#30 父と息子 ※
「日本有数の音楽家」
それでもしばらくの間は、スキャンダルは文字化や映像化されて、世間に流布されていた。「父に対してはあの曲の通りだ」を貫いていたKO-H-KIも、虐待の事実があったことははっきりと認めたのだ。続報のため、KO-H-KIの母が捜索され、学生時代の友人が引っ張り出された。しかしそのうちに、マスコミは世論からバッシングを受けるようになったのだ。親から虐待を受けた被害者が今でも苦しんでいるというのに、フラッシュバックを起こさせるような取材をいつまでも続けているとはどういう神経か、虐待やDVを軽く考えているのではないか、KO-H-KI自身だってキャラをかぶってしまうほど傷つき悩んできたってことじゃないか、本人は音楽を通じてちゃんとある程度の回答をしている、もうそっとしておいてやれ――そのほか、ここぞとばかりに、マスコミの無神経な取材態度をけなす、無神経な品のない言い回しあれこれ。なにより「RYUJI」を繰り返し聞いた記者たちが、これ以上KO-H-KIに根掘り葉掘り聞くのはいたたまれない、という心情に傾いていった。KO-H-KIの母親は結局見つからなかった。というより、
スキャンダルの本人が故人であることも大きかった。本人がいない以上、関係者から証言を得るしかないが、それには被害者であるKO-H-KIその人をつつき回すしかない。そしてKO-H-KIはもう、答えるべきことには答えてしまっている。
音楽家KO-H-KIの楽才の評価は、飛躍的に高まった。苦しさ、悲しさ、激しさ、怒り、喜び、楽しみ、そして畏敬、あらゆる感情を音楽で表現した技能と感性は、好悪はともかく、力量として文句のつけようがなかった。父への想いすべてを込めると言い切った曲に、あれだけの感情を写し取って……。さすがは射水隆二の息子――言いかけて、人々はきまり悪そうに口をつぐんだ。ネット配信される音楽番組でも、MCにそのようにされ、KO-H-KIは笑った。
「お気遣いなく。私が射水隆二の息子であることは事実です」
そう、自分は射水隆二の息子なのだ――息子として、あのような親をどう思えばいいのか、わからない。けれど、音楽家として、射水隆二を敬愛し、尊敬していることも、確かだった。父と同じ、音楽の道に進むことを、誇らしく感じていたあの日。あれは――嘘ではなかった。このことに気づいたとき、自分自身とはかけ離れた、うつろなKO-H-KIの「キャラ」は、消滅した。まっすぐな姿勢で、地声で、自分本来の話し方で。ただの自分で――素の自分であるKO-H-KIが、そこにいた。
ある日幸樹は自宅で、父がどこかにしまったはずの手書きのスコアを探すうち、押し入れの奥に押し込まれた、古いアルバムを発見した。かわいらしい赤ちゃんの写真がいくつも並んでいる。自分かと思ったが、どうも違うようだ。幸樹の兄……1歳になる前に不幸にも亡くなってしまった、射水家の長男だと思い当たった。赤ちゃんはとても表情豊かで、寝顔だったり、機嫌よく笑っていたり、恍惚とした顔だったりした。泣いている写真もあったが、苦痛に耐えかねているようには見えず、赤ちゃんの健全な表情としての泣き顔としか思えなかった。見る限り、赤ちゃんに傷やけがの跡はなかった。幸樹はふと、自分が赤ちゃんだった頃のアルバムを探し出して、調べてみた。やはりかわいらしい元気な写真が並ぶ。こちらにも負傷の様子はない。
自分が何歳の頃から、何がきっかけで、父の暴力のスイッチが入ったのかわからない。しかし、2冊のアルバムを見る限り、赤ちゃんの頃の息子たちに暴力をふるっていたようには見えなかった。
そして……兄のアルバムの後ろに、病院の名が印刷された、ぼろぼろの封筒が挟んであった。中身は、病院が発行した書類だった。記載内容から、射水隆二の長男であった射水
酒の勢いで妻子を殴打する男が、殴打をすっ飛ばして、いきなり赤ちゃんの口に異物を押し込めたりするだろうか? 考えにくいことだった。やはりこれは、事故だった可能性が高いといえないだろうか。どのみち悲惨な結末には違いないが、ここに至る道すじの違いは生者の心に雲泥の差をもたらす。
幸樹は、病院の書類と2冊のアルバムを
それでも、すべてが落着したわけではない。
幸樹はしばしば、フラッシュバックに苦悩する。ゆっくりと揺れ動く景色が、どぎつい色彩のマーブル模様に染まり、おぞましい記憶が引きずり出される。苦しかった日々が……怒りと悲しみに絶望した時間が……虚しさに突き落とされた瞬間が……今も幸樹の心を焼き焦がす。
こらえきれず、家具に当たることもある。そして自己嫌悪に陥り、嘔吐する。
それは当然の後遺症だ。
ほめられた行為では決してないが、これまでの虐待経験の反動でそのような衝動に走ってしまうことは、自然な心理効果だ。
無条件に愛してくれるはずの親から、向けられた暴力。それは子どもの心の中で、存在意義を根底から揺るがす。
虐待の被害に遭うことは、被害者の罪ではない。
助けてほしいと、声を上げることは、恥ではない。
助けを求めること――それは、虐待から抜け出すための、ひとつめの重要なステップになり得るのだ。それが、とても難しく勇気のいることでもあるのだが。
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