第14話 鈴音(リンネ)⑤
「村長! 今の遠吠えって!?」
山の方向から聞こえてきた、魂の奥底に眠る恐怖を無理矢理引っ張り出されるような咆哮。それを聞いたリンネが、村長の家の中から飛び出して来た。
「あらぁ~、あなたがリンネちゃん~? かわいいわねぇ~。お姉さん、ぎゅってしちゃう~」
「モガッ!?」
出てきたリンネの容姿が琴線に触れたのか、スイカはいきなりリンネの頭を抱え込むようにして抱きしめた。
「いきなり何すんだ! って、あんた誰だよ!?」
どうにかこうにか、スイカの豊かな胸から脱出することに成功したリンネがスイカに食ってかかる。
「あらぁ、ごめんなさいねぇ。私は『掃除屋』からあなたを守るよう頼まれてここに来たのよぉ~。ホントはもっと遠くの街まで旅する予定だったのだけれどぉ、アイツの頼みは断れないものぉ~」
スイカは猫目を爛爛と輝かせ、両手をワキワキさせながらリンネをロックオンしている。
「掃除屋……だって?」
「そうなのぉ~。もしも逸れた魔獣がこの村に来たら大変でしょう~? だから私が来たのよぉ~」
スイカの視線と手の動きに、背中が寒くなったような気がしているリンネに、彼女は相変わらずの間伸びした口調で答えた。しかし、そこに村長が割って入る。
「先程の咆哮を聞けば、魔獣がいるというのは本当なのじゃろう。じゃが、お主一人でどうにかなるのか?」
いかに裏の世界で名が知れた『掃除屋』の口利きとは言え、所詮は女一人。魔獣相手に戦力として期待できるのかと、村長は訝しんだ。
それに対してスイカの方は、バサッとマントの前を広げると、左右に佩いていた一対の剣を抜いて見せた。油が滴り落ちそうな光沢と、波型の波紋。テンが使っているカタナと同系統のものだが、刃渡りは五十センチに満たない。それをブンブンと振り回してみせたスイカはにっこりとほほ笑んで言った。
「どうかしらぁ~?」
「いや、どうって言われても……」
「そうじゃのぉ。得物自体は珍しいが、双剣使いならそれなりにおるじゃろう?」
得意満面のスイカに対し、リンネも村長もどこか微妙な表情だ。確かに双剣使いはそれなりにいるし、また、双剣使いが特別強いという証にはならないのだ。リンネと村長の反応も仕方ないと言えよう。
しかし、スイカの方も、そういった反応が来るのは織り込み済みのようだ。
「ノンノンノン。これは小太刀っていうのぉ。小太刀二刀流って言ってねぇ~、双剣使いとは別物なのよぉ」
スイカは小太刀二刀を鞘にしまい、人差し指をフリフリしながらそう答えた。しかし、それでも二人の疑わしい視線は変わらない。所詮、短剣が小太刀に変わったくらいの認識しかないのだから無理もないが。
「ん、もう、しょうがないわねぇ~。ほら、村長さん、これ持ってみてぇ~?」
スイカが左の腰に佩いていた小太刀を鞘ごと手渡すと、村長は反射的に、何気なくそれを受け取った。
「ぬおっ!?」
受け取った瞬間、村長の右腕はガクンと地面へと引っ張られた。片手では無理と判断した村長は、両手で何とか持ちこたえているが、力んでいる顔は赤くなってきている。
「村長!?」
「お、重いィ! こ、腰に来るゥゥゥ!」
突然体勢を崩した村長を見たリンネが駆け寄る。そして村長が絞り出した言葉。
「うふふ~。それ、一本で三十キロくらいあるのよ~。見た目に惑わされちゃダメよぉ~?」
スイカはそう言いながら、ひょい、と村長から小太刀を取り上げた。まるでその重さなど感じさせないように。
――!!
その時、リンネと村長の表情は驚愕に固まってしまった。
三十キロという重さは、大の大人であれば持つくらいなら問題ないだろう。女子供や老人では気合を必要とする重量だ。そう言えば、さっきもこの女は、この超重量の小太刀を小枝のように振り回してはいなかったか。
リンネも村長も剣の良しあしなど分からないが、このスイカという女が途轍もなくハイスペックな身体能力を持っている事は理解した。
「先程は疑って済まんかった」
スイカが只者ではない事を理解した村長は、ペコリと頭を下げて謝罪する。
「うふふふ~。分かってくれればいいのよぉ。それより、大丈夫かしらぁ? アイツに支払う報酬」
「……報酬? 儂らは何も依頼なぞしとらんぞ?」
村長とて噂くらいは聞いている。『掃除屋のテン』が要求する法外な報酬の額。今回は村一つ救おうというのだ。一体どれだけの額をせびられるのか分かったものではない。だがその一方で、村としては何一つ依頼をしていないのもまた事実である。
果たして、テンの善意からやった奉仕活動だろうという理屈が通るかどうか。村長はそこに賭けるつもりなのだろう。元より貧乏な村だ。要求額をポンと出せるあてもない。
「あ~、ごめん。ボクがアイツに頼んじゃったんだ……」
「リンネ! お前! なんちゅう事を……」
今までの話で、かなりヤバい流れになっているのを察したリンネが、しょんぼりとしている。
「でも! アイツに頼んだのはボクだから! ボクが一生かけてでも返すから!」
そんなリンネの覚悟を決めた言葉を聞いた村長は、明らかに安堵したような表情で言った。
「そ、そういう事じゃ。我が村は『掃除屋』については一切関知しとらん!」
「へえ~、そうなんだぁ~? じゃあ私が守るのはこのリンネちゃん一人でいいって事よねぇ~?」
「な、なんじゃと?」
一連の村長の言動に、スイカも呆れの色をありありと滲ませながら言った。
「だってぇ、村はテンと契約しないんでしょぉ~?」
「そ、それはそうじゃが!」
――ぶちん!
リンネも村長も、何かが切れる音が聞こえたように錯覚した。
「ったくよぉ……こんなお嬢ちゃんが身体を張って、それに自分の未来も捨てて村を救おうってのに、村長はテメエの身可愛さに、リンネに全部押し付けようってかぁ? そんなクソは死んじまえ」
怒りのあまり、雰囲気も口調も豹変したスイカを前に、村長は腰を抜かし、リンネは呆気にとられて動けずにいた。そしてスイカは二刀を抜き放ち、村長へと近付いていく。しかしそこへ割って入るものがいた。
「ウーッ」
マロ眉の仔犬が村長を守るように、唸り声を上げながら立ちはだかる。その仔犬の前まで行ったスイカは、しゃがみこんで仔犬の頭に手を置き言った。
「分かってるわよぉ~。アイツが守ろうとしたものを私が壊すわけないじゃなぁ~い?」
「わふ?」
スイカからは既に殺気は消え去り、先程までののんびり口調に戻っている。しかし、仔犬の方はまだ疑わしそうだ。
「本当だってばぁ~。ちょっと情けない大人を脅かしただけよぉ~?」
そんなスイカと仔犬のやり取りを見ていたリンネは、堪えきれずといった感じで話し掛ける。
「なあ、その仔犬、なんなんだよ?」
「ああ~、この子はねぇ~、アイツの『式』なのよぅ~」
まさかこの犬までもがあの紙で出来ていようとは。村長もリンネも絶句した。
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