【本編終了】呪詛の祓は珈琲店で〜碧子様に憑かれている私〜

小田 ヒロ

本編

第1話 高山那智は呪われている

「えっとゴメン、名前何だったっけ?」


 中里さんにそう言われた瞬間、私、高山 那智は歓喜と絶望を一度に味わった。



◇◇◇



 二個上の先輩中里さんは、都銀の都内店舗に配属された新入社員の私にマンツーマンでついた先生だった。

 出身大学が同じで共通点も多く、鼻がちょっと上を向いてるからハンサムではないけれど、それがかえって皆に親しみを湧かせて、人気者だ。

 私が得意先を怒らせたときも、私の学生気分の抜けきれない甘い感覚をめちゃくちゃ怒り、でも一緒に謝りに行ってくれて、反省したのなら良しと、次の日に引きずらなかった。


 あっという間に恋に落ちた。



 しかし、私には、というか我が高山家には厄介な体質? があった。

 高山家は代々神官の家系で(現在も実家は父が宮司をつとめる小さな神社だ)、その昔呪術のかけられた貴族の若君を祓ったときに、間の抜けたことにその呪いをザバッと被ってしまったのだ。


 呪いはその若君の愛を若い姫に盗まれた、少し年上の奥方、碧子様のかけたもの。『本気で愛しあった女のことを忘れてしまう』呪い。その若い姫を忘れて自分の元に戻ってくるように。


 つまり高山家は全く無関係! その浮気した若君の子孫にそんな呪いぶっかけてくれよ! って思う。

 でも当時のご先祖様の力が足りなかったのか、はたまた碧子様の呪いがそれを上回ったのか……どんな対策も祈りも効果なく……都を離れ、西国に碧子様の塚を作って、毎日を祈りを捧げ続けて……21世紀に至る。


 というわけで高山家は軽く1,000年ほど恋愛成就した試しがない。本気で愛した相手と思いが通じ合った瞬間、忘れられ、相手から認識しづらくなるらしい。

 なので両親もそのまた両親もずっとずっと、事情を知ってる氏子さんの皆さまやその紹介でお見合い政略結婚だ。

 一緒に住んでいるうちに情が移り、愛のようなものが育つぶんは碧子様も見逃してくれるようだ。

 ただ死んだ祖父母は晩年お互いをわからなくなってたけれど、呪いなのか加齢なのか?



 私にとって不幸しか呼び込まない恋、必死に想いが育たないように努力した。なるだけ接触しないようにしようと思ったが、入社して二年半も経ち全国展開している会社なのに、お互い同じフロア内の異動しかなく、毎日視界にバッチリ入り、ビシバシ指示が飛び命令される。そんな中里さんがまたかっこよかった。

 ならばカッコ悪いところを見て幻滅しようと思っても、飲み会でトイレに駆け込む姿すら、仕事中とのギャップにキュンキュンやられる始末。


 結局のところ、片想いならば、何の問題もないのだ。

 私は報われぬ恋に胃をキリキリ痛めながら、せめて使える後輩と思ってほしいと、彼の要求に食らいついてきた。中里さんのこれまでの彼女の惚気も心で泣きながら聞いたことも何度となくある。この二年で中里さんの彼女は私の知る限り二度変わった。そして私は一人年を重ね片想いを抱いたまま、一生を終える覚悟をしていた。





「中里主任、何ボケてんの? 手塩にかけて育てた高山ド忘れなんて?」

「お前ちょっと疲れてんじゃ?」

 私がぼーっとしてる間に、同じ24歳、入社三年目同期のスミレや周囲の先輩方が中里さんを攻め立てていた。中里さんは大いに戸惑っている。


「ほーんと、中里さんぼんやりしすぎ! ちょっとブラックコーヒーでも飲んで来てください!」

 私が口をとんがらせてそう言ってみせると、

「あ、ああ、そうだね」

 中里さんは私を不思議そうに眺め、頭をひねりながら出ていった。


 私は荷物をかき集め課長に気分が悪いと懇願し、すぐさま早退した。


 そして、なんとか家にたどり着き、鍵を閉めて、そのままずるずるとへたり込んだ。

 つまり……よもやまさか……ははは……。

まぶたの裏に、仕事モードや居酒屋モード、色々な中里さんが浮かんでは消えてまた浮かび、私に笑いかける。


 ……ありがとう、中里さん。好きになってくれて。


 でも、彼の脳裏からは私のことがスッパリ消えてしまったのだ。


 ……さよなら。私以外の人と幸せに……


 なーんてそんな簡単に忘れられるかっ! いやだ! まだ幸せにならないで! 私が目の前にいるうちは……


「う……ううう……うわあーーーーああああ……」

 泣き崩れた。






 ◇◇◇





 次の日から私は一年目以降は義務ではない名札をつけた。中里さんが私を目の前にして困らないように。

 でも、

「俺おかしいのかな……あの子、あの席にいたっけ……」

 と頭を捻りながら呟いていた。

 これでは仕事にならない。真面目に生きてきたのに何の罰だ。泣けてくる。

 つくづく同じ職場で恋愛なんてやっちゃダメだった。

 でも恋はコントロールできるものでもない。


 何かおかしな雰囲気になった。中里さんと私を、皆訝しがり、中里さんの病気を疑う始末。私は早急に課長に異動願いを出した。


「高山さん、これって中里のセクハラとか、パワハラじゃないだろうな?」

「まさか!」

「そうだよな、中里に限って……でもなんかあいつおかしいな」

「いえ、中里さんは全くおかしくありません! ただ、実家の母の体調が悪くて、せめて車で週末行き来できる支店へ動きたいのです」


 実際、デコボコになったチームワークは作業効率をガクンと下げ、課長も問題視しており、東京に戻りたがっている地方支店の社員とチェンジすることが異例の速さで決まった。


 その月末、私は中里さんが出張中に、訝しがるスミレをなだめ、そっと転勤した。

 最後にお世話になった課内の皆様にハンカチを配った。汗っかきの中里さんにはタオル地のブルーのもの。そっと机に置いてきた。





 ◇◇◇





 私は故郷九州の我が社の支店に転属され、無難に窓口業務になった。とはいえ実家は車で二時間はかかる田舎だからアパート暮らし。

 東京ではずっと法人担当で、個人客の窓口接客は初めてで毎日一つは凹むことがあるが、どんなお客様に当たるかは博打、年下の皆も頑張っているのだから弱音は吐けない。

 新しい職場はきっといい人ばかりだけれど、深入りするのが心の底から怖くて仕事限りのお付き合いに留めた。


 引っ越し当初、なかなか部屋が片付かないし、身体中だるく、実家に行けなかった。

 急な異動を不思議に思った母が電話してきたので正直に、

「恋をして、忘れられたの」

 と言ったら、電話の向こうで『バキッ!』という乾いた音がした。


 うちの神社は両親が地域貢献のために剣道道場もやっている。無事か? 竹刀……。

 ちなみに両親は互いに行き遅れたので結婚した中学時代の〈友達〉らしい。家族仲はまあいいと思う。


 日中新しい業務に悪戦苦闘し、夜は中里さんを思って泣く。


 どうして両想いだったのに離れなきゃいけないの?

 どうして、手を繋いで映画に行けないの?

 誰でもやってる、ありふれたことでしょう?


 スミレの送ってきた、本店の飲み会の写真の中で、ジョッキを握り笑ってる中里さんを見て胸が苦しくなる。

 まるで私のことなんて忘れたかのように……。

 違った。本当に忘れているんだわ。ははは……。





 ◇◇◇




 交代で取る夏休み、ようやく山里の故郷に帰省することが出来た。

 私の痩せっぷりに父は顔を青くして社務所の奥に消え、母は激怒し、やはり東京から帰省中の大学生の弟、斗真は目を真っ赤にして泣いた。


 一通り荷物やお土産を片付け終わると、日が傾いてきた。

 私はラフな服に着替えて新聞と缶ビールを持ち、メガネにポニーテール姿でうちの神社の御神体でもある裏山に登った。

 ちなみにまだまだ銀行に来るお客さんは保守的なため、髪は落ち着いた茶色のセミロングだ。年末年始は巫女着を着て社務所にも立つ。黒髪に近いほうが白い道着、緋色の袴にやはり似合うので、地味目の風貌に納得している。


 この御神体、通称その名も『高山』は、遠くから見たらこの時期草スキーしたくなるような緑の芝に覆われた美しい草原だけれども……その実、草は腰の高さまで生い茂っている。毎年春には野焼きをして裸山になるというのに。

 しかし、何百年と踏み固められた幅2mほどの山道には背の高い草はもはや生えてこない。幼い頃から通いなれた道を、時折物思いに耽りながら登った。


 頂上の奥院のお社に軽くお参りし、右に道を外れる。10分ほど歩くと森が開け、コンコンと地下水が湧き上がる小さな池と、私の身長ほどもある綱の張られた大岩が見えてきた。季節の花が供えられている。きっと母だ。


 私は缶ビールをプシュっと開けて花の横に供え、新聞をパラリと広げてその上にヨイショとあぐらで座り、もう一本のビールも開けた。ゴクゴクっと飲む。普通に美味しい。この辺りは、御神体そのものなだけになんとなく神気がただよい、真夏でも下界とは別世界のように涼しく、蚊もいない。

 全方位オレンジ色に包まれだす。気の早いススキがざわざわと揺れる。


「はあ……これで気が済んだ? 碧子サマ?」


 大岩に向かってボヤいてやった。


「ずーっと自分に禁じてた、私の初恋だったんだよ? 最初で最期の。中里さんが一瞬でも私を好きになってくれたと知った以上、他の男なんて考えられない。一生キスも知らずに死んでいくのよ。満足?」


 ついつい涙が溢れて、腕でゴシゴシと拭き、目を閉じたままグイッとビールを煽った。


 すると、ゾクっと凍るような風が、私を渦のように巻き込んだ。思わず両目ぎゅっとつむる。

「な?」


『ご、ご、ご、ごめんなさい〜!』


 頭に鈴のなるような声が響き、不審に思って目を開けると、すぐ前に、一番上が萌黄色の十二単? を着て、髪を足元まで長く垂らし、頭に金色の垂れ下がる飾りつきの冠を載せた、ちょっとおしろいつけすぎナンセンス美女がプカプカ浮いて、ハラハラと涙を流しながら私に頭を下げていた……。




※最初なので、明日も更新します。

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