第8話 バイト再開
雨が窓を叩く音で目が覚めた。
いつベッドに入ったのか覚えていないけれど、今日は日曜日で休みのはず。
あー、バイト行かなきゃ……あれ、でもいい匂い……私、カウンターにいるんだっけ? などとぼんやり取り止めのない考えが頭の中で浮かんでは消えていると、突如、頭の上でガンガンガンと金属音が鳴った!
「きゃーあ!」
はね起きると、
「はーい、なっちゃんおはよー! 朝ごはんできたよ〜! とっととオムレツ食べて、店に行くよ〜!」
フライパンをオタマで叩く、大和さんがいた。
「え? うそ? 大和さん? どして?」
『那智がバイトサボるから、心配して駆けつけてくれたのじゃ』
と、緑茶を前に座っているいる碧子様。少しずつ湯呑みの中身が減っている。
「そ! そしたら、那智にいきなりワイン飲まされて、バイク乗れなくなって帰れなくなった」
「すいませんでしたーーーー!」
私はベッドから跳ね起きて土下座した!
私は起きて30分で朝食を食べ、身支度し、大和さんのライダースジャケットを羽織らされバイクに乗せられた。
「バイク……生まれて初めてなんですけど?」
「そう? 珍しいね」
大和さんに、はい、とヘルメットを渡される。
「大和さん、雨降ってるよ?」
「こんくらいの雨は運転に支障ない。雨の中濡れて走るのが、マンガの主人公みたいでいいんだよ。行くぞ!」
「ぎゃーーーーあ!」
私は必死に大和さんの背にしがみついた!
なんと、今時のヘルメットにはマイクが付いてて会話できた。だから、大和さんの背中を見ながら聞きにくいことを聞く。
「大和さん、私、あの、昨夜変なこと口走ってなかった?」
「……いや?」
「そっか……よかった」
「あの、バイクで行ったら、帰りどうしましょう?」
「帰りも送るし。当たり前だろ?」
「……ありがとう」
「じゃ、なっちゃん、マイクオフにして絶叫してごらん?」
「ぜ、絶叫?」
「そう。雨の高速。窓を開けて走る車はいない。バカなライダーが騒いだって誰も気がつかない」
大和さんが左手で、私の太ももをポンポンと叩いた。
なぜか、すんなり従う気持ちになった。
私はマイクを切って、
「うわーーーーあ! バカーーーー! バカバカーーーー! バカ〜!」
誰に、というわけもなく、安全運転する大和さんの背中で罵声を繰り返した。
そうするうちに……バイトを辞めようという気持ちは失せた。
この強引なお兄さんにしばらく流されてしまおう。
たった今、生々しい自分の傷に向き合うことはない。もうちょっと、時間が経てばきっと……。
◇◇◇
〈喫茶卜部〉に着いた頃には、私の喉はガラガラで、もちろんびしょ濡れだった。
大和さんに喫茶店の上の居住スペースにあるシャワーをお借りして、持参した服に着替え、エプロンをつける。
「大和さん、エプロンが……」
私の黒エプロンの金文字が『脱モフモフ!』に代わってた。
「意味わかりませんけど?」
「いや、巷でモフモフ流行ってるけど飲食店でモフモフはアウトでしょ? アレルギーの問題とかあるしね。あ、サポート犬は別だよ? それにうちはモフモフじゃなくてドッロドロだから」
『おい大和、それは我のことか?』
「あ、加賀さん! お久しぶりです」
いつのまにか来店しカウンターに座る加賀さんが、ニコッと帽子を上げた。カッコいい年の取り方してらっしゃる……多分人じゃないけど。
「あれ、お着物が変わってる?」
羽織と揃いの焦茶のお着物だ。
『もうすぐ秋だしな』
「おっしゃれ〜!」
『ふふ、那智は能天気……でも、ないか? ……なんと……理不尽な……おいっ!』
加賀さんが顔をしかめて叫ぶと、なぜか碧子様が空間から引っ張り出された?
『お前、こんな罪もない娘に辛い思いをさせていると、本当に祟り神になるぞ』
『……もうなってるんじゃないかしら』
碧子様がボソリと呟いた。
そこへ大和さんが全員分アツアツのコーヒーを淹れて運んできてくれた。
「それでは加賀さん、仕入れてきた情報を教えてください」
『ふむ。碧子サマよ? 章嗣の子孫、いたぞ。茨城に』
『そうか……』
茨城……みんな千年のあいだに京都からあちこちに散らばっている。
『ただ、章嗣の実子の流れではなさそうだ。兄弟の子孫と言ったところか』
『それでも章嗣様と同じ血が流れているのに間違いないのであろう?』
『ああ。大和、ほらよ』
加賀さんはカウンター越しに何かメモのようなものを大和さんに渡した。
私はそっとそれを覗き見る。
遠藤 航平 (18) 県立◯◯高校三年
茨城県◯◯市…………
「高校生?」
大和さんがスマホを取り出して検索する。
「SNSはやってないみたいだね。偽名でもヒットしない」
どうやったら? 偽名がわかって? ヒットする? いや、聞かないほうがいい。
「えっと、いまどきの高校生で、SNSしてないって、まあまあ珍しいね。ご両親がとんでもなく厳しいのかな?」
「SNSしない子だっているだろ? 部活忙しすぎたり、そもそもめんどくさがりだったり、公開してない場合もある」
「ああ、大和さんもめんどくさがりですよね。もしマメだったら、この店もうちょっと繁盛してるはずだもん」
「……言うねえ、なっちゃん」
すると加賀さんがギロッと睨んだ。
『お前ら我の話聞いてたのか? こいつがようやく探しあてた一人なんだよ』
大和さんが、あ、と声を上げた。
「……つまり、親がいないということ?」
『おらん』
そうか。親がいれば、親のどちらかが、章嗣様の血縁のはずなのだ。
「血を引いていないほうの親も……つまり両親ともいないの?」
『そうだ。今この男は施設とやらにおる』
施設というのは児童養護施設ってことだろうか?
「施設にいても、親がいる場合もあるよ」
『こいつの他に引っかかってくる魂はない。故にこいつに近親者はおらん。理由は知らん』
「兄弟がいれば、やっぱり加賀さんに引っかかるだろうし……ってことは天涯孤独ってことか?」
大和さんが顎に手を当てて考え込む。
思いもよらない対象人物だった。なんとなく章嗣様からのイメージで、成人男性だと思い込んでいた。
『会ってみたい……』
「碧子様?」
『章嗣様に……会いたい……』
碧子様が夢うつつの表情で呟いた。
その少年の面影の中に夫を探すのだろうか?
自分と章嗣様の間にいたかもしれない子供と重ねるのだろうか?
「ここから茨城はさすがに遠い……なっちゃん、土日じゃ厳しいから、金曜か月曜、仕事休んで?なっちゃんの休みに合わせて行ってみよう」
私は首を横に振った。
「大和さん、無理よ。相手は未成年だもの」
「すぐに術をかけたりしないよ。偵察。碧子様もあの様子だし」
「……わかった」
偵察……ひとまず様子を見るだけなら、いいだろう。私だって正直なところ気になる。
『難儀だな。那智、ちょっと来い』
加賀さんが手招きする。何だろう。
カウンターを挟んで顔を近づけると、ピンッとデコピンされた!
「うわっ! なに?」
『加賀!!!』
碧子様も強めの声をあげる。
『なに、お守りがわりだ』
加賀さんはそう言うとコーヒーを口に運んだ。すると大和さんが額に手を当てて、はあっとため息をついた。
「加賀さんってば何してくれちゃってんの? なっちゃんに呪いかけて……」
「呪い!?」
声が裏返ってしまうのはしょうがないと思う!
『元の呪いより強力な呪いで上書きしてやったまでよ。那智が……ふふ、かわいくなってきた』
「はあ、まあ加賀さんより強い鬼なんて、そうそういないと思うけどね」
『その我をあごで使う奴が、何を言ってる?』
和やかな会話の中に、確かに『鬼』って聞こえた……。
碧子様が加賀さんを睨みつける。
『那智にっ、どんな呪いをかけたのだ!』
『力比べみたいなものだ。今後は我よりも強くなければ、呪いが効かん。那智も身体が少しは軽くなるだろう。といっても期間限定だ。これにだけ関わってるわけにはいかんのでな』
『……ありがとう』
碧子様が悔しそうに呟いた。
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