古物商ドノバンの身に起きた奇妙な出来事

ドノバン

故ドノバンの友人にして善良なる助言者、錬金術師フラウブロスこれを記す




 さて、これよりここに述べるのは、わが旧友にして先ごろ亡くなった古物商ドノバンが、生前、私に語ってくれたある奇妙な体験についてである。


 ドノバンはこの話を私にのみ語ったようだが、後述する理由によって、彼はこれを文章として記録することができなかった。


 この話を聞いたとき、私は大いに興味をひかれた。また、単におもしろいというだけではなく、なにやら得体えたいのしれない、不気味なものごとを示唆しさしているようにも思われる。そこでドノバンに代わり、私がこの奇妙な物語を記録として残そうとするしだいである。これを読む諸兄の無聊ぶりょうを、いっときでも慰めることができれば幸いである。






 まず最初に、ドノバンという人物について語らねばなるまい。


 彼と初めて出会ったのは、私が錬金術師として独り立ちしてすぐの頃であったから、かれこれ三十年以上も前のことである。錬金術に用いる触媒しょくばいの掘り出し物があると聞き、ドノバンの古物店に足を運んだのがきっかけだった。


 ドノバンの店は、下町のルネグラス通りにあった。あのあたりは、庶民が日々の生活用品を調達するための商店街になっている。


 通りの両側にはパン屋、雑貨屋、古着屋などといった雑多な商店が、肩を触れあうように隙間なく立ち並び、通りは行きかう人々でほぼ常ににぎわっている。ドノバンの古物店はそのルネグラス通りのちょうど真ん中あたり、両脇を靴屋と古書店に挟まれて建っていた。


 店はレンガ造りのしっかりした建物だったが、あまり手入れが行き届いているとはいえない。長年風雨にさらされ続けたのであろう、看板の文字は薄くかすれていた。


 店内に入り、カウンターに座っている中年の店主に用件を告げると、彼は言った。


「旦那、初めてだね。うちは現金払い、ツケは利かないよ。それでいいかね?」

「あ、ああ。もちろん、それでかまわない」


 これが、こののち長く友誼ゆうぎを結ぶことになるドノバンとの、最初の会話だった。


 彼は奥の倉庫らしき部屋へ引っ込むと、すぐに私の望む品々を用意してくれた。無駄なおしゃべりや詮索をせず、仕事を手際てぎわよくこなす彼の態度に、私は好印象を抱いた。こうして、私とドノバンとの付き合いが始まったのである。


 私たちはすぐに意気投合した。

 無駄なおしゃべりをしないと言ったが、それは商売上の付き合いの場合だ。友人としてのドノバンは陽気で話題が広く、おもしろい男だった。


 歳は私よりも十五歳年上だ。小柄で、目端の利きそうな顔つきをしている。じっさい、頭の回転は速かった。祖母が南洋人だったそうで、肌はやや浅黒く、髪も瞳も黒い。


 細君には先立たれ、子供もいない男やもめである。エール酒と、地元産の安煙草と、剣闘試合をこよなく愛していた。特に剣闘試合には詳しく、闘技場で大きな賭け試合がある日には、店を臨時休業にして観戦に行くほどの熱の入れようだった。


 金勘定かねかんじょうにうるさい、などという評判もあったようではある。だが、まあ、金に細かいのは商売人の常であろうし、聖人君子でもない人間の身なれば、欠点の一つや二つは誰にでもあるものだ。


 店主と同じく、店のほうも私にとっては有益であった。

 この店は、父から引き継いだのだという。ドノバンの祖父は遺跡探索を専門にする冒険者だったそうで、玉石混交ぎょくせきこんこうのさまざまな戦利品を持ち帰った。祖父の死後、ドノバンの父親はそれらの品々を売りさばき、また、祖父の生前ので品物を仕入れて商売を始めたのである。


 そういった経緯もあってか、店の品ぞろえは私好わたしごのみだった。私好みというより、魔術師好み、錬金術師好みというべきだろう。


 道具屋や書店の品ぞろえには、店主の趣味やが出るものだ。ドノバンの店は古美術品のたぐいは少なく、錬金術の触媒だとか、ちょっと変わった材質の呪術道具だとか、そんな錬金術師や魔術師の好奇心をくすぐるような品が多かった。


 ドノバン自身の知識や鑑定眼は「それなり」程度だ。だが、彼は裏の仕入れルートのようなものを持っていた。どうやら『祖父のつて』とやらが今でも有効に働いているらしい。金と時間をじゅうぶんにかけさえすれば、一般的には入手が難しい品物も取り寄せてくれたのである。


 そんなわけで、私はこのドノバン古物店がたいそう気に入った。そうして月に何度かルネグラス通りへと足を向けては、隣の古書店とこの古物店をするのが習慣になったのである。






 さて、ドノバンについてはこれくらいにして、いよいよ本題に入ろう。すなわち、彼の身に起きた奇妙かつ悲劇的な出来事についてである。


 この事件が起きたのは、今から八年前のことである。


 当時、私はある地方貴族に招かれて相談役を務めていた。帝都を離れ、その貴族の所領に四年間ほど暮らしていたのである。事件はちょうど、その私の不在時に起きた。


 後になってドノバンから話を聞かされたとき、私は、自分がいればなんらかの有益な助言を与えられたのではないか、そう思った。

 だがそれは、どうにもならない『たられば』というものである。偶然のなせる巡り合わせ、としか言いようのないものだ。

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