鉱山 3

 二人はまず、大森林のある東の方角へ向けて出発した。


 しばらく歩を進め、黒々とした森が見えてきたあたりで、頃合いは良しと北西の山地へ道を変える。用心深いギーベンヤールの策だった。


 ドリーノは道中、ずっとうわついていた。普段よりも口数が増え、しきりに冗談を言ったり、道端の石ころを子供がするようにわざと蹴飛ばしたりした。かつて山賊稼業の時に感じた、ゾクゾクする感覚が思い出される。高揚感を抑えきれない。そうだ、俺が求めていたのはこれだったんだ。そう確信した。


 そんなドリーノを、ギーベンヤールは止めようともしなかった。むしろ合いの手を入れ、期待感を膨らませようとしているかのようだ。


 町から離れた以上、誰の目も耳も気にする必要はない。徹底的に気分を乗せてやり、その気にさせる。それがギーベンヤールの人心掌握術だった。






 山地に入ると、風景が一変した。


 山地といっても、そう高くはない。ギーベンヤールによれば、いちばん高い峰でも千五百メートルほどだという。今回めざすのは、その六合目あたりだ。


 それにしても、寂しい禿げ山だった。地面は土がむき出しになり、大小さまざまな岩と砂の緩い斜面が続く。草はまばらで、ときおり葉が落ちて裸になった灌木かんぼくが、もの悲しげに立っている。動物も、鳥も見かけない。


 土質が違うんだ、ギーベンヤールはそんなことを言った。森林の付近とは違い、この山地の土質は植物の生育に適さないらしい。


 おそらくはこの数百年、ギーベンヤール以外は誰も足を踏み入れたことのない山地を、二人は歩いた。当然、道などない。ときには丘を登り、ときには谷間を進んだ。


 途中でひと晩野営して、二日目の夕刻である。先導するギーベンヤールが、ついに立ち止まった。


「さあ、着いたぜ。ここがお宝への入り口だ」


 そこは、山腹の急な斜面に面する、少し開けた場所だった。山腹を階段だとすれば、階段の踊り場のような地形だ。崖崩れがあったらしく、ごつごつとした岩が積み重なっている。ギーベンヤールは、その崩れた岩の隙間を指さしているのだった。


「この先に、坑道があるんだ。崩れた岩がになったおかげで、隠されていたんだろう。どっちみち、この山には誰も入り込まないから、なんてどうでもいいんだがな。ハハハ」


 二人は近くの低木にロバをつなぎ、ギーベンヤールの言う、お宝への入り口付近にテントを張った。明日、朝一番から探索をはじめようというのである。






 翌朝。

 ドリーノは興奮してあまり眠れなかったらしく、腫れぼったい目をしていた。だがもちろん、そんなことは何のさまたげにもなりはしない。


 朝食もそこそこに、二人は探索の準備を整えた。ランタン、ロープ、麻袋、小型のツルハシ、それに、いざというときのための武器。ギーベンヤールは腰に手斧をぶら下げ、ドリーノはベルトに短剣を帯びる。


 必要な物は、すべて揃っていた。いよいよだ。


「ようし。じゃあ行こうぜ、兄弟」


 ギーベンヤールの声を合図に、二人は人ひとりがやっと通れるほどの、狭い岩の隙間へと潜り込んでいった。






 窮屈きゅうくつな岩の隙間を十メートルほど進むと、はたしてギーベンヤールの言葉どおり、明らかに人工的なトンネルの入り口にたどり着いた。


 トンネルは、きわめて強固な作りだった。

 普通、坑道といえば、横穴を掘り、木製の支柱で補強して落盤を防ぐ程度がせいぜいだ。鉱夫の命は安い。いわば使い捨てだ。安全性にそれ以上の費用をかけることはめったにないのである。


 だがこのトンネルは、床も天井も横壁も、きっちりと石で組まれていた。完璧に同じ大きさに切りだした石材を積んで作られている。しかもそれらの石は、カミソリの刃一枚の隙間もないほど正確に組まれていた。天井はかなり高く、三メートル以上はある。しかも重量を分散するためだろう、アーチ構造だ。


「どうだ、すごいだろう?」


 あまりの見事さにあっけにとられた様子のドリーノに、ギーベンヤールが囁いた。


「聞いて驚くなよ。俺の推測だがな、ここはおそらく、無名王国の遺跡だ」


 『無名王国』の名を聞いて、ドリーノは驚きに目を見開いた。


「む、無名王国だって? まさか、本当かよ?」


「ああ。俺が、つまり鉱山やトンネルには全種族の中で最も詳しいドワーフ族が言うんだ。十中八九は間違いねえ。未発見の鉱山遺跡だと思う」


「す、すげえ」


 無名王国とは、今から千五百年前に突如として興った古代王国のことである。圧倒的に高度な魔法と技術で大陸全土を席巻したとされるが、九百年前に突如として消滅した。


 奇妙なことに、この無名王国は文字による記録をいっさい残さない文明だった。絵文字や象形文字のたぐいも含め、何ひとつ文献記録がない。正式な国名すら不明なので、一般に無名王国と呼ばれているのだ。


 そのため、どのような文明だったのか、詳しいことはほとんど解明されていない。各地に遺跡があるので、存在したこと自体は確実だ。それらの遺跡や遺物を調べる限り、異常なほどに高度な魔法と技術を持っていたことはわかっている。が、それ以外は謎に包まれているのである。


 邪神崇拝の宗教国家だったとする説がある。すでに絶滅した、未知の知的種族が作った国だとする説もある。いずれも、推測の域を出ない。


 他のどんな文明とも似ていない。長い歴史の中に突然変異のように現れ、大陸史に六百年の空白をもたらし、消えた国。

 ギーベンヤールは、この鉱山がその無名王国のものだと断言しているのだった。


 トンネルは、ゆるやかな下り坂となっている。ランタンを灯そうとするドリーノを、ギーベンヤールが制した。


「それは、要らないんだ。なに、すぐにわかるさ。さあ行こう」


 先に立つギーベンヤール、あとに続くドリーノ。

 二人はゆっくりと、地の底へ向かう坑道を下っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る