鉱山 4
坑道は、気味が悪いほど正確に、一直線だった。
ランタンが要らないって、どういうことだ?
そんなドリーノの疑問は、すぐに解消した。
坑道を三十メートルほど進み、外から差し込んでいた光が途絶えたあたりで、変化が現れた。
ゆるい下り坂だった床が平らになった。そうして、これまた気味が悪いほどの正確さで、直角に左へと曲がっていたのである。
角を曲がった瞬間に、ドリーノは驚いて息をのんだ。坑道が、ぼんやりと青白く照らされている。照明器具ではない。石壁と石天井自体が発光しているのである。
「こいつは魔法だぜ。何百年たっても消えない魔法の明かりが、石材に付与されてるんだ。これがずっと下まで続いてる。な、俺が言ったとおりだろ。こんな魔法、無名王国以外にありえねえよ」
ギーベンヤールが得意げに語った。
青白く光るトンネルを五十メートルほど進むと、また平らな場所があり、左に曲がっていた。そのつぎは五十メートルよりもう少し、七十メートルほど進むと、ふたたび左に曲がる。
つまりこの坑道は、四角形の
しかも、直線通路の長さがしだいに長くなっているということは、下りるにつれ、しだいに螺旋が広がっているということである。なぜこんな構造なのか、ドリーノはもちろん、ギーベンヤールにもわからなかった。
石造りの坑道、魔法の明かり、螺旋の通路。とにかく、なにもかもが
もう、螺旋を何十周しただろうか。あまりにも正確すぎる構造は、人を不安にさせる。ドリーノはしだいに、なんとなく不吉なものを感じ始めていた。
その気持ちを、もう少しで口にしようとしたときである。
「さあ、着いたぜ!」
ドワーフの興奮気味の声とともに、唐突に坑道が終わった。
坑道を抜けた先には、天然の洞窟が大広間のように広がっていた。
奥のほうまでは見渡せないが、かなりの広さと高さがある。ひんやりとしていた坑道と違い、やや蒸し暑い。
坑道のような魔法の明かりはない。そのかわり、広間の中央が赤く染まっていた。今度は、どうやら炎の光らしい。魔法の
なにより目をひくのは、その中央付近、赤く輝いている炎の真ん中から上空へと突きだしている、太い金属柱だった。高さ十メートルはあるだろう。そこから、なにか金属のきしむような音が聞こえてくる。あれがギーベンヤールの言う、『鉱山』の本体らしかった。
「さあ行こうぜ兄弟。ここからは、もっとすごいぞ」
坑道の出入り口から中央まで、石畳がまっすぐに敷かれている。ギーベンヤールに促されるまま、ドリーノは一歩を踏み出した。
進むにつれて、じょじょに明るさが増してくる。
まず見えてきたのは、石畳のすぐ脇に立つ醜怪な彫像だった。
高さは三メートルほどもある。右手に大斧、左手に魔術師の杖を持ち、筋骨隆々とした体格で仁王立ちしていた。
問題は頭部だ。ドラゴン、トロール、ゴブリン、スケルトン、毒蛇、毒サソリなど、さまざまなモンスターや恐怖と嫌悪を感じる生物の特徴を組み合わせたような顔をしているのである。左右非対称で、見方によって目が三つにも四つにも見える。鼻も口も耳もそうだ。本来こうあるべき、と感じるはずのものが、すべて歪み、ずれている。
そんな不気味な像が、
ギーベンヤールは平気な顔で像の足を軽く叩いてみせたが、ドリーノは近寄る気にはなれず、なるべく見ないようにしてさっさと通り過ぎた。坑道で感じた不吉な予感がよみがえってくる。
像を通り過ぎると、ついに鉱山の全貌があらわになった。
「なんだ、これ……すげえ」
ドリーノは思わず声を漏らした。初めて見る光景だった。
洞窟広間の中央には、穴が開いていた。遠目に見えた金属柱は、その穴の中に立てられていたのである。
金属柱の上端には滑車が取りつけられ、滑車には鎖が掛けられていた。鎖には金属製の巨大な桶のような入れ物がついていて、その中には、鈍く銀色に光る鉱石が満載されている。金属柱の地面すれすれのあたりは、球状にぷっくりと膨れていた。
穴のふち、ドリーノたちから遠い側には何かの設備が設置されている。そして、その設備から金属柱の膨らんだ部位に向けて水平に、すさまじい勢いで断続的に火炎が噴きかけられているのだ。
金属柱に炎が当たるたびに滑車が動き、桶が上へと上がっていく。やがて桶が金属柱の上端、滑車付近まで上がった。どうなるかと見ていると、次に炎が当たったとき、今度は桶は下降を始め、やがて穴の下へと見えなくなっていった。
「ドリーノ、見たか? すごいだろう?」
ギーベンヤールの声も、興奮に震えていた。
「すげえ。すげえよ。これ、なんなんだよ?」
「こいつはよ、簡単に言えば井戸だな。機械仕掛けで動く、どでかい井戸だ。水の代わりに、鉱石を運んでるんだ」
「どうやって?」
「魔法と技術の組み合わせだろう。魔法の理屈は俺にもわからんが、どう動くかは判るぜ。柱の根元の丸っこい場所に火が当たると、魔法が発動して滑車が動く仕組みなんだ。しかも、自動的に上下が切り替わる。すごい技術だぜ」
「なるほどなあ。だが、お宝はどこだよ? どんなすごい機械でも、こんなの持ち帰ることはできないぜ?」
「お宝は機械じゃねえ。あの鉱石さ」
ギーベンヤールは、上下を続ける桶を指さした。
「あの輝きは間違いねえ、ミスリル鉱石だ。最高級の鉱石だよ。あの桶一杯で大金持ちだ。しかも穴の底にはたぶん、大規模なミスリルの鉱床があるはずなんだ」
ギーベンヤールの顔は炎に照らされて赤く染まり、目は欲望にぎらついていた。
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