第16話 鈴音(リンネ)⑦

 村長の邸宅を後にしたテンは、先程泣き崩れていたリンネの元へ向かった。スイカが付いているので滅多な事にはなっていないとは思うが、村長の言葉を伝えにいくのは流石のテンも気が滅入る思いだった。父親の死を現実のものとして突き付けられた直後に、実質村から見捨てられた事を伝えなければならないのだ。それも、僅か十四の娘に。

 

「あら~、村長と話はついたのかしらぁ~?」


 膝を抱えてふさぎ込んでいるリンネに寄り添うように、慰めるでもなく、励ますでもなく、ただ並んで座っていたスイカがテンの姿に気付いて声を掛けてきた。


「どうだ? 落ち着いたのか?」

「そうねぇ~。こんな時は泣き疲れるまで泣かせてあげたらいいのよぉ~」

「……つまりお前は、何もしてねえって事だな?」

「あらぁ、イヤねぇ~。ちゃんとこうして寄り添ってたじゃなぁい?」


 要するに、ただ座ってただけじゃねえか。テンはそんな言葉を飲み込み、リンネの正面にしゃがみこんだ。


「……さっきは、ごめん」


 すると、リンネが俯いたまま謝罪の言葉を口にした。テンはそんな彼女の頭を優しく撫でる。


「理不尽な目に遭えば、誰だって八つ当たりの一つもしたくなるってモンだ。俺も、ガキん時、村が賊に襲われてよ。俺以外全員殺された。俺も危機一髪のトコだったんだが、偶然通りかかったおっさんに助けられてよ」


 テンが自分の身の上話をするのは珍しい。スイカも初めて聞く話なのだろう。驚きに目を見開いている。そしてリンネも、目の前の男の凄惨な過去を聞かされ顔をあげてテンを見つめた。


「そのおっさん、メチャクチャ強くてな。何十人もいた賊をたった一人でぶっ殺したんだよ。で、俺は思ったね。そんなに強えんなら、なんでもっと早く来てくれなかったんだってよ。だがな、それをおっさんに言っても、おっさんにとっては理不尽な話だ」


 その言葉を聞いたリンネは、再び膝に顔を埋めた。取り乱したとは言え、なんて酷い事を言ってしまったのか。

 テンはリンネの頭から手を離し、自分の頭をボリボリと掻いた。この男の癖なのだろう。言い辛い事がある時、都合の悪い時、ボサボサの赤髪を更に乱す。


「あー、それでだ。お前の身柄は俺が預かる事になった」


 それを聞いたリンネが再び顔を上げる。


「……ボク、報酬のカタに買われるの?」


 テンはぐりんと首を回してスイカを見た。


「てめえ……つまんねえ事吹き込んだんじゃねえだろうな?」

「ちっ、ちちち違うわよぉ~、ただ、アンタの報酬は一生働いても返せない額だって言っただけでぇ~」


 テンに睨まれたスイカは、脂汗を流して弁解している。テンははぁ、とため息をひとつついてリンネに向き直って言った。


「報酬ならもう貰っている……と言うか、今回の事は、俺の勘違いでお前にしちまった事の謝罪代わりだよ、ボクッ娘」

「勘違い?」

「そうだ。だから報酬は必要ない。だが、お前をこのままこの村には置いていけない。ここの大人達はお前を守ろうとはしなかった」

「?」


 リンネとしても、村長が自分を守る気がないのはスイカと村長のやり取りを見て感じていた。分からないのはテンの言う『勘違い』の事だ。その意味が今一つ分かっていないリンネは、コテンと首を傾げる。そしてスイカの方へ視線を移すも、スイカは気まずそうに目を逸らすのみ。


(素直に手助けしたくなったって言えばいいのぃ~)


 内心そう思うスイカだったが、ここで余計な事をいう訳にいかない。この女、とある事情からテンに逆らえないからだ。


「まあ、そういう訳だ。ボクッ娘はさっさと旅支度をしろ。明朝出立できるようにな。俺はその辺で昼寝してっからよ」


 そう言ってテンは近くの日陰にごろりと横になった。時刻はもう夕方と言っていい時間帯なのに、昼寝もないだろうとリンネは思ったが、スイカに促されて支度の為に家に戻った。

 そしてリンネを送り出したスイカが、テンの傍らに横座りになる。


「珍しいわね。アンタが自分の身の上話をするなんて」


 いつもの間延びした口調ではない、真剣だが、ほんの少しの嫉妬が織り交ぜられた言葉。


「……人間ってのは、自分より不幸なヤツがいると幸せな気分になるんだろ?」


 自分の腕を枕にしながら、スイカに背を向けたままテンが返す。その横着な態度に苦笑しながらスイカが言った。


「それは極端すぎる意見だと思うけど……確かに自分以下の存在があると、いい気分になれるのは否定できないわね」

「まあ、いいじゃねえか。俺の過去を聞いて、少しでもあいつが救われるんならよ」

「ふぅん? それなら、リンネちゃんに私の身の上話を聞かせてもいいかしら? 特に私を救ってくれた赤髪の勇者のお話とか」

「ぐー、ぐー……!? ぐー……」

「ふふっ」


 狸寝入りを決め込んだテンの赤髪をそっと撫でるスイカ。不意の感触にビクッと反応してしまうテンの様子に、密かに『ご馳走様』と思うスイカだった。


「……アイツを『ノン』の店まで連れて行ってやってくれ。ノンなら事情を察してくれるだろ。今はナナシって娘もいる。ボクッ娘とは歳も近い」


 しばらく髪を撫でていたスイカに、テンが不意に言葉をかけた。


「まぁ、アンタの頼みなら何でもするわよ?」

「今回で、お前への貸しはチャラでいい」

「……そう。私としては、もっとアンタに縛られたままでもいいのだけれど」

「ぐー、ぐー」


 分かってはいた。この男を縛る事など出来ない事を。それでも、込み上げる寂しさという感情を打ち消す事など出来ないスイカだった。


***


 やがて、支度の終わったリンネが二人を呼びに来た。


「なあ、なんにもないけど今夜はウチに泊まってってくれよ! さっき、父ちゃんの墓も作ってきたんだ。だからさ、その……一人で過ごすのはイヤだって言うか……」


 やや頬を染めながら、もじもじと言い淀むリンネに、スイカが助け舟を出す。


「……だそうよぉ~? アンタもお世話になりましょうよぉ~? 一緒の寝床でもいいわよぉ~?」

「分かった。一晩世話になる。寝床は別にしてくれ」

「ちっ……」


 スイカとテンのやりとりに顔を真っ赤にしながらも、リンネの顔には久しぶりの笑顔が戻った。


 翌朝、三人は連れ立って村長の屋敷を訪れていた。


「それじゃあ、村長。元気でね」

「う、うむ。お前もな」


 そんなリンネの挨拶にも、後ろめたさから視線を合わせる事すら出来ない村長。


 それだけ言うと、もはやここには用はないとばかりに踵を返すリンネと、合わせて退出しようとするテンとスイカだったが、テンは思い出したとばかりに村長に向かって振り返った。


「そう言えば言い忘れてたが、魔獣はアレ一匹じゃなかったから」


 その一言に、村長は血相を変えて怒鳴った。


「なんじゃと! 契約は――」

「俺はあんたらとは契約してないんだよな? ま、精々生き延びてくれ」


 村長に最後まで言わせず、必殺の捨て台詞を残してテン達は村を出た。

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