#15 想いの破片

「――今週注目のタイトル、ニュークラシックのジャンルではやはりこの人でしょう。『亡失のセレナーデ』、KO-H-KIコウキさんです! 今回はリモートでインタビューに応えていただきました!」

「こんにちはぁ~、KO-H-KIで~す」


 画面がスタジオから切り替わる。画質がやや落ち、会議室を思わせる殺風景な部屋で、KO-H-KIがにこにこと手を振っている映像になった。その場でMCとやりとりするのではなく、事前にリモートで話し合った映像を再生したもののようだ。


「……でも結局、そのステキなお兄さんにはフラれちゃってぇ~。アタシもう悲しくて悲しくて。でもアタシも作曲家だからぁ、ああこの悲しい気持ち、ああ今音楽になって下りてきてるぅ、って感じたからぁ、1曲作ってみました。そしたらも~ぉ、自分で聞いてもホレボレするような曲になっちゃってぇ、これはもう大勢の人に聞いてもらうしかないって、それでぇ……」

「ああ、それでタイトルが、亡失って……」

「そうなのぉ、失恋の意味をこめてるんですぅ」

 作曲の逸話やタイトルについて、KO-H-KIが上体をくねらせて、甲高い声で、MCの質問に答えている。


「…………やっぱりこの人、男性が『対象』なのかね」

 テレビ画面を横目で見ながら朝食を手早くかきこみ、山口やまぐち浩士こうじはつぶやいた。妻の碧衣あおいは、ふと手を止めていた。視界の中で、KO-H-KIは笑いながら、MCとの会話と続けている。山口碧衣はヴァイオリニストで、仕事の上では旧姓の篠崎しのざき碧衣で通している。


 コウキくん……。


 夫に気づかれないよう、さりげなく食事を続ける。ごちそうさま、と夫は立ち上がると、食器をシンクにさげ、準備のためあわただしくリビングを去る。碧衣はわずかに首をかしげ、いったん箸を置いた。

 どうして……今の話が、気になったのだろう?

 それはそうだ。碧衣にとってKO-H-KIは仕事仲間だし、友人のひとりだ。彼が新曲を発表したとなれば、それは気になる。夫も、彼の作風はかなり気に入っているらしい。


麻帆まほ、おまたせ……それじゃ、行ってきます」

「ママ行ってきまーす!」

「行ってらっしゃい、ふたりとも気をつけて」

 玄関で夫と娘を見送る。今日は夫が出勤がてら娘を保育園に連れて行ってくれる日だ。碧衣がリビングに戻ると、番組はすでにコーナーがかわって、若い男性アイドルグループがスタジオに腰かけ、MCと陽気に談笑している。碧衣はテレビを消して、朝食の続きにとりかかった。


「失恋の意味をこめてるんですぅ」


 ……最近、KO-H-KIとは会っていない。最後に直接会ったのは、先々月、くらいか。インタビューの収録が午前中で終わり、そのまま一緒に最寄りの駅まで歩いた。彼は電車で次の仕事に行くと言い、碧衣は駅でタクシーを拾って帰った。

「おつかれさまでした。お気をつけて」

 別れ際にそう言った彼の表情が、妙にもの悲しそうだったことを覚えている。何か言いたそうで、それでいて、……なんだろう。


 KO-H-KIの「オネエ」は、演技だった。たまたま碧衣が気づいてから、彼は碧衣とふたりだけのときには、変に取り繕わなくなった。そんな彼とふとした雑談になるたびに、恋愛対象が男性であるかのように振る舞っていたのも、いわゆる「キャラ付け」だとわかってきた。……無茶苦茶な話ではないが。

 あのとき駅で別れて以来、KO-H-KIと会う機会はない。それぞれに忙しいし、友人といってもあくまで仕事を通じてのことで、プライベートでわざわざ会うほどの親交はない。メッセージアプリで、音楽や仕事がらみ、ついでの雑談、といったレベルではやりとりしているが、それもほんのときどきだし、やりとり自体も長くは続いていないし、夫に「見せて」と言われれば「どうぞ」と見せられるような、あっさりした内容ばかりだ。


 …………私、何を想像したんだろう。


 自分の考えに、自分であきれた。まさか、そんなはずがない。自分には夫も子どももいる。彼だって、それは最初から知っている。……それが道理なのに、あのときのKO-H-KIの寂しそうな笑顔は、より強烈に、脳裏に焼き付いて、離れそうになかった。

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