第2話 既知との遭遇?
『まさか、まさか那智まで犠牲になるなんて、思わなかったのよ……』
十代ではない……でも生活の苦労などしたことなさそうな箱入りっぽい高貴な女性……嘘でしょ?
「ひょっとしてひょっとすると……碧子様ですか」
『ここの泉の色から碧子と呼ばれるようになり……もう……ずいぶんと経つな……ヒック……』
……ヒック? ちょっぴり頰が赤い?
「ひょっとして酔っ払ってますか?」
『ほんろ、ちょっとれー……ヒック!』
目を凝らせばお供えしたビールが半分減っていた。
「飲んだんだ?」
『だって、赤子の頃から見守ってきた那智になじられて、悲しくなって、もうどうなってもいいや、一回謝ろって! ヒック』
「酔っ払った勢いで
『うん、良かった、那智が話聞いてくれて!』
「こ、この怨霊〜〜〜〜!」
私は防犯のために持ってきた竹刀を振り上げた!
『ギャー! 助けてー! 怖いー!』
「はあ?」
怨霊に怖いって怖れられる私……一気に力が抜ける。
◇◇◇
私たちは対面して座り、仕切り直すことにした。
とはいえビールは飲む。正気じゃこの状況についていけるわけがない。
でもお互いほろ酔い加減ゆえに、碧子様の口も軽く、私もいわゆる怨霊相手だというのに恐ろしくない。タメ口でいける。
「私に敬語なんて期待しないでね? っていうか碧子様の言葉、なんでわかるんだろう。何百年と昔の言葉、もっときっと堅苦しいよね?」
『こうも長いあいだ、ただ、人々の営みを見守って来れば……この時間の言葉、常識も会得できるわ。でもそれを納得しているかどうかは別なのだけど』
怨霊のくせに無駄にキラキラして育ちの良さそうな碧子様は静々と頭を下げる。
『ほんとに、ほんとに申し訳なく思っておる。1,000年も時がたち、われの心はもはや怨みを忘れ穏やかになったというのに、何の縁故もない高山の縁者がこのようにいつまでも苦しみ……、結果、われも成仏できぬ……』
「じゃあ、チャッチャと呪い解いてよ?」
『わ、われはただ、お金を払っただけ。弾かれた呪いの始末など分からぬ』
「えー!」
碧子様はさめざめと泣く。
きっと嘘ではないんだろう……貴族のお姫様だもの。ただ依頼しただけ……はあ。
「それなら、依頼先にあの呪いはもう終了! 解散! って宣言して、解いてもらってよ」
『われももちろん考えた! しかしわれが頼んだ呪術屋は、商売柄あちこちに恨みをかっており、いわゆる戦国の世に完全に血が絶えた……』
「間違いないの?」
碧子様は静かに頷く。
「そもそも碧子様の旦那は何で、呪い払いをうちに頼んだのかな?」
『あの時代、呪いを払える神官や陰陽師、除術師は数多おった。高山家は当時都近くに拠点を置き、……そうよの、当時実力は都で五番目と言ったところか?』
「5番目! 中途半端〜!」
うちのご先祖様っぽい。
『なっ! 大したものぞ?』
「フォローありがとう」
『むむ……それに高山より格上の家は全て帝に仕えており、個人の依頼を受ける余裕はなかったのではないだろうか? それ故に頼めなかったのだろう』
碧子様がグビッと缶を煽る。遠慮ない……。
でも、うちの先祖が五番目だったということは……酔いが回ってきた頭に名案? が浮かんだ。
「ねえ、うちより格上の皆様って、格上だけに生き延びてるんじゃないかなあ」
『あの者らを頼ると? 普通同業者は商売敵ゆえ頭を下げぬものではないのか?』
「ねえ、どんだけ切羽詰まってるかまだわかってないの? 私がどんだけ泣いたかわかってる? 弟の斗真とその子孫たちのためならば、頭くらいどんだけでも下げるよ!」
『那智は……子孫を残さぬのか?』
「……誰と?」
『……すまぬ』
碧子様は苦しげに顔を顰め、顔を何度も横に振って、目を閉じた。
『……あの時代の二番手の四番手の……は血が途絶えている。さすがに筆頭の卜部(うらべ)と三番手の、そう、設楽は健在のようじゃ』
「そんなのわかるの?」
『対象が明確ならば……少しくらい探れる』
「検索したらわかるかな?」
私はポケットからスマホを取り出し、『設楽、神職』と入力してみた。
ずらっと関連記事が並ぶ。
「どれだと思う?」
碧子様が覗き込み、私は少しずつスクロールする。
『……こいつ』
碧子様は迷いなく一つの項目を指差した。
「スゴイじゃん!」
『……なんとなく……でも間違いないはず』
「よし、じゃあ電話してみるよ!」
運良くHPも作っている最先端神社だった。うち……高山塚神社もこのくらいしなくちゃまずいかもしれない。氏子減る一方なんだから。近畿地方だ。
酔っ払いの勢いを大事にして番号を入れる。ツーコールで相手が出た。
「はい、竹富山神社でございます」
「あの、そちらの宮司さん、設楽さんでしょうか?」
「はい」
「あの、私、ある人の紹介でお電話させていただきました。設楽家は歴史ある霊力宿る家系で、怨霊を払う力があると。あの、私ども、ざっと千年ほど呪われておりまして、是非払っていただきたく……」
「……ふざけんな! 営業妨害! 病院行け!」
プッ、ツーツー……
「切られた……」
私はガクッと肩を落とす。
『なんと……話も聞いてもらえぬとは……世知辛い世になったものよ……』
カーカーカー……
カラスが集まってきた。夜が来る。暗い山は危険だ。
「……帰ろ」
『ま、待って! われも、われも連れていって!』
「やだよ。既に目一杯呪われてるのに。肩に怨霊乗せてるとかホラーじゃん」
『肩には乗らん! それにわれは那智に恨みがあるわけではない! 故に無害よ!』
「ほんとかなー? まあもう、私なんて、どうなろうと構わないけど……」
『つ、付いていく!』
憑いていく? と自分にボケをかましながら、私は山道を降りていった。
◇◇◇
実家に戻って久しぶりに母のご飯を食べ、10代の頃のままの私の部屋に戻ると、碧子様が姿を現した。
「碧子様って、他の人にはどう映ってるの?」
『われが意図的にこうして現れても、見えぬものがほとんどよ。那智は高山の血筋で見えるんであろう』
「じゃあ、両親や斗真にも会ったら?」
『会わせる顔などない……』
「ふーん」
ふらふらと友人用のクッションを押し入れから引っ張り出して、碧子様に勧める。
『那智……酔っ払いすぎよ?』
だって両親がとっておきの大吟醸、開けてくれたのだ。私のために。
私はかわいい切子のグラスを二つ、テーブルに置き、冷酒を注ぐ。
「いいじゃん、実家だもん。碧子様は何のお酒が好き?」
『そうねえ、まあ当時のお酒は今ほど洗練されていなかったけど、今で言う日本酒はよくいただいたわ。それと、最近よくお供えしてくれるビールも好きよ』
「碧子様、おばあさんっぽい言葉と、現代の言葉が混ざってて、チグハグだよ?」
『わ、われは……那智と同じ言葉になりたい。化粧も白でなくて那智みたいに肌の色にして……その……友達みたいになりたい……われももう、寂しいのじゃ……』
最後の方の言葉はとても声が小さくて、酔った頭には聞き取れなかった。
「何はともあれ順応性高いな〜! 碧子様と私、ひとまずお酒の趣味は合うかも。じゃあかんぱーい!」
『か、乾杯』
小さなグラス。お互い一気に飲み干す。正確には碧子様のグラスはテーブルに置かれたまま、ぐいぐい中身だけ減っている。
「代々氏子の酒屋さんがくれたんだって〜! おいしいね!」
『ええ、キリッとしていて美味しいわ』
「中里さんも、冷酒大好きだったなー! 弱いくせに」
『そうなのか?』
「うん、醸造アルコール入りは飲まん! とか言いながら、店の人にラベル見せてもらったらキッチリ入ってんの。笑っちゃう」
『そうなのか』
「美味しけりゃどーでもいいってねー!」
『そうよの』
「ねー中里さん……」
ヤバイ、眠くなってきた。まだ飲みたりないのに……
『那智……酒の力でようやく涙を流すか……見ていられぬ……』
那智の頰に伝う涙を拭おうと手を伸ばすも……触れられない。
『本気で、今度こそ本気で動かねば!』
◇◇◇
何故か、碧子様は100キロ離れた私のアパートについてきた。
「あれ? えーと塚から離れて大丈夫なの?」
『別にあの場所に因縁があるわけではない。高山に因縁があるの』
「はーい、因縁つけられました〜!」
『違う! 因縁はあれど、恨みや復讐の気持ちはない! 間違えないで!』
碧子様がムキになってそう言う。
「ふーん。で、ここで何がしたいわけ?」
『とりあえず、卜部と連絡をとってみよう。われがいれば探索の確率が上がるでしょう?』
「また、こないだみたいにあしらわれたら?」
『その時は別の方法を考える。われも頑張る。那智一人よりも手がうてる。ほら、すまほ、で卜部を探してみて』
私は渋々検索する。卜部は設楽よりもヒット件数が少ない。神社もない。
「どうかな? ピンとくるのある?」
画面に碧子様が覗き込む。
『……ああ、これじゃ……コホン、これよ。間違いない』
思いがけなく即答だった。
「え、これ?」
それは、
〈珈琲 卜部 、一杯の珈琲で安らぎをあなたに……〉
珈琲店のホームページだった。
そこを開き、アドレスを探すと……まさかの同じ県だった。
※という感じの、筆者にとって久々の現代ものです。
クロエと同じく、毎週日曜のんびり更新してまいります。
よろしくお願いします。
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