修復と悪夢

 翌日。

 店を休みにして、ドノバンは像の修復に取りかかった。


 修復といっても、たいした作業ではない。切断されてバラバラになっている各部位を繋ぎ合わせるだけである。


 ドノバンは修復用に、自家製の特殊な接着剤を持っていた。きわめて強力なものだ。なお、自分の業績を誇示するつもりはないが、この接着剤の調合に関しては、私も錬金術の観点から多少の助言をしていることを申し添えておきたい。


 今回も、ドノバンはその接着剤を用いた。切断面の汚れを落とし、丁寧に接着剤を塗って繋ぎ合わせる。


 作業は、拍子抜けするほど簡単に終わった。


 金属の種類が不明なため手こずるだろうと思っていたのだが、不思議なほどあっけなかったという。

 各部位は完全に接合された。継ぎ目は、目を凝らしてよく見なければわからないほどの、薄い一筋の線が入った程度である。まるで像自身が元の姿に戻ろうとして、ドノバンの作業を誘導しているような、そんな奇妙な感覚だったそうである。


 修復を終えた像は、たしかに立派なものだった。

 高さは台座も含めて、一メートル弱ほどである。筋骨隆々とした体躯で、聖職者が説教のときにやるように、両手を大きく広げるポーズをとっている。革鎧とサンダルを身につけて、腕や脚は素肌のままだ。右手には大斧、左手には魔術師の杖を握っている。


 そこまでは、まあいい。問題は頭部である。

 この頭部が、像を怪物像たらしめているのである。


 気味の悪い頭だ。

 ドラゴン、トロール、オーガ、メデューサ、蛇、サソリ、その他もろもろの、醜いモンスターたちの特徴を組み合わせたような容貌である。


 目も耳も左右非対称、鼻は中心からずれていて、牙の生えた口は歪んでいる。左耳の下、人間なら横顎のあたりにもうひとつ口があり、そちらからも牙が突きだしていた。右のこめかみの位置には、三つめの目がある。外に半分飛び出した、魚類のような瞼のない目だ。髪はメデューサ同様、無数の蛇で表現されているが、もっと悪いことに、蛇の中にサソリの毒尾が混ざっている。

 造りが精巧なだけに、怪物のグロテスクさも際立っているのだ。


 頭頂部、蛇とサソリの尾の隙間には、薔薇ばらの茎ほどの太さの孔がひとつ開いている。ここから像の内部に、色のついた液体を流し込んだのだろう。


 しばらく眺めていると気味悪さのせいで吐き気を催しそうになったので、ドノバンも早々に目をそらし、それからはなるべく直視しないようにしたという。


 人間が醜悪と感じ、嫌悪感を感じる要素を凝縮したような顔だった、ドノバンはそんな言い方をした。


 ここまで、像の頭部について、私はドノバンの述べた言葉を忠実に書き記してきた。


 ただ、書いた私がこんなことを言うのはいかがかと思うが、このドノバンの口述がどれくらい正確かについては、なんともいえない、と言わざるを得ない。私自身は、像を見ていないからである。

 人間には理性や常識があるものだ。ドノバンの言うような狂気的な創造が、本当に人間に可能なのだろうか?

 私にはあまりにも異様すぎて、上手く想像することすらできないのである。


 あるいは、像の製作者は狂人であって、怪物は彼の心の中の狂気が形となったのだろうか。だが、そう考えるのは、頭部以外はきわめて正常かつ精巧であったという、ドノバンの言葉と矛盾するように思われる。

 結局、私の疑問が解明されるには情報が少なすぎるであろう。


 ともかく、ドノバンは像の修復を終えた。

 修復した像を、彼は店のいちばん奥のほう、もっとも目立たないところに置いた。店内の目立つところに陳列するのは、なんとなくはばかられるような気がしたそうである。


 その夜、ドノバンは奇妙な夢を見た。






 夢の中で、ドノバンは教会の礼拝堂のような場所にいた。いわゆる明晰めいせき夢で、自分が夢を見ていることが認識できている。


 そこは、ドノバンがこれまで行ったことのない礼拝堂だった。帝都の至高神教会の大聖堂ではなく、八大神の神殿とも明らかに違っている。


 夢の中の礼拝堂は、ドノバンの知る現実の礼拝堂よりもずっと不快で、おぞましく、邪悪な雰囲気に満ちていた。


 窓はない。正面の祭壇両脇と壁沿いにともされた十数本のロウソクの炎だけが、室内を照らす光源である。


 壁面は、びっしりとレリーフで飾られている。ただそのデザインに用いられているのはすべて、蛇と、蜘蛛と、蝙蝠こうもりなのである。気味の悪いその三種の生物が何百匹も壁面に浮き彫りにされ、絡み合い、捕食し合い、交尾している。

 ロウソクの炎が揺らめくたびに、それらの影が揺れ、生きているようにうねうねと動いて見える。まるで、彼らの巣穴に放り込まれたように思えてくる。


 しばらくすると、強い臭いがたちこめた。硫黄の臭い、血の臭い、それに野生動物のすえた臭いが入り混じったような、不快な臭いである。


 臭いの元凶は、すぐにわかった。なにもなかった祭壇の上に、いつの間にか、昼間修復した像が鎮座している。臭いはそこから発していた。


 頭の中に声が響いた。像の声だと、ドノバンは直感した。聞く者の心を萎えさせ、押しつぶすような、重苦しい声色である。


 声はまず、ドノバンの修復に対して慇懃いんぎんに礼を述べた。

 それから、取引を持ち掛けてきた。


なんじの文字を、金貨百枚で買い取りたい」


 像は、確かにそう言ったという。


 金貨百枚といえば、ひと財産である。ただ、文字を買い取る、の意味がわからない。ドノバンは真意を尋ねようとしたが、そこで目が覚めた。すでに朝になっていた。


 へんてこな夢を見たもんだ。像に入れ込みすぎたからだろう。ドノバンはそう思い、気にも留めなかった。


 ところがその夜、ふたたび同じ夢を見たのである。

 不気味な礼拝堂、不快な臭気、像の提案、すべて同じである。

 さらに、その次の晩も同じ夢を見た。


 ドノバンは、すっかり気味が悪くなった。四日目には夢を見ずに熟睡しようと寝酒をたっぷりと飲んでみたが、やはり同じ夢を見た。


 日を追うごとに像は語気を強め、それは提案というより恫喝どうかつに近くなっていった。夜ごと、像は夢の中に現れては、文字を売れ、早く決心しろ、とドノバンを責め立てるのである。

 そんなことが、七晩も続いた。


 七日目の夜、憔悴しょうすいしたドノバンはついに屈服して、像の提案を受け入れた。

 像は満足そうに礼を言った。


 八日目の夜。ドノバンは夢を見ることなく、朝までぐっすりと眠ることができた。目覚めたとき、心底ほっとしたという。


 しかし、それから二週間ばかりしたころ、本物の災厄がドノバンの身にふりかかったのである。

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