不思議な動き

だけど。


『足、なくなっちゃったからさー』


彼女にとっては別に、とりわけ大切でもない些細な事だったのだろうか。

動きにくいという感想しか、生まれはしないのだろうか。


でも、私は違った。彼女が何ともなさげに、さらりと口に出した言葉と、そんな事実は、やっぱりどうしたって衝撃的だった。適当に夢を見ていた私を、瞬く間に現実世界に引き戻した。


それから少し考えて、やっぱり日向 汐は、

もうこの世界のどこにも存在しない筈なんだってことを思い出した。


(お化けでもなんでも、いいや。汐ちゃんに会えるなら、何だって)


大して綺麗でもない海を見つめている、珍しく少し物憂げな汐ちゃんを見ていたら、何だか余計に切ない想いが波のように押し寄せてきて、胸が張り裂けそうになった。そうやって私たちは、汐風に吹かれながら、感傷に浸っていた筈だった。


なのに。




「なーんてね。いいよいいよ、危ないから。待ってて」


汐ちゃんは突然、自分が座っていた岩からぴょんと飛び降りた。そして、何を思ったのか腕だけを使って私のいる砂浜めがけて這ってくる。その、なんとも言えないシュールな光景が、さっきまでの雰囲気を見事にぶち壊した。



もぞもぞ、もぞ、もぞもぞ。



奇妙な動きで、汐ちゃんが近づいてくるたびに、彼女の足があったはずの場所に今、何があるのかわかるようになってきて、だんだんとその予測が、確信へと変わっていく。



もぞもぞ、きらきら、もぞもぞ。



じりじりと、私たちを焼き焦がしてしまいそうな太陽の光を反射して、何かが煌めいていた。先端では、ゆらゆら、ひらひら、と柔らかな何かが、左右に揺れていた。




見ればまあ、わかる。わかるのだが。

すんなりと受け入れて、信じてあげられる人の方が少ないと思う。


「じゃーん! あたし、人魚になっちゃいましたーっ! えへっ」


驚いた?と、悪戯に笑う。


見間違いではないらしい。

汐ちゃんは、あの、御伽噺に出てくるような人魚に、本当になったらしい。



「ほえ?」


何をどうしてそうなったのか、見当もつかなかった私には、ただの一言にすらならない間の抜けた声を出すことしかできなかった。

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