第8話 (最終話)ゴリラに化かされるオオカミ。

政府は今回の事件を国籍不明の武装集団と思われる連中がハートフルランドを占拠したと報道をした。

そして死亡した不適合者1%は武装集団に殺された事にして、偽の記憶をアナウンスによって植え付けられた島民達は武装集団から「外に出ないでくれ」と言われた命令に従っていた。テレビもネットも使えなくされてまさに孤島で生きた心地がしなかったと話す。


だが、その中の数名は自らの手で不適合者だった者を殺してしまっていた。


今回の事で国土の防衛面に力を入れるべきだと世論が動き、防衛費が増額する中でハートフルランドは二つ目の島を作る話がでた。



それは今回の作戦が一定の成功を収めて、結果が出た事に起因していた。

五里裏は今も残り1%にもナノマシンが効くように試しながら熱心に研究に向かった。


全てが終わり、研究室に戻った五里裏が要求したのは十分な研究環境と助手として不適合者の坂佐間舞を手元におく事だった。


坂佐間舞の両親は攫われた娘を守るために必死に武装集団に挑み家の壁に穴を開けた記憶を植え付けられた。


日影一太郎は武装集団に連れられていき、そこで夢野勇太を守って凶弾に倒れた事にされた。


倉本勝雄に関しても似た扱いにして本土に住む両親には見舞金が支払われた。


有原有子は変わらずに酒を煽る日々を過ごしている。

後でわかった事だったが継続した飲酒によりナノマシンが機能低下していた事と、7月31日と8月1日の日はほぼ同じ内容で酒を飲んでいてルロロになっていたパートナーからも気付かれなかったらしい。

有原有子は「あの日、備蓄のお酒無くなっちゃって買いに行こうとしたら旦那が暴れたのよね」と言って笑っていた。


夢野勇太の母は死んでいた。

適合者であったにも関わらず死んでいた理由は不適合者の息子を見て暴れたいナノマシンの指示に精神力で抗ったのだろうという事だった。

目からは血の涙が流れていた。


同じように家族を守って亡くなった者たちは武装集団の使った毒ガスでの死と報道された。


そして、夢野勇太は父と共にハートフルランドで暮らし、数年して父が再婚をし幸せに暮らしていた。


五里裏は室長になった大神の下で仕事に邁進していた。ナノマシンを100%の人に届けて犯罪を起こさせない為にと不適合者の健康診断結果を集めて改良を加えて行く。


坂佐間に関しては特に仕事はないが五里裏の補助や助手として書類整理やメールの確認なんかを行っている。それだけで父以上の高給取りになっていて申し訳ない気持ちもあるが口止め料込みなので受け入れるように大神室長から言われている。



あの日から5年が過ぎた。


「五里裏!」と言って飛び込んできた大神は見た事がないくらい慌てていた。


「このゴリラ!やってくれたわね!」

そう言った大神茜は泣いていた。


「どうしてくれるのよ!」

「どうした大神?」


「しらばっくれるんじゃない!」

そう言ってスマホを取り出した大神の画面は短文SNSの「コウシャックー」で、表示されているアカウントは 「@ゆうパパ」となっていた。


「これ何よ!」

そう言って見せてきた画面は「我が子ながらすごい創作力!妻を亡くした痛ましい事件を全く別の物語にしました!」と言う文章と共に一枚の画像が貼られていた。


「小さいですね」

「ああ、大神、タブレットで見せてくれ」

坂佐間と五里裏のかけあいに大神は「喧嘩売るのも大概にしなさいよ!」と言いながらもタブレットPCを取り出すとコウシャックーの画面にし、先ほどの絵を表示する。



子供の字で「ぼくがあかちゃんのとき、こわいひとたちがやってきてぼくのおかあさんやたくさんのひとをころした」と書かれた絵は黒い棒人間が毒を撒いていた。


だが次の画面では「でも、それはうそだとぼくはしっている。おかあさんたちはおみずのどくでおかしくなっていたんだ」と書かれていてアップの棒人間には吹き出しが付いていて「るろろろろ」と書かれている。


ここまで見た大神は「これ、アンタよね!?アンタ夢野勇太に何をしたの!?」と五里裏に怒鳴りつけるが、五里裏はニコニコと「良かったな大神、実験は成功だ。まだ100%ではないが夢野勇太はこれで適合者になった」と言った。


「アンタ!?散々不適合者達のサンプルを求めたのって…」

「はて?何のことだ?俺はあくまで100%を目指して実験として与太話をアナウンスしてみただけだ」


五里裏はそういうと机から大神の承認印が押印された申請書を見せる。

大神は真っ青な顔で「あ……っ…それ…」と言うと五里裏は「簡単な話だな。俺は100%にするために申請を出した」と返す。


「アンタ!だって毎回申請を出したのは坂佐間舞にテストをするって…」

「何を言う?それは今年に入って頓挫した。だから違う人間でアプローチを仕掛けると報告書にも書いた」


大神は慌てて自分の机に残してある報告書を見ると確かに春先の報告書には「現状、坂佐間舞では効果が見えず、時間を浪費するばかりなので被験者を変えようと思う」と書かれていて、大神のコメント欄にも「わかりました。成果に期待します」とサインまでされていた。


この報告書は確認後にコピーを五里裏にも渡してあるので五里裏も「キチンと保管してあるぞ」とトドメを刺しにくる。


「え…あ…」

「いやぁ、熱心なお前がキチンと読まずにサインするまで長かったな」

そう、大神は五里裏が諦めずに何かしでかす気がしていてキチンと見張っていた。

それは4年目までは確かにあって「五里裏も確認するように「大神室長には人の心がない。研究で頓挫した部下に労いや慰めの言葉もない」と書いたら「こんなことを報告書に書く!?」と文句を言ってきていた。


だが人というのは慣れが大きなミスを生む。


毎回似た内容の報告書に遂に大神は読む事が出来なくなっていた。

嘘は書いていないのだが五里裏の報告書には悪意がある。

ナノマシンを形成する際の分量を細かく変えていて、本文は前回通りなのに分量だけが違うトライエラー型のテストに切り替えていた為に大神は読むことが出来ずに遂には被験者を坂佐間舞から夢野勇太に変える一文と実験内容を「睡眠時における夢の管理、起床時にどこまで覚えているのか」にし、父親には「勇太が夢を話したら絵を描かせてSNSに上げる」アナウンスの部分を見落としてしまう。


全ての申請書と報告書を見て青ざめた大神に五里裏は「実験は成功です室長!」と念押しをして地獄に突き落とすと、その後ろでは坂佐間が「わー、ゴリさん凄いよ」と声をかける。


「坂佐間?」

「勇太くんは全部を絵に描いていて、お父さんは全部SNSにアップしてるし、勇太くんの才能に感動して自費出版するって!なんか他にも買いたいって人が沢山!」

しみじみと「そうか。これで夢野勇太も一躍有名人だな」と言いながら頷く五里裏。


「五里裏!?このゴリラ!どこまでやったのよ!」

「申請書を見ればいい。お前の承認印付きだ」

大神はもう一段真っ青になって申請書を見ると3か月前の申請書には「購買意思の誘導実験」とあり説明文にはナノマシンを使い、興味のないものでも買う気になるかのテストを行うとあり、報告書には長期的な実験なので半年後までに結果の報告を行う旨、これが上手くいけば禁止薬物の購入を控えるようにもなると書かれていた。


再度笑顔で「実験は成功ですよ室長!」と言う五里裏に大神は泣きながら「ゴリラ!どうするのよ!」と声を荒げた。



ここで大神のスマートフォンに着信が入る。

画面を見て真っ白になる大神を無視して五里裏はスマートフォンを取ると勝手に通話を始める。


「ご無沙汰しています。五里裏です。お久しぶりですね本部長。いえいえ、これは貴重な実験です。他意なんてありません。我々研究者はロジカルに判断する生き物です。ですから大神室長も申請書を吟味してサインをしてくれました。ありがとうございます。お陰で実験は成功です。今回の夢野勇太の件?あれくらい無視できますよ。別に誰も知らない子供が夢で見た与太話ですよ?変に封殺する方が怪しまれます。

そもそも大神の計画書は処分済みじゃありませんか。夢野勇太の話に戻すと、一歳に満たない子供のトラウマになり得る経験、母の死と懐いていた日影一太郎が目の前で射殺された事実。

それは夢野勇太の深い部分にあったはずなのに夢でそれを見ても怯える事なく絵に描いた。

これはナノマシンがキチンと夢野勇太に浸透し、夢野勇太に睡眠時でも正確に指示を与えたことになります。父親の方も限定的な指示だけを流したアナウンスを唯一受診して行動出来ました。5年前、全島民に行った都合のいい記憶の捏造報道の時とは違います。我々はやりました。はい!次の賞与は期待しています!」


電話を切ると五里裏は「これで貸し借りなしだな大神」と言ってスマートフォンを戻す。


「どこがよ!消されるわよ!」

「まあそうなれば次の行動に繋がる。安心しろ」


「は?」

「仮に俺達が消されてしまうと2つのアナウンスが発動する。これも申請済みで大神の承認印は貰っている。1つは俺達の死や行方不明を報じた記事を見ると5年前のこと…大神の計画書を知らない人達も口ずさむようになる。後1つは定期的に俺が存命の信号を出さないとこれまたSNSに投稿する事になる。坂佐間」


「はいゴリさん」

そう言って坂佐間が持ってきたのは申請書のコピーで「継続したアナウンスの有用性の実験」と「特定条件をトリガーとしたアナウンス実験」とあった。


「あ…アンタ達」

「きっと本部長なら今になって申請書と報告書のコピーを全部見直して頭を抱えてる頃だ。だから大丈夫だ。それに結果を出したから賞与の増額も頼んでおいた」


「そんな事してもアナウンスを消されたらどうするのよ!」

「坂佐間」

「はいゴリさん!」


次に出てきたのは「上書き不可能なアナウンスの実験」の申請書だった。

「拒否反応が出て大騒ぎになる。中には大神の計画書を大声で暗唱する奴が沢山出てくる」

「…んな…」


「感謝してるぞ」

「…何で助けたのよ?」


「5年間キチンと隠れ蓑になってくれたからな」

「アンタって本当に性格悪いわ」


「お前程ではない」

「ムカつくわ」


睨みつける大神に五里裏は再度「お前程ではない」と言って笑った。



坂佐間舞は少しだけ知っていた。

大神茜は元々は研究ばかりの女性でナノマシン研究を行う五里裏凱に惚れてしまった事。

5つ下で今年34歳、五里裏が39歳で五里裏を守る為に危険を冒してあの日水道管理局に赴き説得を行った事。

ああまで五里裏の性格を見知っていて先読みができたのも五里裏をよく知っていたからだった。


坂佐間は何度か政府からお見合いを勧められたが断っている。

それは監視目的と五里裏と分断しようとしているかのようだったが坂佐間は尚のこと「結婚くらいは自分の意思でしたいです」と言っていた。


数年後、全く予期せぬところからこの話が漏れた。

そしてマスコミ達は大騒ぎをしたが五里裏達はどうする事も出来ずに事態を見守ることしかできなかった。

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