鉱山

鉱山 1

 ドリーノが北国の町ラダンを訪れたのは、冬が間近に迫った季節のことだった。


 話には聞いてたが、北部州の冬は思った以上に早いじゃねえか。

 それが、いちばん痛切な感想だった。


 かつての仕事仲間から十五年ぶりに手紙を受け取ったのは、残暑のころである。

 手紙を届けに来たのは、小柄で、きまじめそうな修道士だった。街のあちこちでドリーノのことを尋ねて回り、ついにドリーノがほぼ毎日入り浸っていた酒場を探し当てたらしい。


 修道士は北部州のラダンから来たと言い、手紙を手渡した。酒はたしなむ程度にしたほうが美味しいですよ。そんなを言い残して、去っていった。


 差出人の名前はトラガドとある。心当たりはなかったが、ドリーノには昔の仲間だとすぐにわかった。封筒のおもて面、宛名の二文字目をわざと書き損じて三本の斜線で消し、書き直してあるのだ。これは昔の仲間内で決めた符牒ふちょうで、偽名で連絡を取り合うときに使う方法だった。事実、宛名はモーガン殿とある。ドリーノが十五年前から使っている仮の名だった。


 脳裏に、一人のドワーフの姿が浮かんだ。赤ら顔で、大柄で、いかにもドワーフらしく黒い髭をびっしりと生やしている。手紙の主はそいつで間違いなかった。昔の仲間で、死んだという噂を聞いていないのは彼だけだったからだ。


 仕事仲間などと、回りくどい言い方はやめよう。ドリーノは若いころ、とある山賊団のメンバーだったのである。

 常に十人前後の小人数を保ち、神出鬼没に西部州を荒らし回ったものだが、討伐が厳しくなって十五年前に解散した。ドワーフは、その山賊団の首領格だったのだ。当時は、ギーベンヤールと名乗っていた。


 手紙には簡単なあいさつに続いて、北部州の小さな田舎町で酒場をやっていること、新しく始める仕事を手伝ってほしいこと、街道が雪で閉ざされる前に会いに来てほしいことが書かれていた。


 文面から、やはりギーベンヤールだと確信した。手紙や書き付けには、具体的な内容は絶対に書かない。いつ、だれが盗み読むかもしれないから。あの頃から変わらない用心深さだった。


 ドリーノは、この誘いに飛びついた。どうせ、この先はジリ貧である。金も無い。山賊稼業で手っ取り早くあぶく銭を掴むことを覚えてしまった身には、いまさらコツコツまじめに働くなど、とても我慢できるものではなかった。


 あいつが仕事というからには、一獲千金のもうけ話に違いない。ドリーノにとっては、渡りに船の手紙だったのである。


 十五年間、住み慣れた東部州の町を出発したのは、初秋のとある一日だった。旅行日和のよく晴れた日だ。ラダンまで、徒歩で約一か月の旅である。


 道中は順調だった。だが、冬をめがけて北へと向かう旅路は、季節の移ろいを加速させる。


 出発するころにはまだ夏の空気が残っていたはずが、一か月で秋は過ぎ去ってしまった。そして北の町ラダンは身を切るような冷たい風の中、長い冬を迎えようとしていたのである。

 北部州の冬は早いもんだ。ドリーノがことさらそう感じたのは、そんな経緯があったからかもしれない。






 ラダンは、東部の大森林地帯と北西部の山地に挟まれた田舎町である。森と山、太古の昔に大自然が創造した両者の隙間に、他に行くあてのない数百人の人間がかろうじて間借りしている。そんな町だった。


 この町より北は、自給自足で暮らしている小集落がいくつか点在しているだけだ。まがりなりにも街道で結ばれ、交易や往来によってより文化的な他地域との接点を保っているという意味において、ラダンは「最北の町」なのだった。


 通りがかった女に尋ねると、酒場の場所はすぐにわかった。どうやら、ドワーフがやっている酒場は一軒しかないらしい。それどころか女の口ぶりから察すると、この町に住んでいるドワーフは、一人しかいないようだった。


 首筋に、冷たい風が吹きつけてくる。くたびれたマントの襟元をかき合わせ、ドリーノは教わった道を歩き出した。


 歩きながら、ふと思った。

 十五年ぶりのご対面、どんな顔すりゃあいい? 過去のことがあるから、周りの人間には怪しまれないようにしたいもんだ。大げさに喜んで見せるのはわざとらしいし、コソコソすると胡散臭いと思われるだろうな。


 とりとめもなく考えているうちに、店の前についてしまった。雑多な店が数軒並んでいるうちの一軒である。こじんまりとした木造の二階建てで、一階が酒場、二階が住居のようだ。『黒髭ドワーフ亭』と看板がかかっている。

 もともと、物事を綿密に計画するような性格ではないドリーノはさっさと考えることを止め、黒ずんだ木製のドアを開けた。


 店内は、パイプ煙草の匂いがきつかった。長テーブルが二つ置かれ、数人の客が雑談している。彼らの視線が一斉に、よそもの《ドリーノ》のほうに集まった。

 カウンター風の仕切りの向こうに、ずんぐりとしたドワーフの後ろ姿が見える。


 「はい、いらっしゃい。寒くなったねえ……」


 ドアの開閉の音に反応したドワーフが、慣れた口調で言い、振り向いた。ドリーノの姿を認めると、嬉しそうに叫んだ。


「モーガン! 来てくれたんだな! 久しぶりだなあ!」


 客の一人が尋ねた。


「おや、トラガドの知り合いかい?」

「ああ。古い友達なんだ。モーガンの親父さんにも、昔は世話になってねえ。いやあ、また会えて本当に嬉しいよ」


 場の空気が一気に和んだ。


 ギーベンヤールは実に懐かしそうに、愉快そうに話した。もちろん、ドリーノの父親など一面識もない。さすがの演技力だった。


「さあ座りな、モーガン。悪いが、ここじゃあ日暮れの鐘までは酒は出さないことにしてるんだ。あったかいコーヒーを用意するからな」


 ギーベンヤールは心底嬉しそうに、鼻歌まじりで準備を始めた。


 ドリーノはほっとした。

 もう、小難しいことを考えなくてもいいな。

 あとは、ギーベンヤールの話にうまいこと合わせてりゃいいんだ。


 計画や段取りはこのドワーフに任せて、指示通り動く。

 あの頃と同じだ。

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