第6話 事件の概要。
女の指示通り、研究室には五里裏宛の荷物が置かれていた。
そこにはカプセル薬も置かれている。
だが、罠の可能性もあって躊躇しているとスマホに「早く飲みなさい。時間は限られているわ」と今までの事務的な内容から、正体を隠さない女性の文面になっていた。
坂佐間は心配そうに「ゴリさん…」と声をかけると五里裏は「なんであれ飲むしかないな。とりあえず俺が暴れるかも知れない。皆は逃げられるように扉側に居てくれ」と言って覚悟を決めて薬を飲むとすぐに五里裏は「グッ」と言って苦しみながら眠りについた。
この1時間は長かった。
娯楽は何もない。
机の上の資料なんかはどれも難しい言葉ばかりで読む気にもならない。
有原は「お酒欲しい」とイライラし始め、倉本は「あの女、すぐに保護しないとは訴訟だ」と言い出していてうるさかった。
ようやく1時間して目を覚ました五里裏は目覚めるなり坂佐間達に頭を下げて「済まない」と謝った。
何がどうして謝られたか知りたかった坂佐間達は五里裏に記憶が戻ったのかを聞くと、「記憶もこの事態がどうして引き起こされたのかも思い出した」と五里裏が答えた。
それはあまりにも突飛であまりにも恐ろしい話だった。
五里裏は端末を起動させると画面に向かって「五里裏凱、A4-5487-0054-9682」と言うと「ようこそ室長」と端末が話す。
突然の室長に日影が「室長?」と聞き返し、有原は「わぁ高級取りさんねぇ。お酒ある?」と言い、倉本は「お前が室長ならお前が金を払え」と言った。
坂佐間は黙っている五里裏に「ゴリさん?」と声をかけるが五里裏はコメントを返さずに端末操作をするとプリンターからは5枚の紙が出てきた。
その紙を坂佐間達の前に置いて「プライバシー配慮の時間がないから許してくれ」と言う。
紙にはハートフルランドに引っ越してきてからの坂佐間達の正確な健康診断の結果が記載されていた。
五里裏はその紙を見せながら数枚のプリントを出す。
その間に簡単に説明を始める。
「最下段を見てほしい」
坂佐間はそこを見ると「非適合」と書かれていた。
「私…非適合」
「あら、私は適合だわ」
「俺は適合で勇太くんは非適合です」
「俺は非適合だ」
坂佐間舞、夢野勇太、倉本勝雄が非適合、日影一太郎、有原有子が適合という結果だった。
「次はこれだ。このプリントには簡単に言えば俺の書いた論文なんかが記されている」
坂佐間は読んでみたが全くわからなかった。
この中には誰も分かるものがいないので「ちゃっちゃと説明してよぉ」と有原が言う。
五里裏は「簡単に言えば俺は性善説を信じている」と言って説明を始めた。
五里裏が信じているものは犯罪が起きるのは後天的な要因が主で、人の心は皆生まれた時は綺麗であると言うものだった。
「そうは言ってもさまざまな外因で人の心は悪に傾く。それをなくす為の方法を考えていた俺はこのハートフルランドプロジェクトに参加をした」
「ハートフルランドプロジェクト?」
「簡単に言えば、さまざまな方法でこの日本をより良くする為の計画だ。俺は俺の方法で、畜産や食品加工を行う部署では簡単に言えば肥満の抑制や癌なんかの発生リスクの低減を畜産段階や食品加工時から組み込めないかを研究している」
「その為に集められた島民達が俺たちなんですね?」
「そうなる。そこの夢野くんは第二世代の島民でこれからの成長が期待されているな。可能な限り島のもので生きていて30年後にどうなるか…」
話が脱線した事で五里裏が話を戻すと、五里裏はそもそもはナノマシンの研究をしていて、ナノマシンによる暴力性の抑制をメインに研究していた。
「それなのに水道管理局なの?」
「水にナノマシンを含めて長期的に摂取をしてもらう。注射より安全な量が体に入るし、汗や排泄で外にも出る」
この説明から今回の騒動はナノマシンが引き起こしていた事を五里裏が口にした。
「え?それって…」
「俺の研究にタダ乗りをした奴がいる。それがさっきの女、大神茜だ。アイツは俺のナノマシン研究に自身の愛国心を持たせる研究を重ねたいと言って参加してきた。国家も薄れる愛国心には危険を感じていたから喜んで俺の研究室に送り込んできた。次のプリントを見てくれ」
次のプリントはグラフだった。
「それはナノマシンに軽度の指示を出して島民の暴力性を抑え込んだものだ。犯罪件数が目に見えて減っている」
そのグラフにはイジメの項目もあり日影は声を荒げる。
「だがゼロじゃない!」
「一太郎くん?」
「日影、君が何に苛立ったかはわからない。そうゼロじゃない。だから大神は次のプリントに書いてある計画を立案した」
こうして開かれたプリントには「国土防衛時における強制防衛作戦」と書かれていた。
概要は簡単で早朝にナノマシンに重度の指示を出し、外敵に対して徹底攻撃を加えて国土を守るものだった。
「これが奴の計画だ。簡単に言えば今坂佐間が名付けたルロロ、本来ならばチルドレンと俺は命名したがチルドレン達は夢を見ている状況だ」
「チルドレン?子供達?」
「ああ、役所のアナウンスから特定の指示を送ると島民は皆意志を奪われる。それはさながらハーメルンの笛吹きに連れていかれる子供達のようだから俺はチルドレンと名付けた」
「五里裏さん、今の状況を簡単に教えてください」
「簡単だ。これが大神の作戦でここ3日の飲み水に含まれるナノマシンの濃度を通常の100倍近くに引き上げた。
この状況でなら島民の強制操作が可能だ」
「俺達がおかしくならない状況は?」
「不適合者は体質…ホルモンバランスや血液型なんかの要因が組み合わさってナノマシンが効果を示さない人間の事を言う。不適合達は島民の約1%…、その人達が坂佐間や勇太くん、後は病院で殺されていた連中だ」
「じゃあ俺は…」
「日影は偶然とはいえハートフルランドの飲み物を殆ど飲まなかった。だからナノマシンが規定量に届いていなかったんだ。それでも水は飲まなくても食事には使われる。だから早朝に命令が届いた時に気絶をしたんだ」
ようやく自分の状況がわかった日影は「成程」と納得をして有原は「はいはーい!私はー?」と聞いてくるが「済まないが情報が足りない」と謝ってもう少し踏み込んだ説明をした。
「大神の計画であれば島民全員にはある行動が命令され、それが阻害された時にチルドレンは凶暴化する」
「ゴリさん?ある命令?」
「前日の再現。皆7月31日をやり直す。坂佐間、昨日の予定は?」
「昨日は学校も休みだから10時まで寝てたよ」
「では今朝は?」
「…部活があったから早起きした」
「だから本来居ない時間に居た坂佐間を見たご両親は敵視して襲い掛かってきたんだ」
「そんな…。だって勇太くんだって…」
「そう…俺は不適合者1%がいる限りこの計画は認められないとして止めようとした。だから告発をしようとした。だがこのザマだ。モノレールの運行表まで気が回らずに事故に遭ってしまった。きっとあのモノレールも完全自動化や防衛の重要性を知らせる為に犠牲になったのだろう」
ここでモニターに顔が映し出される。
それは先程の女、大神茜だった。
「ふふ、私はアンタをよく知ってるわ。だから偽の計画書を見せて説明した。プランは8月8日にしていた。でも本来は8月1日。しかも監視の目は緩めない。
やれる事と言ったら夜中の間にエンドランドに前乗りして始発でハートフルランドからの脱出だけ。まあそれも私の予定通りよ。それにアンタが飲んでいた支配避けの薬も私が一時的に記憶障害を引き起こす薬に取り替えておいたわ」
この説明に五里裏が「大神!」と怒鳴る。
大神は「怖ぁい。やぁだ」と言った後である提案をした。
「ひとつ。五里裏、アンタは他言無用を誓って研究室に戻りなさい。それを誓わないとそこの子達の保護は認めない」
「ふたつ。残りの子達も他言無用、ハートフルランドでの永住を誓って暮らしなさい。後は多少の制限はかかるけど就職も住むところも優遇するわ」
日影が「…保護を求めていただけなのに」と口にすると大神は「変わらないわよ」と言った。
「今すぐこれをやめられないんですか!?」
坂佐間がそう言ったが大神は少し馬鹿にしたような顔で「そんな事したら国土防衛の訓練にならないわ」と言って「じゃあ、返事は18時、それまでに地下通路に来なさい」と言った。
「俺は他言無用をしない。だからこいつらは保護をしろ」
「何?納得出来ないの?それとも悪あがき?どうやってもアンタには何も出来ないわよ。諦めなさい」
五里裏はそれでもと言うと大神は「じゃあ好きになさい。あなた達も保護をするから地下の非常用通路を通ってきなさい」と言って通信を終わらせていた。
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