』

「あ、あの、遠藤 航平 君はいらっしゃいますか?」

『航平君? バイトに行ってますよ。お友達? 帰るのは……ちょっと待ってね……夕方になってます』

「は、はい。失礼しました」


 かちゃっと音を立てて、あっけなく通話は終了した。


「……いなかったね」

「こんなにいい天気だ。高校生は忙しいに決まってるね」

 大和さんが苦笑する。


『会えぬのか……』

「いや、ここまで来て会わずに帰るなんてないから。夕方出直そう?」


 私たちは来た道を引き返し、駅前に戻った。

「とりあえず、まだまだ暑いしファミレスで粘ろうか」

「大和さん、ここは喫茶店店主として、同業者をリサーチすべきとこなんじゃないんですか?」

「え? だって俺、ファミレス久しぶりだもん。楽しみ。なっちゃん、喫茶店に入ってハズレだったとき三時間粘れるか? その点ファミレスはハズレがないぞ。よそ者が長時間居座っても警戒されないし、それにドリンクバーあった方が快適だ」


「いや、大和さんがそれでよければいいんだけど。ほら、目の前に2件あるよ。どっちにする?」

「迷わずサニーズだ。九州にない!」

 ワクワクした様子で店に入る大和さんに、私と碧子様は大人しくついていく。


「俺は……オムライスにしようかな? あと、ドリンクバー!」

「え? なんでよりによって自分の得意料理を? っていうかさっきお蕎麦食べたよ?」

「ファミレスのメニュー開発費、年間いくらか知ってる? 金と叡智を注ぎ込んで、時代のニーズを組み込みながら大衆の舌に合わせてるんだよ。そりゃリサーチしなきゃだろ。そして蕎麦は飲み物だよ」


「へーえ。じゃあ、地元に帰ってから、今日の経験で味が変わるんですね?」

「いや、それはない。俺は俺。というか面倒くさい」

「は? どういうこと???」

『那智、もう大和の話をまに受けてはならん』


「じゃあ、私も研究のためにホットケーキにします」

「おい、ホットケーキはおやつに頼むの。しばらくここに居座るんだから」

「大和さんめんどくさい。私はお蕎麦がお腹にたまってるの! パフェにしよう」

「パフェも気になるっちゃなる……よし、ピンポン押して!」

「ピンポンって……」


 まあわかるけどね、と思いながら、呼び出しボタンを押した。


 やがて、爽やかなお兄さんがオーダーの機械を手にやってきた。

「お待たせしました。ご注文ですね。どうぞ」


「えっとね、まずオムライスと……え?」

 体中に怖気が走った。これは……

 すかさず右肩を見上げた。


『章嗣様……』


 そこにはつい先程までと打って変わってハラハラと涙流した碧子様がいた。ウエイターの彼を切なげに 見ている……と思ったら、これまで見せたことのない恐ろしい顔で、彼を睨みつけた!


「え? な、何?」

 周囲の空気が一変し、温度が下がる。


 やばい気がする! ど、どうすればいい? 私は中腰になり、碧子様を捕まえて抱き込もうとした。

 そんな私の動きと同時に、大和さんが目をすがめ、腹に響く低音で言った。


「往ね!」


 碧子様は……一瞬で消えた。


「あ、あの?」

 ウエイターの彼が何事かと私たちを様子見る。


「いや、注文の続きね。オムライスの食後にマンゴーフラッペ。そしてマロンパフェとドリンクバー二つお願いします」

「かしこまりました」


 ウェイターの男性は早足でキッチンのほうに戻ってしまった。



「どういうこと?」

「……碧子様の反応を見るに、似てたんじゃない? 彼が章嗣様と」

「つまり彼が……遠藤くん?」


 慌てて名前を確かめようと背筋を伸ばしたが……昨今の個人情報保護の風潮のためか、名札なっどなかった。


「間違いないでしょ」

「なんつーグーゼン」

 私はつい口をポカンと開けた。


「まあ、偶然ではあるけど、納得はできるよね。彼は親の車とか頼れる足はないだろうから、施設に近いところでしかバイトできないだろう。それに高校生のバイトで、施設がすんなり許可を出すところは、安心安全の大企業って基準だろう」


「それにしても……碧子様、急に雰囲気変わった……」

「うん。一瞬で怨霊になりかけてたよ。会いたいと願ったが、会ってみたらかわいさあまって憎さ百倍って感じかな?」


「彼は章嗣様じゃないのに、なんて迷惑な……大和さん、抑えてくれてありがとう。ひょっとして成仏させちゃった?」

「いや、怨霊として成仏させるのはちょっとかわいそうだから、とりあえず威圧で引っ込めただけ。僕たちの会話はきちんと聞こえてる。ねえ、碧子様」



 パタン、と立てかけていたメニューが倒れた。

「……この俗にラップ音という心霊現象に慣れきった自分がイヤ……」


「まあ、彼がバイトを終えるまで、ここで待っていよう」


 それから私たちはコソコソと彼の様子を伺った。彼は大和さんと同じくらいの身長で、きっとまだ成長期だろうから180cmはいくかもしれない。体は細身だ。施設のご飯では足りないのかもしれない。


 顔立ちは正直よくわからない。黒い前髪が完全に鼻までかかっているから。今の高校生はああいう前髪長めの無造作ヘアーが流行ってるのだろうか? 

 世代は一緒と思うけれど、うちの剣道バカの弟とは全くタイプが違うようだ。


 夕方5時、ウェイターの青年は周囲に頭を下げてスタッフルームに下がっていった。


 私たちも立ち上がり、お会計を済ませる。



 大和さんが釘を刺す。

「碧子様、くれぐれも大人しくしておくように」


『…………』





 ◇◇◇






 店の裏から先程のウェイターが、Tシャツ、ジーンズ姿で自転車に乗り、やってきた。


「あ、あの!」

「……はい?」

「遠藤航平さんでしょうか?」

 彼は眉間に皺をよせながらサドルから降りて、私たちを睨んだ。


「……誰?」

「あの、私、怪しいものではありません!」

「……怪しい以外、ないと思うけど?」


 その通りなので、何も言い返せない。


「はい、なっちゃんバトンタッチ。こんにちは、バイト帰りに呼び止めてゴメンね。ちょっと僕たちの話を聞いてくれたら嬉しいんだけど。そうだね。向かいのファミレスならたくさんの人がいるから安心じゃないかな? で、バイト終わりでお腹すいてるだろう? 好きなもの奢るし。信頼できる人に、僕たちと一緒にいることを伝えてもらって構わないよ」


「……信頼できるヤツなんて、いねえし」

「え?」


「いいよ。ステーキ食べさせて。牛肉めったに夕食に出ないから」

「了解! じゃあレッツゴー!」


 遠藤くんの冷めた表情に相反するように、大和さんがニコニコと誘った。


 私たちはファミレスのハシゴをすることになった。



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