#21 現実が追い詰めてくる

 ワイドショーは連日、射水いみず隆二りゅうじの生前の家庭内暴力疑惑について、視聴者を煽り立てた。確かな証拠はなにひとつつかんでいないはずだが、もう番組内では、既成事実として扱われていた。


 射水隆二の楽曲を使用していたCMは、放送が自粛された。配信も停止され、CDの販売店では店頭からの撤去作業がすでに終了していた。


 最近リメイクが進んでいた「アルツリウスの惑星ほし」第4シリーズは、制作にストップがかかった。あのアニメは、射水隆二が作曲したあまりにも有名なテーマ曲と一蓮托生といえるほど、影響力が大きい。最初にリメイクシリーズの制作が決定したとき、制作会社は、作曲者の射水隆二と、最近音楽界に売り出し始めた息子の射水幸樹こうきとに、例のテーマ曲の現代的アレンジをと依頼してきた。射水隆二は息子に「あの曲を作ったのはおれだ、編曲はお前が思ったようにやってみろ」と、ほぼ全面的にまかせたのだ。幸樹はプレッシャーと戦いながら期待に応え、その成果は古参のファンと若い世代とに、幅広く好意的に受け入れられた。制作会社はテーマ曲のクレジットに、編曲者の名前として射水親子を書こうとしたが、射水隆二の意向で、幸樹ひとりが編曲者としてクレジットされたのである。その後、幸樹のもとには、かつて父が作曲した「アルツリウスの惑星」の劇中曲のアレンジの依頼が次々と持ち込まれた。幸樹は不安そうに父を見たが、音楽家としての射水隆二は「お前の仕事だ、がんばってやってみろ」と、鷹揚なところを見せた。こうしてリメイクシリーズでは、射水隆二は音楽監修としてクレジットされ、編曲作業は射水幸樹に――この頃はまだ音大在学中で、射水幸樹名義だった――一任されたのである。射水隆二が不幸な事故によって命を奪われる直前のことだった。完成したリメイク第1シリーズは、音楽監修射水隆二を追悼する意味もあって、放映直前から一大マーケットを確立した。


 そのほかコンサート、番組、ゲーム、ありとあらゆる音楽市場に、激震が走っていた。


 KO-H-KIコウキのスケジュールは当面、すべてキャンセルとなり、幸樹は自宅に缶詰め状態にされた。仕事もないし、門の外にはマスコミが張りこんでいる。仕事に関しては、「疑惑の加害者の息子」だから忌避されたのか、「渦中の被害者」だからそっとしておこうと思われたのか、定かでない。いや、KO-H-KIの精神状態が仕事どころではない、という有様だから、事務所の方からキャンセルを申し入れたのかもしれない。事務所からは、しばらく絶対に外出するなと厳命された。彼らが交代で、泊まり込みでマスコミの不届きな行動に目を光らせてくれる。出入りのたびにすがりついてくる記者たちを払いのけながら、食糧や日用品の買い出しをしてくれる。事務所の方も電話が鳴りっぱなしらしく、何人かは「射水邸に張りこんだ方が電話番よりまだ気楽だ」と笑えない冗談を飛ばしている。


 ……加害者の生前の罪によって、被害者は仕事を失い、生活を脅かされていた。

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