#26 新曲を作ります
「今、入った映像です。えー、
MCが解説したのは、すでに映像がKO-H-KIのアップに切り替わった後だった。直前までKO-H-KIが話していたのは、気分がすぐれずマスコミの取材に応じられなくて申し訳なかった、という趣旨らしい。彼の背後に、タイトスカートにパンプスの女性マネージャーがようやく追いつき、素早く門を開け閉めした。
「KO-H-KIさん、お父様の
「それが原因でお母様は失踪なさったのですか?」
「お父様をどう思われていますか?」
KO-H-KIさん、KO-H-KIさん――記者たちが競い合って、KO-H-KIにマイクやレコーダーを突き出す。KO-H-KIは門の外に出て、記者たちに応対していた。門のところで待機していた事務所の男性が、落ち着かない顔をしているのが映る。
「父の、射水隆二の、家庭内暴力については、事実です」
白い、能面のような顔で、KO-H-KIは応じた。記者たちの息をのむ音が拾い上げられる。
いつから、どのようなことを、お母様も犠牲になっていたのですか、お父様に対してどんな気持ちで……奔流のように押し寄せる質問に、KO-H-KIは軽く片手を上げて、制するポーズをとった。
「私が父にどんな感情を持っているか、音楽でお答えしようと思っています」
「音楽で……?」
誰かが素っ頓狂な声を上げた。
「はい。近いうちに、発表しようと思っています。今は準備中です。その曲に、自分の正直な心境一切を込めています。私はミュージシャンですので、そういう形で答えを提示します。ひとまずそれを聞いていただいてから、ということで」
たまたま画面に映っていた記者2人ほどが、ぽかん、という顔をしたのが、はっきりとわかった。
「今、お答えできるのはそれだけです。それでは失礼します」
……こんな、人を食った話があるだろうか。記者たちが唖然としているうちに、KO-H-KIは一礼し、事務所の男性が開けた門の中にさっさと入って行く。
「ちょ、ちょっと待ってくださいKO-H-KIさん」
「お母様のことをお聞かせください」
記者たちとレポーターとカメラが押し寄せたが、頑丈な門扉が、さらに女性マネージャーが、立ちふさがる。
「すみません、現在発表できることはそれだけでして……」
取材陣とマネージャーの押し問答数秒の後、画面はワイドショーのスタジオに戻された。
「……えー…………と……」
MCは戸惑った顔をコメンテーターらと見合わせた。バカにした話ですよね、いやでもKO-H-KIさんは虐待にあわれた当事者ですから思うところがあるのでは……コメンテーターらが意見を戦わせる中で、別のコメンテーターがぽつりと発言した。
「KO-H-KIさん、オネエじゃなかったですね」
あ、と間抜けな声がいくつか交錯した。
記者たちの追いすがる騒ぎに背を向け、
限界だった。押し寄せる吐き気と戦いながら話していたのだ。記者たちの顔さえマーブル模様に彩られていた。視界は奇妙に暗く、ゆっくりと不快な揺れ方をしていた。
気分が悪い。だが今は、足を速めることはできそうになかった。
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