#16 端緒
「……
オーケストラ指揮者の野方
真城はフリーの記者だ。現在は主にある週刊誌で記事を書いている。近頃、野方をつついてホコリを吐き出させているが、ネタの決め手には今ひとつ欠ける、といったところだ。楽団で野方の被害にあった女性には気の毒だが、真城にとってはありがちな話で、スクープとは言いがたい。今夜得られたネタも笑い話がせいぜいである。――ほかにネタがなければ、コンサートマスターの
真城は二軒目、三軒目と野方に同行し、どんどん酒をすすめたが、野方のグチは焚き付けになるかどうかも怪しいレベルものばかりだった。聞いているうちに、どうやらKO-H-KIの「おネエ」はキャラであって、真性ではないらしい、ということがつかめてきた。――真城の感想は「やっぱりな」というものだった。芸能界でキャラをかぶっている人はいくらでもいる。一般人にも、そのくらいのことは知れている。これで記事を書いたところで「それで?」と言われて終わるのがオチだろう。
しかし、周囲が野方を飲み屋に見捨ててさっさと帰ってしまったのは、野方と自分とどっちに呆れているのだろうか。再度苦笑しつつ、真城は野方を起こそうとして話しかけた。
「それにしたって、KO-H-KIはなんで、そんなキャラをかぶっているんですかね」
「
「ああ先生、徳利が」
「親父さんへの反動じゃねえの~」
「親父さんって、
倒されそうになった徳利を避難させて、真城は野方の腕を置きなおした。こりゃダメか。今日は退散するかな。
「キビシイなんてもんじゃねえよ~。オレは若い頃、射水先生のところで修業してたんだが、あの先生はなぁ~」
やれやれ、今度は若い頃の苦労話か。……待てよ。これでドキュメンタリー風の記事にしておくのもいいな。野方圭介、射水隆二を語る。いやタイトルは後からじっくり考えればいいさ。むしろ埋め草としてはこっちの方が有効かもしれない。――もともとクラシック音楽界に興味が薄く、ゴシップを掘り返していたばかりの真城は、「はいはい、射水先生は~?」と聞き返した。
……およそ20分後、真城はあたふたと店を飛び出した。入れ違いにやって来たマネージャーは、すっかり眠りこけたまま取り残された野方圭介を発見した。勘定書きのそばには、1万円札が1枚投げ出されていた。
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