ことの発端
ことの発端は、ドノバンの店へビッティがやってきたことであった。
ビッティというのは、『あばずれ』という品のない表現がじつによく似合う、あまり
ルネグラス通りからほど近いところに、小さく狭い家々が寄り集まっている地区がある。スラム街の劣悪な環境から抜け出したいと一念発起した者が、とりあえず移り住む場所を探すとき、最初の目標に定めるような地区だ。
ビッティはその
もちろん、正規の仕事を請け負えるような信用などない。いわゆる遺跡荒らしというやつで、あちこちの遺跡や廃墟、へたをすればただの空き家などへ潜り込んでは、少しでも金になりそうなものを
私が帝都を離れてから二か月余りが経った、ある春の日の夕刻のことである。そのビッティが、ドノバンの店を訪れた。
いつもは仲間の悪童どもと一緒のことが多いのだが、その日は一人であった。
店に入ってくると、ビッティは肩に担いだ荷袋を下ろし、なかから薄汚れた布にくるんだ何かを取りだすと、カウンターに置いた。そこそこの大きさがある。そうして、これを買い取ってほしいと言い出したのだという。
ビッティがこうやって品物を持ち込むのは、その日が初めてではない。金に困ると、遺跡で拾い集めた物を小遣い欲しさに売りに来るのである。
ビッティは買ってくれとしつこくせがむ。ドノバンも根負けして、そこまで言うなら見るだけは見てやろう、ということになった。ビッティが包み布を開く。
中から現れたのは、金属製の像の一部だった。
直径四十センチ、厚さ十センチほどの円盤型の台座から、筋肉質の二本の足が伸びている。両足とも膝のあたりで切断されていて、そこから上は失われていた。
「像だな。こんなもの、どこで手に入れた? 言っておくが、うちは盗品だけは絶対に引き取らないぞ。
ドノバンが強めの口調で問い詰めたが、ビッティは平然とした顔でこう切り返した。
「盗品じゃないよ。秘密の遺跡で発掘してきたんだよ」
「ふん、秘密の遺跡か。都合のいい言い訳があるもんだな」
「信じてないね?」
「当たり前だろう」
「じゃあ仕方ない、教えるよ。これはねえ、あたいが発見した、無名王国の遺跡から掘り出してきたんだ。あ、場所は教えないからね」
上記のような会話を交わしたことを、ドノバンは一字一句の間違いもなく、はっきり覚えていると言った。
人間の脳とは、なんと不思議なものであろうか。
それにしても、無名王国の遺跡とは、ずいぶんな大風呂敷を広げたものだ。
歴史に興味のない者であっても、この大陸で無名王国の名を知らぬ者はいないであろう。この記録を読むような、教養ある諸兄ならばなおさらである。
無名王国。
大陸史に六百年の空白を生じさせ、
邪教崇拝だったとか、文字に代わるなにかを発明したとか、憶測はいくらでもあるが、確かめるすべはない。
なにもかもが、謎としかいいようがないのだ。
ビッティはその無名王国の遺跡を発見して、遺物を売りにきたという。おそらくは売り値を吊り上げるための、涙ぐましいでたらめであろう。まず、ありえない。
確かに、無名王国の遺跡は大陸各地に点在する。帝国の領土内だけでも、南洋州以外のすべての州にわたって、十数か所が確認されている。未発見の遺跡も当然存在するだろう。
だがそれらは、
素人に毛の生えたような遺跡荒らし
昨今では、無名王国の遺跡は遺跡自体が意思を持っていて、発見するにふさわしい人物を選んで導くのだ、などという迷信じみた言説もあるようだ。
仮にそうだとしても、数ある古代遺跡の中でも超一級といえる無名王国の遺跡が、ビッティを選ぶことはまずあるまい。
ドノバンも私と同じ考えで、その像が無名王国の遺物だとはまったく信じていなかった。ただ、台座部分のつくりの良さが目をひいた。
台座は、真円にかぎりなく近いように思われた。
表面は非常になめらかで、ふちの部分は丁寧に面取りがされていてひっかかりもなく、指触りがじつに心地よい。
本体もこれと同程度の出来ならば、そこそこの売り物になるかもしれない。ドノバンはそう踏んだ。
そこで、ビッティには手間賃として銅貨を数枚与えたうえで、すべての
ビッティは少額ながら小遣いが手に入ったことと、買い取りの約束をもらったことに満足し、上機嫌で帰っていった。
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