第2話 司祭の回想 1

 ハロッド司祭は、昔を思い出すかのように、ゆっくりとした口調で語りはじめた。


「もう、今から二十年以上も前のことです。私と、私の幼なじみで親友だったセドル、セドルの舎弟分だったジェナンの三人は、故郷の村を離れて冒険者の道に入りました。私とセドルが十八歳、ジェナンが十六歳の時です」


「セドルは村のガキ大将といいますか、子供たちの中で親分肌の男でした。両親を相次いで病気で亡くして天涯孤独の身。いつか大きなことをしてやる、一攫千金、一旗揚げてやる、そう言うのが口癖でした。

 私のほうは州都の教会で二年間、神の道を学びました。簡単な癒しの魔法を習得して故郷の村の教会で助祭を務めることになったのですが、旧態依然とした閉鎖的な村の習慣や生活に、すぐに嫌気がさしてしまいました。なまじ都会で過ごした経験が、余計にそう感じさせたのかもしれません」


「そういうわけで、セドルから一緒に行かないかと誘われた時、私は一も二もなくその話に乗ったのです。セドルと一緒なら何とかなる、そう思わせるリーダー的な雰囲気が彼にはありました。ジェナンはセドルと似た境遇で彼を兄貴分として慕っており、兄貴が行くなら俺も当然、といったふうでした」


「村を出て、まずは私の暮らした経験のある州都へ向かいました。そこでしばらく過ごす間に、我々はリンジーという名の、ハーフエルフの女盗賊を四人目の仲間として迎えました。セドルが酒場で親しくなったといって連れてきた女性で、二年ほど別のパーティで冒険をこなしてきたが、リーダーが横暴だったので抜けてきた、今は一緒に組む仲間を探している。そんなことを言っていましたが、本当のところは判りません。名前も本名かどうか判りません。

 まあ、セドルのほうは、そんなことよりも、どうやらリンジーの容姿のほうに気持ちがいってたようですね。エルフの血を引いているだけあって、体つきはすらりとして、整った顔立ちでした」


 司祭は昔を懐かしむように話していたが、ふと我に返ったような表情に戻り、いったん言葉を切ってハーブ茶を一口すすった。


「すみません。思ったより前置きが長くなってしまいましたね」


 そう言うと、再び話を続けた。


「それから五年間、私たちの冒険者稼業はかなり順調でした。リンジーは、経験があるのは本当だったようで、田舎者の我々三人よりも交渉ごとや駆け引きがずっと上手でした。怪しげな儲け話を避け、堅実な依頼を選んで受けたため、私たちは少ない危険でそれなりの報酬を得ることが多くなりました。

 報酬はどんなときも必ず四等分、というのも彼女の提案でした。おそらく、金のことで揉めて分裂する冒険者を何度も見てきたのでしょう」


「さて、本題はここからです。村を飛び出して六年目のことでした。私たちは隊商の護衛任務の帰り道に立ち寄った村で、すばらしい情報を得ました。その村から少し離れた森の中に、手つかずの無名王国の遺跡があるというのです。あなたは吟遊詩人でいらっしゃるから、無名王国については当然よくご存じでしょうね?」


「無名王国! ええ、もちろんです!」


 私は大きく頷いた。突然、『無名王国』というキーワードを聞いたせいだろう。心なしか、自分の声が興奮してうわずっているように感じた。


 無名王国とは、この大陸の歴史の中でも最大の謎といわれている、失われた国家のことである。約千五百年前に勃興して急拡大し、大陸全土を支配したのだが、九百年前に突如として滅亡したという。


 無名王国時代のものと思われる遺跡は大陸各地でいくつか発見されている。武具などの遺物も少ないながら発見されている。気味が悪いほど精巧なそれらの造りから、極めて高度な技術を持っていたことは間違いない。


 だが奇妙なことに、碑文や古文書などの、文字による記録がまったく残されていない。正式な国名すら不明なので、俗に『無名王国』と呼ばれているのだ。文字や言語に替わる新しい意思疎通の方法を編み出したのだという学者もいるが、それも確かめようがない。

 前後の他の王国の記録から、邪神を崇める宗教国家だったらしい。わかっているのはそれだけ。大陸史に六百年間の空白期間があるのである。


 私のような歴史や伝説を扱うことが多い吟遊詩人にとっては、無名王国は最高級の題材といえた。


「ええ、当時の私たちも、今のあなたと同じように興奮しました。まさに千載一遇のチャンスが巡ってきたとね。遺物の一つも発見できれば大金持ちです。

 隊商護衛の依頼を終えると、私たちはすぐに準備を整えて、情報を聞いた村へと引き返しました。

 さっそく詳しい話を聞こうとしましたが、情報を売ってくれた男は小遣い稼ぎ程度のつもりだったようで、遺跡があるという以上のことは何も知りませんでした」


「他の村人にも尋ねてみましたが、詳しい話は聞けませんでした。たぶん、なにかしらの理由で、遺跡のことは村の禁忌になっていたのでしょう。私の故郷の村にもそういう事柄はいくつかあったので、なんとなく判ります。ああ、田舎の村なんてどこも似たようなもんだな、と思いましたね」


「もちろん、諦める気はありませんでした。私たちは、場所なら知っているという猟師の男に道案内を頼みました。猟師は、なにがあっても自分は絶対に遺跡には近寄らない、という条件でしぶしぶ承知してくれました」


 司祭は杖をついて立ち上がると、干してある私のマントに触れた。


「まだ半乾きですね。もうすこし火を強めましょう」


 司祭は薪を一本手にとり、かまどの火にくべる。パチリ、とはぜる音が小さく鳴った。

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