2章 鈴音(リンネ)

第8話 少年

「な、なんでだよ……なんでこんな事すんだよォッ!!」

「うるせえよ、ガキが」

「がはっ!?」


 まだ十歳にも満たぬ赤髪の少年の周囲を、武装した大人達が囲んでいる。

 皆荒々しい雰囲気を纏った、一目で賊の類と分かる風貌の者達だ。

 少年を囲む男達のさらに周囲には、夥しい数の屍が転がっている。皆、背中から斬られているところを見ると、逃げようとしていたところを背後から襲われたのだろう。

 そして、少年の背後には一組の男女の遺体が重なっている。少年の両親のものか。

 少年は、果敢にも賊の首領と思われる男に立ち向かった。しかし、あっけなく蹴り飛ばされてしまう。


「へへへへっ、どうしたぁ? もう終わりかぁ?」

「そんなんじゃパパとママの仇は討てねえなぁ?」


 その光景をニタニタと笑いながら囃し立てる賊の男達。


「おまえら、いっぱい奪ったじゃねえか! もういいじゃねえか! なんで殺すんだよぉ!」


 少年は、そう叫びながら再び首領へと向かっていく。首領は鞘ごと剣を突き出した。

 少年は鞘の先端をまともに鳩尾に受け、息を詰まらせる。


「奪ったら、取り返しに来るかもしれねえだろが? だったら、全員ぶっ殺しちまえば、俺達も安心ってこったな」


 そう言いながら首領の男は冷たい視線で一瞥し、再び少年を蹴り飛ばした。


「ぐえぇぇ……ちくしょう、ちくしょう……俺がもっと強ければ! 俺にもっと力があれば!」


 賊が火をかけたのだろう。村は業火に包まれていく。自分以外に生きている者はいない。大事な物、大切な者は全て奪われた。

 傷だらけの少年の身体はすでに限界に近付いている。それでも彼は憎悪の籠った視線を首領に向ける事は止めない。


「……ちっ。ムカつく目ェしてやがる。そろそろてめぇも死ね」


 首領はスラリと剣を抜いた。


「おら、親父とお袋んトコに送ってやる。感謝しとけよ? ガキ」


 剣を振り上げた首領の言葉に、少年は目を瞑り、身体を強張らせた。


「ちくしょう……父ちゃん、母ちゃん……」


 少年の固く閉じられた瞼の隙間から止めどなく溢れ出る涙は、悔しさによるものか、はたまた情けなさからか。


「おら、念仏は唱え終わった――かッ!?」


 身を固くして、死を待つばかりの少年。しかし、いくら待っても自分の身に刃が振り下ろされる事はなかった。

 少年は不審に思い、そっと瞼を開く。


「……え?」


 そんな彼の視界に広がっていたのは、群がる賊をたった一人で蹂躙する一人の剣士の姿。

 その剣士は、ボサボサの灰色の長髪を後ろで一本に縛り、カタナという、大昔にこの国で使われていた反りのある片刃の剣を自在に操り、次々と賊を斬り捨てていく。

 どうやっているのか、逃げ出して距離の離れた賊でさえも、その場から動かずに剣を振るうだけで倒していた。


「すげえ……」


 目の前で起きている全く現実感のない光景を、少年はただ呆然と見ていた。今日ここで起こった事が、全て夢なのではないだろうか。そんな感覚に支配されそうになる。

 しかし、夢ではなく現実に起こった事だ。それを突き付けるかのように、灰色の髪の剣士は少年の方へ歩み寄ってきた。既に賊は誰一人として息をしている者はいない。


「よお、ボウズ。生きてるか?」


 歳は四十がらみ、顔は浅黒く焼けており、無精ひげが伸びている。お世辞にも美男子とは言えない部類の顔だが、野性味に溢れた顔立ちに少年のような輝きを失っていない瞳。それがニカッと笑いながら語りかけてくる。なんとも人好きのするいい表情だった。


「あ、うん。俺は大丈夫だけど……村のみんなが……父ちゃんと母ちゃんが……」


 少年は改めて周囲の惨状を見渡し、表情に陰を落とした。しかし、顔を伏せたのは一瞬。


「おじさん! 俺、強くなりたい! どうしたらおじさんみたいに強くなれる?」


 少年は、強い意思を込めた瞳で剣士を見つめる。しかし剣士の男は、少年の言葉に表情を厳しくした。


「……ボウズ。強くなってどうする? お前の村の連中の仇なら俺が全員ぶっ殺した。お前が強くなったとして、その力はどこに向ける?」


 剣士の言葉に、少年は暫しの間考え込んだ。自分は何のために力を欲しているのか?


「……よく、分かんねえ。けど、俺みたいな思いをする人が、もういなくなればいいと思った」


 少年の中でも、何故かと問われれば漠然とした答えしか出てこない。人助けをするヒーローになりたいのか。それとも悪を滅ぼす勇者になりたいのか。とにかく、こんな光景を見るのはもごめんだ。そう思う。


「ふん、まあいいだろ。ボウズ、俺の修行は厳しいぜ?」

「へん! 負けるもんか! それから俺はボウズじゃねえ! ソラだ。天と書いてソラだ!」


 全身痣だらけの傷だらけ。それでも顔を顰めながら粋がる少年を見て、剣士は苦笑を浮かべた。そしてソラと名乗った少年の頭に左手を置き、その赤髪をくしゃりと撫でる。


「ガキのクセしてやせ我慢してんじゃねーよ。おら、じっとしとけ、テン・・

「俺はテンじゃねえ! ソラだ……って、あれ? 傷が……?」


 自分の名前をわざと・・・間違えている風の剣士に対し、抗議の言葉を上げようとするソラだったが、自分の頭から、正確には剣士の左手から流れてくる暖かい『気』の流れのようなものを感じた事で、意識を強制的に別の方向に向けさせられた。


「傷が治っていく……?」


 ソラはキョロキョロと自分の身体を見回し、どんどん治癒していく傷に不思議顔だ。


「おじさん、なんだよその手?」

「はっはー、便利だろ?」

「うん! って、そうじゃじゃなくて!」

「俺はな、女鹿メガってんだ。おじさんじゃねえ」


 剣士はソラの質問をはぐらかし、自分の名を名乗った。


「メガ? 変な名前~」

「おいボウズ。お前、俺の弟子になりてえってんなら今までの自分を捨てろ」


 急変と言っていい。今まで優しい笑みを浮かべながら、暖かい『気』を送り込んできていたメガの表情が厳しいものになる。


「え? どういう事?」


 その急変振りと、自分を捨てろという言葉に、ソラは不安を覚えた。僅かに表情に怯えの色をにじませながら、彼はメガに聞き返した。


「お前も見てたろ? 俺の技は人殺しの技だ。それを伝授するからには、今までみてえなのんびり平和な暮らしは一切できねえと思え。その覚悟があるかどうかを聞いている」


 十歳にも満たない少年ソラには些か厳しいメガの言葉。ソラは思わずゴクリと生唾を飲み込む。

 しかし逡巡したのは一瞬。ソラはメガの目を正面から見据えて言った。


「やってやらぁ! んで、おじさんよか強くなってやる!」


 その視線の強さに、メガも一瞬目を見開く。そして今度は少しだけ乱暴にソラの赤毛をわしわしと撫でつけながら言った。


「よし。じゃあ俺を事は今日から『師匠』と呼べ。いいな? テン・・

「俺はテンじゃなくてソラだ!」


「……ソラはたった今死んだ。今からお前はテンだ。過去と一緒に名前を捨てろ。そして生まれ変わるんだ。そして生き抜け。修羅の道をな」


 再び名前を間違えたと思ったソラは憤慨したが、メガの重厚な声色での諭すような言葉に、テン・・は力強く頷いた。


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