第13話 鈴音(リンネ)④

 銀狼の魔獣がどこまで理解しているかは定かではないし、そもそも人語を解してしるかどうかもテンには分からなかったが、それでもテンは銀狼の魔獣へ説明した。何故なら彼の(彼女の?)視線が、何故自分の仲間達が倒れたのか? そう問いかけているように見えたからである。

 今回、テンは珍しく正解を叩き出したようで、銀狼の魔獣の方も分かったような分からないような感じではあるが、一応頷いていた。


グルルルルルよくも仲間をやってくれたな……」


 思いも寄らぬテンの反応に虚を突かれた銀狼の魔獣だったが、仲間を倒された事実を目の前にして、再び沸々と怒りの感情が込みあがってきたらしい。

 短刀を手にしたかいなには力が漲り、充血した瞳は殺気を放出しながらテンを見据える。


「ん? どうせならもっと小さくて可愛いのがいいんだがなぁ……」


 その視線を受けたテンは、バリバリと頭を掻きながらいかにも不本意そうな表情をした。

 銀狼の魔獣の目には、テンが揺らいだように見えた。そして瞬きする間の一瞬。テンの姿は視界から消える。直後、銀狼の魔獣は背中にぞわりと寒いものを感じた。


わ、わふんな、なにを!?」

「何ってお前、尻尾をモフッて欲しそうな目でこっちを見てたろ?」


 一瞬で銀狼の魔獣の背後を取ったテンは、そのフサフサした尻尾を両手でこれでもかともふもふしていた。


「……こりゃあ、想像以上にモフり甲斐があるな!」


 絹糸のように滑らかで、且つ羊毛のように柔らかい。いつまでも触っていたくなるような極上の感触に、テンは思わず感嘆の言葉を漏らした。

 そして一向に手を休める気配がない。手櫛ですいたり握ったり、撫でたり握ったり握ったり。揉んだり握ったり握ったり。


「あ、あおん……」


 尻尾が意外な急所だったのか。銀狼の魔獣は情けない声で一声鳴くと、四つん這いにになって脱力してしまった。そして後ろのテンに向かって恨みがましい視線を向ける。


「ああん? なんだその目は。もっとやって欲しいってか?」


 再びテンは銀狼の魔獣の視線に込められた意味を読む。


わひっなんでっ!?」


 抗議の視線を都合よく勘違いしたテンは、その後二時間程、尻尾をモフり続けた。そしてついに、銀狼の魔獣はテンに腹を見せる。


「ん? 今度は腹をモフッて欲しいのか?」


 そんなテンの無情な言葉に、銀狼の魔獣は涙目で首をフルフルと振った。


わふわふ俺の負けだわおんもう勘弁してくれ

「仕方ねえなあ。もう少しだけだぞ?」

「キャイン!」


 面倒くさそうに頭を掻きながら、その後さらに、一時間あまりモフモフを堪能したテンだった。


「なんだ? 大丈夫か、おい?」


 一頻りモフッたあと、テンは白目を剥いてピクピクしている銀狼の魔獣を見て怪訝な顔をした。そして悩んだ。目の前で昇天している様子のこの魔獣をどうすべきかと。

 どんな理由があるのかは分からないが、この狼の魔獣の群れが人里近くに縄張りを張ったとなると完全にテリトリーが被ってしまう。猟師が魔獣達に殺されてしまった事に関しては不幸な事故だが、魔獣達にも言い分はあるだろう。

 この山を争って魔獣と人間の抗争が勃発するか、共存するか。若しくはどちらかが立ち退くか。


「なあ、お前はどうすりゃいいと思う?」


 そんなテンの問い掛けに、目に力が戻った銀狼の魔獣の魔獣はスッと立ち上がり、テンの目を見据えて一声吠えた。

 そして、辺りに響き渡るその咆哮は、テンに倒されていた他の魔獣達を立ち上がらせた。その様子を見たテンがカタナの柄に手をやるが、銀狼の魔獣はそれを手で制した。そして静かに言葉を紡ぐ。


「|わうわう、わおおん、わふん。わんわん、おふっ、おんおんおん《人間は恐ろしい。俺は群れを連れてこの山を立ち去る》」

「そうか。でもいいのか? 俺はお前らの仲間を殺したが」

うぉーん、わんわんそれはお互い様だ


 不思議と二人の間に会話が成立していた。そして銀狼の魔獣がテンに背を向け去っていくと、群れの魔獣達もそれに従って去っていった。


「もう人里近くに来るんじゃねえぞ?」


 魔獣達を見送ったテンは、そっとそう呟いた。そして群れの姿が見えなくなると、自らが切り捨てた一体を左手で消し去った。


***


 テンが銀狼の魔獣を手玉に取っている頃、リンネがいる村へ、旅装束の一人の女が辿り着いた。女の歩調に合わせるように、黒い毛色で白いマロ眉の仔犬が連れ添っている。


「さて、リンネちゃんだったかしらぁ~? あなた、案内できるぅ?」

「アン!」


 女が足元の仔犬に声をかけると、仔犬は『まかせろ!』と言わんばかりに先導しはじめた。

 後を付いていくと、村の中にあって一際立派な屋敷の前に着いた。立派と言っても、あくまでも小さな村の中では、というレベルであり、決して豪邸と呼べるようなものではないが。

 恐らく、村長か、或いはそれに準ずる重要な立場の人物の家だろうという事は察しがついているが、女は物怖じする風でもなく玄関に向かって声をかけた。


「こんにちはぁ~。ここにリンネちゃんってコはいるかしらぁ~?」


 緊張感のない、間延びした口調のままだが、妙によく通る声である。折しも、村は現在厳戒態勢だ。

 そんなピリピリとした雰囲気の中、女ののんびりした口調は神経を逆撫でしたのか、家の中から出て来たのは不機嫌さを隠そうともしない老人だった。


「なんじゃお主は? 儂はこの村の村長じゃ。今は忙しい。それとリンネならここにおるが、面倒事なら後にしてくれ」


 村長と名乗った老人は、苛立ちをそのまま言葉に乗せる。それを聞いた女は、マントのフードを脱ぎ、その顔を露出させた。

 藍色の長い髪をポニーテールに結い、円らな瞳は猫を思わせる。やや口角が吊り上がっているのはそれがデフォルトなのか、本人は笑っているつもりはない。しかし、そのおかげで常に微笑を浮かべているような表情になっている。何とも、不思議な魅力を持つ女だった。


「あら~、ごめんなさいねぇ~。でもこれは『掃除屋』の依頼なのよぅ~。その、リンネってコを守れってねぇ~? あ、あたしはスイカ。あ、西瓜とか、酸っぱいイカじゃないわよ~?」

「む……? 掃除屋の依頼じゃと?」

「粋な華と書いて『粋華』なのぉ~。間違えたら殺しちゃうぞぉ~?」


 村長が知りたい事には答えずに、自分の名前を説明するスイカ。過去に、余程イヤな思い出でもあったのかと、村長は想像したが、今はそれどころではない。


「スイカさんとやら。お主、今『掃除屋』の依頼と言っておったが?」

「ああ~、それそれ~。実はねぇ――っ!?」


 スイカが事情を話そうとしたその時、魔獣の咆哮が響き渡った。


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