鉱山 2

 ギーベンヤールは店を臨時休業にして、再会を祝する晩餐に腕を振るった。


 メインディッシュは、地元産の分厚い鹿肉のステーキである。ジャガイモ、キノコ、それに代金を気にせず何杯でも飲めるエール酒。


 ドリーノにとって、金も人目も気にせず、こんなにたらふく飲み食いしたのは久しぶりだった。満腹という単純な幸福感に支配され、放蕩を尽くした山賊時代に懐かしさを感じた。


 食後のパイプをやりながら、二人は話した。


「それでドリーノ、おまえさん、あれからどうしてたんだ?」

「なんにもねえよ。からっぽの暮らしさ」

「おいおい。解散するとき、残った金は公平に分配したはずだぜ。大金持ちってわけにはいかねえが、生活を立て直すくらいの金額はあっただろう?」

「そんなの、酒とギャンブルで使っちまったよ。もう、すっからかんだ」


 ドリーノは自嘲気味に笑った。そうして、困ったような顔で自分を見るギーベンヤールを見た。


 ギーベンヤールの外見は、あの頃とあまり変わらなかった。顔のしわが少し深くなり、自慢の黒髭も多少つやが落ちたようには見えるが、その程度だ。


 ドワーフの寿命は二百年ほどだという。千年とも二千年ともいわれるエルフとは比べ物にならないが、それでも人間の三倍は生きる計算だ。十五年で若者から中年に変わってしまった自分とは、ずいぶん違っている。


 感傷的になったドリーノの心を見透かしたように、ギーベンヤールはいよいよ本題を切り出した。相手の心を甘い言葉で酔わせて操る、したたかな話術だった。


「うん、うん、まあ、生きてりゃあ、そういう時期もあるさ。だがなドリーノ、おまえさんは運がいいぞ。なにせ、もう一回、人生をやり直すチャンスが巡ってきたんだからな」


「手伝ってほしい仕事があるっていう、そのことかい?」


「そうだ。どでかい儲け話がある。昔みたいな山賊稼業より、何倍、何十倍もの大金が転がり込んでくるはずさ。しかも、あの頃は人数割りで八等分だの十等分だのしていたが、今回は俺とおまえ二人、きっちり山分けだ。死ぬまで遊んで暮らせるぜ」


 ドリーノは、エールに口をつけた。ごくりと喉が鳴り、動揺した両眼がせわしなく動く。すぐにも飛びつきたいが、自分の助力を高く売るために平静を装っている。そんな心理状態が態度で丸わかりだ。


「本当なのかい? こんな田舎に、そんなうまい話があるなんて信じられないが」


「こんな田舎だからこそ、だよ。町の北西に、山地があるだろう。あそこは聖域だとかで禁足地になっていて、町の人間は決して近寄ろうとしない。だから、今まで誰にも発見されなかったんだ。俺はそんな迷信に付き合う気はないから、こっそり探索して、すごいものを見つけたのさ」


「すごいもの?」


すっかり話に引きこまれてしまったドリーノが、興味津々で思わず身を乗り出した。ギーベンヤールは大仰おおぎょうに頷く。


「ああ。すごいぞ。言ってみりゃあ、あれは、そうだな、鉱山だ。鉱山の遺跡ってところだな。俺は三度ばかり下見をして、計画も立ててあるんだ。だがまあ、この話は今日はここまでだ。続きは、おいおいするとしようや。おまえさんはまず、何日か愛想よく町をぶらついて、気のいい酒場のおやじトラガドの旧友として、この町で『顔なじみ』になるんだ。町で見かけても、怪しまれない程度にな。もちろん、このことは町の人間には絶対に話すんじゃないぜ?」


「わかった。よし、そうするよ」


「やっぱり、持つべきものは信頼できる友だな。嬉しいぜ。そうと決まったら、今日からはここに泊まりな。さ、再開を祝してもう一度乾杯だ」


 ギーベンヤールは二人のカップに再び酒を注いだ。乾杯の声をあげると、ドリーノはカップを一気にあおり、喉を鳴らして安酒を勢いよく流し込んだ。


 一獲千金のスリル、刺激のある生活、裕福な暮らし。

 ドリーノの心は飽き飽きする現実から離れ、若かりし頃の、最も楽しかった時代へと舞い戻ってしまった。酒の力もあったのだろう。彼はもうすでに、なかば夢見心地だった。





 それから数日、ドリーノはギーベンヤールに連れられて、町のあちこちを歩きまわった。


 町を建設した開拓団の石像が並ぶ中央広場。

 由緒ありげではあるが、保存状態が悪く崩れかけた古い神殿遺跡。

 その昔、魔物の侵攻を防いだという防塁。


 町の名所巡りを装った行動である。とはいえ、どこもありきたりで、観光客を集められるような場所はひとつもなかった。


 町のそこここで、ギーベンヤールの知り合いに出くわした。これこそが、この観光まがいの主目的だ。会う人ごとにギーベンヤールはドリーノを紹介し、旧い友人だ、親友だ、彼の親父さんにはとても世話になったのだと吹聴した。

 ドリーノもそれに合わせて、笑顔であいさつし、握手を交わす。そして、ここは落ち着いた良い町だ、しばらく滞在しようと思っている、などと愛想よく語るのだった。





 そんなことを十日ほど続けた後である。


 いよいよ、ギーベンヤールは計画を実行することにした。もちろん、ドリーノにはいなやはない。慎重なのはギーベンヤールのほうであって、ドリーノは久しぶりの「どでかいヤマ」にうずうずしていたのだから。


 東の森で数日かけて狩猟を楽しむ、というのが名目だ。ギーベンヤールが用意周到に準備した探索道具類を、借りたロバの背に積む。防寒具を着こみ、狩猟用の弓を携えた二人を、いぶかしむ者は誰もいなかった。

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