鉱山 5

 ギーベンヤールは続けた。


「この鉱山がきてたころは、さぞ壮観だったろうな。穴の底で鉱石を掘るやつら、ここであの桶から積み下ろしをするやつら、地上へ運ぶやつら、何百人か何千人かの人夫どもが、汗水ながしてごった返してたはずだ。それがいまや、誰もいない。よっぽどの何かがあったんだろうよ。こんな大仕掛けで運搬中のミスリル鉱石を、回収する余裕もないくらいのな。これ全部、俺たち二人のものなんだ。やったなあ、人生一発逆転の賭けに勝ったんだぜ、ドリーノ」


「ああ、けどよう」


 ドリーノは困惑した声を上げた。


「あの鉱石、どうやって運び出すつもりだい? 近付いただけで、俺たち黒焦げになっちまうよ」


 ドリーノの言うとおりだった。遠目ではっきりしないが、炎は穴のふちの装置の、横に三つ並んだ噴射口から噴き出している。三つの噴射口はいずれも、火を噴く狼の頭をかたどってあるようだ。三筋の火炎はコーン状に広がってすぐに一本の太い火炎となり、金属柱の根元を直撃している。


 だが激しい火炎の勢いは金属柱では止まらない。渦状に広がって穴全体を覆い、装置の反対側のふちまで達しているのだ。ミスリル鉱石を積んだままの金属桶は、火の輪くぐりをさせられるサーカスのライオンのように、その渦巻く炎の中を突きくぐって上下に行ったり来たりしているのだった。


 炎は断続的で、ときおりおさまる。だがそれはほんの三十秒かそこらのことで、鉱石を積み下ろすような時間はない。炎を止めないかぎり、鉱石回収どころか近づくこともできないのだ。心配はもっともだった。


 ところがドリーノの言葉を聞くと、ギーベンヤールは自分で自分の額をぴしゃりと叩いてみせた。それから、大笑いをはじめたのである。


「ハッハッハ! いやあ、すまんすまん。つい興奮して、いちばん大事なことを言い忘れてたわい。安心しな、炎を消す方法は考えてある。そいつを説明するためにも、まずはあの炎の仕組みがどうなってるか、見に行こうじゃねえか。なんたって、がこの遺跡の中でいっとう面白いところだからな」


 ギーベンヤールは上機嫌で、先に立って歩きだしていた。






 装置に近づくにつれ、ドリーノはむっとする暑さにたじろいだ。


 炎の熱が壁となって、近づこうとする者の歩みを押し止めようとしているんじゃないか、そんな錯覚を覚える。


「さあ、ほら。ここから覗いてみな。とびきり面白い見世物だぜ」


 ギーベンヤールの声に、我に返った。暑さのせいか、炎の壁などという妙な想像のせいか、少しぼうっとしていたらしい。二人は、装置の横まで来ていた。


 何がそんなに面白いってんだ?


 ドワーフのギーベンヤールと違って、ドリーノは機械仕掛けや細工物にはたいして興味はないのだ。


 装置は、ドリーノの腰くらいの高さの金属板で囲まれている。ギーベンヤールの手ぶりと口ぶりから察するに、囲いの中は床が低くなっていて、今いる位置からだと斜め上から見下ろす格好になるらしい。ドリーノは促されるまま、囲いの中を覗き込んだ。


 最初はそれがなんなのか、ドリーノにはわからなかった。あまりにも予想外すぎて、理解がついていかなかったのだ。だが数秒後、囲いの中のものの正体に気づいたとき、彼は大声で悲鳴を上げ、弾かれるように後方へ飛びずさり、尻もちをついた。


「うわああああっ!」


 恐怖で、全身からどっと汗が噴き出した。逃げようとするが、足に力が入らない。尻もちのまま、後ずさるしかない。


 囲いの中に見たのは、文字どおり怪物モンスターだった。雄牛ほどもある、巨大な犬の胴体だったのである。青黒い毛皮に覆われたは、大きな腹を規則的に波打たせながら、ときおり後足で床を引っかいていた。間違いなく、生きている。


 それだけではない。囲いの外に突きだしている頭は、三つ。三つの頭の六つの眼が、ドリーノを横目で睨みつけている。と思ったものは、本物の、生きている犬の頭だったのだ。


 火を噴く三つ首の犬。

 地獄の番犬と称され恐れられる怪物、ケルベロスだったのである。ドリーノが驚くのも無理はない。


 だがギーベンヤールは平然としている。ドリーノに手を貸して立たせた。


「大丈夫だドリーノ。さあ、落ち着いて、もう一度よく見てみな」

「バ、バカな。襲われないうちに早く逃げよう」

「本当に大丈夫なんだ。俺を信じて見てみろって」


 ドリーノはおそるおそるケルベロスに目をやった。ギーベンヤールがケルベロスの首を指さす。


「あれを見てみな。あいつは、好きで首を出してるんじゃねえ。首枷でがっちり固定されてるんだよ。頭が抜けないもんだから、怒って火を撒き散らしてるんだ」


 ギーベンヤールの指摘どおりだった。ケルベロスはときおり首を引っ込めようとするが、首枷はびくともしなかった。


「これで火の止め方もわかっただろ?」

「え?」

「ケルベロスだろうがなんだろうが、ああなっちゃ屠殺とさつ場の家畜と同じってことさ」


 ギーベンヤールは荷物袋から縄梯子なわばしごを取りだし、囲いの内側に垂らした。腰の手斧を軽く叩いてみせる。


「こっちは俺がやる。おまえはさっきの場所に戻って、桶が鉱石を降ろしやすい高さになる頃合いを見計らって、大声で合図してくれ。さあやろう」


 言うが早いか、囲いの中へと降りていった。






 ゆっくりと降りてくる金属桶を、ドリーノは慎重に眺めている。あと一メートルといったところで炎が止まり、桶の動きも止まった。次のひと吹きがちょうどいいタイミングだ。


 中断していた炎がふたたび吹きつけられる。桶が降りる。ドリーノは叫んだ。


「いいぞ! ギーベンヤール、やれ!」


 ドリーノの位置からは、囲いの中のドワーフは見えない。けれどドリーノの声に呼応して、振り上げた斧の先端が見えた。その斧が振り下ろされる。


 ケルベロスの頭部のひとつが、飛び出すように落ちた。ワインのコルクを抜くかのようだった。落ちた頭は地面で一度弾んでから、穴底へと落ちていった。頭があった場所からは、横倒しのワイン瓶から赤ワインが流れるように、赤黒い血が溢れだす。


 ふたたび斧が見え、振り下ろされた。二度目、三度目。


 三つの頭が穴底へと消えていき、炎は止まった。

 ミスリル鉱石を積んだ金属桶も、ぴったりの高さで止まった。

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