第2話 少女の朝。

8月1日、早朝。

日曜日の朝は地獄から始まった。


少女はスマートフォンを見て飛び起きた。

そしてバタバタと慌てて身支度を整えると、文句を言いながら階下を目指し「もう!起こしてって頼んだのに!今日は部活があるんだよ!」と声を張ると、普段なら階下で朝食を作ってくれている母は寝室から父と出てくる。


その姿は寝間着姿で普段とは違う。

少女は「お母さん?」と心配して声をかける。


母は余程調子の悪い日以外は必ず起きるとすぐに着替えをして家中の窓をあける。

そして少女を起こしていた。

それなのに寝間着姿で寝室から出てきた。


「やだ調子悪いの?」

少女がそう言って話しかけた時、母は虚ろな目で少女を見て「ルロロロロロロ…」と言い出した。


「え?」

少女が驚くと後ろの父も「ルロロロロロロロロ…」と言いながら寝室からゴルフクラブを持って来る。


父は虚ろな目なのに血走っていて、ゴルフクラブを振り上げると少女に向けて一気に振り下ろした。


築3年のまだ白い壁に盛大に突き刺さるゴルフクラブ。

あれは多分夏のボーナスで買ったアイアンとかいうゴルフクラブだ。


それを見て少女はアレコレを思い出す。

父は今の職に就いて3年。

ようやく上向いた状況に喜んでいた。


その傍らで母も喜んだ。


自分だけは古い友達と離れ離れになる事を拒んだが、このハートフルランドプロジェクトに応募して通過した事は奇跡に近かった。


高倍率を勝ち抜き、ようやく手にした移住権。


そもそもこのハートフルランドプロジェクトは食料自給率の向上と地産地消の実現、首都圏集中を緩和する目的で始められていた。


なのでこの狭い島に様々な業種や店舗が集められていて、父もハートフルランドに住む事を条件に、会社に勤める募集に応募した。

ハートフルランドでは後々変わる事も考えられていて、学生、専業主婦、兼業主婦、主夫、会社員、自営業者を募った。


支援金として行政から引越し費用も支払われ、抽選に当たれば住まいまで用意される。


戸建、マンションが1番人気で例え漏れても賃貸が用意され、不平不満が出ないように賃貸には上限金額はあるが望んだ家財道具が支給された。


そこまでするのは理由があり、うまくいけば少子化に歯止めがかかり、地方の活性化にも繋がり、地域格差も無くなる事をデータで実証する為だった。


お父さんは丁度仕事をリストラされていた所にダメ元で応募して仕事が決まった時には喜んでいた。


壁の穴を見てそんな事を思っていた。


だが少女はハートフルランドをよく思えなかった。

悪い場所ではない。島である程度が完結できる。

有名観光地に行きたいと言う要望は叶えられないが、海は入れるレベルで整備されていて、レジャー施設もある。


アクティビティもサイクリングコースやランニングコースも充実されている。

貸し自転車もあるので家族でサイクリングを楽しんで島の端で海を見ながらおしゃれなカフェでお茶も楽しめる。


勿論、自転車のメンテナンスをする人からカフェ店員まで全て公募で高倍率の果てに当選した者達だ。


だが島から完全管理をされていた。

3ヶ月に一度の健康診断、これは学校が休校になる。

そして医者にかかるのも何をするのも番号を割り振られたカードで管理されるので、捻挫で整形外科にかかった時には、ものもらいでかかった目の心配や一度行って熱が下がった風邪の心配をされる。それも別の病院の受診履歴なのに筒抜けになっている。


そして出金履歴から通話履歴も管理され、島民ひとりひとりに個別のアンケートが毎月回ってくる。

アンケートに答える事も移住の条件なので少女の両親は熱心に答えていた。


少女は「直近1ヶ月の通話履歴から島外への通話が多い事がわかりましたが理由をお聞かせください。また島への不満が有ればお教えください」と書かれたアンケートに「島外の友達と話をした。島への不満は友達といられない事」と書いていた。


基本キャッシュレス決済で済ませられるが少女はそれでも現金を持ち歩きたくて現金に換金した時にはアンケートに「現金を用意した理由をお聞かせください」と書かれて吐き気を催していた。


その間も父母に襲われていた少女はこの異常事態に慌てて外へ飛び出す。




外は普段通り平和そのものだった。

だがすぐに異常に苛まれた。



警察も何も機能していない。

だから助けを求めに隣家に入った。


隣家は平和そのものだったのに少女を見た瞬間、父母と同じく「ルロロロロロロロロ!」と言って襲いかかってきた。


少女は必死に逃げた。

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