第15話 鈴音(リンネ)⑥

 スイカとリンネは、村の出入り口から山の方向を見据えていた。そして視線を山に向けたまま、スイカが呟く。


「まぁ~、アイツが請け負ったからには、この村が襲われる事は万に一つもないでしょうけどねぇ~」


(でも、アイツが私に依頼したのはぁ~、むしろアフターケアの為でしょうねぇ~)


 スイカはそう考えていた。テンが動いたからには魔獣の事は心配はいらない。それよりも、このリンネという娘に辛い現実が待ち構えている。その為に自分が呼ばれたのだと。

 どうせなら、テンが自分でケアしてやればいいのだ。あの男はそれだけの器と優しさを持っている。しかし、生来の目つきの悪さと不愛想さ。それゆえに彼は人付き合いが上手くないため、コミュニケーションという面で非常に自己評価が低い。

 そんな事を考えながら、テンが向かった山をを見つめるスイカに、リンネが心配そうに尋ねた。


「なあ、スイカさん。アイツに支払う報酬ってどれくらいなんだ?」


 知らぬ事とはいえ、とんでもない大物に仕事を依頼する形になってしまった。まだ十四歳の少女が支払える額なのか。そんなリンネに視線を移し、顎に人差し指を当てながら、小首を傾げてスイカが答える。


「さぁ~?」

「いや、さぁ~って……」

「……分からないのよぉ~。そもそも、報酬なんてアイツが決める事だしぃ~。でも、運が良ければぁ、ちょっと恥ずかしい思いをするくらいで済むかもぉ~」

「はず!?」


 いや、全ては聞くまい。リンネは色々と察した。十四にもなれば、それなりに知識もある。自分の身一つで解決するならば、と悲壮な決意をする。

 それを見ていたスイカは、リンネにバレないように悪戯っぽい笑みを浮かべる。


(まあ、テンが動いているって事はぁ~、このコも既に被害に遭ってるんでしょうねぇ~)


 スイカも、テンの勘違いから始まるいつもの事・・・・・だろうと、然程心配はしていない様子だった。

 噂でしかテンを知らない者は、非情で恐ろしい男だという印象を持っている。しかし馴染みの者は正反対の評価を下す。酒場の女将のノンや、このスイカがそうだ。


「あんな目つきだしぃ~、不愛想だから心配になるのも分かるけどぉ~、アイツに任せておけば悪いようにはならないかしらぁ~?」


 あくまでもお気楽な態度を崩さないスイカの様子に、リンネも毒気を抜かれてしまう。小一時間程経った頃には、ま、なるようにしかならないか、などと随分前向きになっていた。

 そしてさらに一時間程。


「よう、ボクッ娘。戻ったぞ。スイカもご苦労だったな?」


 ただ一人、テンだけが帰還した。


「な、なあ……一人だけってどういう事だよ?」


 父親を捜しに行ったはずのテンがたった一人で戻ってきた。それがどういう事か。頭では分かっていても、感情が認めない。リンネが叫ぶ。


「なんで一人で戻って来たんだよ! ちゃんと探したのかよ! 父ちゃんはどうしたんだよ! もっと探してこいよ!」


 テンは、リンネの感情の爆発を正面から受け止める。そして険しい表情で彼女へ歩み寄った。その表情に、リンネは我に返り、ビクリと身体を硬直させた。

 リンネとて分かっていた。テンは危険な山に、命を懸けて踏み込んでくれたのだ。自らの父親を捜すため。そして魔獣と戦うため。それなのに、自分の今の言葉はありえない。まず述べるべきは、感謝の言葉ではなかったか。

 そんなリンネの前でテンが立ち止まった。そして、左手から鹿の角で拵えた弓を取り出しリンネに手渡した。


「親父さんので間違いないか?」


 受け取ったリンネは崩れ落ちた。そして父の形見の弓を胸に抱き、嗚咽する。やがてそれは号泣となり、村に響き渡った。


「村長のところへ行ってくる。あとは頼む」

「はぁ~い。了解よぉ~。これでまたいくらか返済した事になるかしらぁ~?」


 スイカにリンネを任せ、彼女の問いには答えずにその場を立ち去るテン。それを見送るスイカは独り言ちた。


「返済の代わりに貰ってくれたらいいのにぃ~」


***


 テンは村長と対面していた。山中での出来事を、虚実織り交ぜて・・・・・・・報告している。

 リンネの父親と仲間の猟師は発見できなかった事。遺体は発見できなかったが遺品は持ち帰った事。犯人と思われる魔獣は始末した事。

 ただし、銀狼の魔獣が率いていた残りの群れは、縄張りを移す事を条件に見逃した事は伏せている。

 それを報告したところで、何故逃がしたかと非難されるか、この先も不安に怯えて生きていくかのどちらかだろう。双方にメリットがない。更に言えば、テンが動いたのはリンネの為であり、村そのものには感心がない。クライアントではないのだから。


「こいつが魔獣だ。それから遺品だな」


 上下に分かたれた狼の魔獣の遺体。そして猟師が身に着けていた毛皮や装備品。それを左手の八卦図から次々と取り出していく。

 山に魔獣がいて、それを確かに討伐してきた証を提示された村長は視線を泳がせる。


「その、なんじゃ……村としてはお主と何一つ契約は結んどらん。じゃから、報酬の方はリンネのヤツから受け取るがよかろう」


 テンと目を合わせず、汗を滴らせながら話す村長に、テンは自分の心がささくれ立っていくのを感じた。元より、村に報酬を要求するつもりなどなかったが、村を救われておきながら、全てを十四歳の少女に責任を転嫁し、守ろうともしないその態度に殺意さえ覚えた。


(あのボクッ娘、こんな村にゃ置いていけねえな……)


 そう考えたテンは、少しばかりの殺気を込めながら村長に言った。静かに、しかし村長が腹の底から震え上がるような声色で。


「ならば報酬代わりにあの娘は貰い受ける」


 そう言ってテンは村長の邸宅を後にした。

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