逃亡アリス

ことはゆう(元藤咲一弥)

逃亡アリス





 お逃げ、お逃げ、お逃げなさい

 僕らのアリス

 三月ウサギが狂気に堕ちてしまった。

 お逃げ、お逃げ、僕らのアリス。

 そして忘れて──





「……」

 ぱちりと、朝少女が目を覚ます。

「何だったんだろう、今の夢……」

 少女はそう呟くと時計を見て慌てて身支度をして部屋を出て行った。


『見つけた』

『私のアリス』


 その声を聞くことなく──





鞠子まりこごめん、今日補習が……」

「うん、分かったよあい。頑張ってね」

「うん!」

 少女──鞠子は友人とそう言って別れた。


 学校の外は土砂降りの雨が降っていた。


「バス遅いなぁ」

 鞠子がそう呟くと、傘を差した人が近づいてきた。


──お逃げ、お逃げ、お逃げなさい──

──僕らのアリス──

──三日月ウサギは危険だよ──


「??」

 鞠子の耳に、夢の声が響いた。

「見つけました、私のアリス」

「え……」


──逃げて!!──


 見慣れないバスが目の前に来たのを見て鞠子が慌てて傘を放り投げて、乗り込むと自動でしまった。


「な、何、今の」

「危なかったよ、アリス」

「いや、私は鞠子で……」

「……うん、そうだね、アリス」


 運転手がそう言って運転を続けた。


「不味い追ってきた」

「え?」


 鞠子が後ろの咳に移動し、ガラス越しに見ると先ほどの人物が走って追いかけてきているのだ。


「ひっ?!」


 あまりの出来事に鞠子は腰を抜かした。


「アリス、僕らのアリス」

「あ、アリスって何なんです?」

「君には忘れてもらったけど、僕らは覚えているよアリス」


 運転手は淡々と語って、帽子を脱いだ。


 紫の髪に猫の耳が生えていた。

「え?!」

「僕はチェシャ猫。アリスを導くものの一人」

「……」

「ここから先は白ウサギの後を追いかけるんだ、不思議の国が君を待ってる」


 気がつけば見知らぬ景色が広がっていた。

 バスの出口が開く。


「さぁ、早く。三月ウサギに捕まったらお終いだ!」

「は、はいぃ?!」


 バスの出口から降りると、帽子を被り、白いウサギ耳が生えている人物が現れた。


「アリス、急いでください。三月ウサギに見つかる前に」

 その人物は鞠子へ手を差し伸べた。

「私は白ウサギ、貴方を導き、守る者です」

 鞠子はその手を掴むと、ひっぱられるようにして走る羽目になった。


「三月ウサギの所為で世界はめちゃくちゃなのです、アリス。だから貴方が直す必要がある」

「な、直すって?!」

「見ればすぐ、分かります」


 走りながら会話をすると遠くから声が聞こえた。


『アリス、私のアリスは何処だ、何処にいる??!!』


「ひっ!」

「悠長な時間はありません、早く世界を直しつつ、女王の城へと向かいましょう。三月ウサギに捕まる前に」


 そう言うと白ウサギが立ち止まる。

 森だった空間がいつの間にかおもちゃ箱のような世界になっていた。

 目の前にはパズルがあった。


「私は直せないのです、アリス、貴方でなければ」

「わ、分かった」


 鞠子は白ウサギの言う通りに、パズルをカチカチと動かした。

 カチリと音がすると、おもちゃ箱のような世界からかわり森へと戻った。


「行きましょうアリス」

「う、うん」


 再び白ウサギの手を取り、鞠子は走り出す。


 後ろからは鞠子を──アリスを求める声が響いていて、それが鞠子を怖がらせた。


 お茶会の場所へとやってくると、大きなネズミと、帽子を被った道化師のような人物がいた。

「やぁアリス! よく来たね、お茶でもどうだい、と言いたいところだけどそんな暇はない」

「アリス……早く女王様のお城へ……三月ウサギをどうにかするには君が女王様のお城へ行かないと……」

「わ、わかりました」

「アリス、行きましょう」

「時間稼ぎはまかせておくれよ、なぁに、僕らは死なないよ。不思議の国がある限り」

「うん、そうだね……死なないよ、だから行って、アリス……」

 鞠子は戸惑いつつも頷き、白ウサギとともに走って行った。





「アリスは何処だ!!」

 茶色の燕尾服を赤黒く染めた三月ウサギがお茶会の広間にやって来た。

「チェシャ猫をバラバラにしたんだね……酷いことをするね」

 眠りネズミはそう言った。

「何て酷い、やっぱりお前は女王様にもう一度封印してもらうしかないね!」

「黙れ黙れ黙れ!! 私はアリスに微笑んで貰うんだ、永遠にここにいて貰うんだ!!」

「だめ、だよ。完全にアリスになったら、世界から『忘れられる』……だから、君の我が儘は聞けない」

 そう言うと巨大なティーカップが三月ウサギを掬った。

 カップの底に転げ落ちる三月ウサギに、熱い酸性の液体が注がれる。

「溶けてしまいな三月ウサギ!! お前はアリスを不幸にする!!」

「ふざけるなああああ!」

 三月ウサギの叫び声が響いた。





「……」

「心配ですか、アリス」

「は、はい」

「あの二人も腐っても不思議の国の住人です、ご安心を」

 と行った途端、大きな何かが壊れる音が聞こえた。

「……急ぎましょうアリス」

 白ウサギは鞠子の手を引き、急いで薔薇の花園へと入っていった。



 またも同じようにおもちゃ箱の世界のようになっていた箇所を直しながら白ウサギと鞠子は進んでいった。


 そして、漸く城へとたどり着く。


「早く城へ──」


「アァアアアリィイイイスゥウウウウ!!」


「ひっ!!」

 所々骨が見えている先ほどの人物──三月ウサギがそこにいた。

 白ウサギが剣を取る。


「アリス、早く城へ!!」

 鞠子は急いで城の扉を開けて中に入り走り出す。





「白ウサギ、邪魔をするなぁああああ!!」

「アリスに幸せになって貰いたいからそれはできない」

 白ウサギは剣で三月ウサギと互角に渡り合った。





「誰か、誰かいませんかー!?」


「まぁ、誰かと思えばアリスじゃないの!」


 真っ赤な髪の女性がそこにいた。

 女性は鞠子に近づき、抱きしめた。


「良かった、白ウサギは間に合ったのね」

「な、何をですか?」

「アリス、そこに隠れていなさい。早く!」

「は、はいぃ!!」

 玉座の裏に隠れた鞠子は息を殺した。





「アリスは何処だあああああ!!」

「白ウサギ、貴方もう少し時間を稼げなかったの?」

「申し訳ございません」

 玉座にやって来た三月ウサギと白ウサギに、ハートの女王は言った。

「お前をもう一度封印します、さぁ、首をはねてお終い!」

 ギロチンが現れ、三月ウサギの頭を固定する。

「ぐがああああああ!」

 ギロチンの刃が落ち、三月ウサギの首が落ちると同時に首と体が闇に飲み込まれていった。





「出てきても大丈夫よ、私達のアリス」

「あ、あの……人……三月ウサギさんはどうして私を……」

 鞠子がそう言うと、女性は困った顔をし、白ウサギも困った表情を浮かべた。

「アリス、君は昔アリスだったんだよ。不思議の国で世界を直す為の少女アリスだったんだ」

 最初に出会った人物──チェシャ猫が現れた。

「え、えっとチェシャ猫さん?」

「うん、チェシャ猫だよ」

「猫、お前は全く……」

「これは知らなきゃいけない事だからね」

 チェシャ猫はそう言って続けた。

「三月ウサギはアリスだった君に恋をしてしまった、ウサギなのに猫になるくらいね」

「え?」

「君は好きな動物はと聞かれて猫と答えたからだよ」

 チェシャ猫は続ける。

「幼い君は僕たちといるために、永遠にアリスになろうとした。でも、それは幼さ故、僕らは君の記憶を封印して、アリスであることを終わらせたんだ」

「でも、貴方達は皆私のことをアリスって……」

「それでもアリスだからね、君は。君が忘れた事で三月ウサギはおかしくなって、僕らは彼を封印した──んだけど、溶けちゃって君の世界にいったんだ、彼は」

「……」

「また、封印が解けるかもしれない。そのときは」


「また、守るよ、僕らのアリス」

「ええ、守りますわ、私達のアリス」

「守りますとも、私達のアリス」


「「「さぁ、お帰り。お母さんがまってるから」」」


「!!」

 鞠子はその言葉に聞き覚えがあった。

「待って、まだ話したい事が──!!」


 手を伸ばした瞬間、バス停に戻っていた。

 時間を見ると、先ほどから時間が経っていない。

 バスがやってきた。

 鞠子は傘を拾ってバスに乗り込み、家へと帰る。


「お母さん、ただいま──」

「お帰りなさい、鞠子」

 軽く挨拶を済ませると、鞠子はぼふんとベットに横になった。

「疲れた……」

 そう言って眠りに落ちる。





──アリス、僕らのアリス──

──三月ウサギがまだ狙っている──

──僕らが守るよ、だから君は──


──忘れて──



「忘れられないよ……」

 目を覚ましそう呟くと、鞠子は着替えを始めた。

 また日常がやってくる──






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