#05 つき合い

 コンサート形式の収録は、盛況のうちに無事終了した。曲はモーツァルト、チャイコフスキー、グリーグ、ラフマニノフ、など。野方のがたの指揮はさすがに堂に入っていた。八重樫やえがしも、少なくともコンサートマスターとしての腕前は優秀といってよい。団員たちもそれぞれにベストをつくしたし、ちらほらと混じる音大の学生たちも懸命に演奏でアピールした。なによりも……幸樹こうき碧衣あおいに注意を奪われていた。ドレスアップした姿も美しかったし、本人が言っていた通り、ヴァイオリンは絶好調だった。ときに跳ねるように躍り、ときにゆったりと歌い上げ、……言葉よりも雄弁に、心を、情景を、語る。操る碧衣自身も、ヴァイオリンと一体化し、表情が、まなざしが、指づかいが……そのすべてが、至宝のようにきらめいて見えた。幸樹は意識して碧衣に感情を向け、彼女のヴァイオリンに心を寄せ、ピアノを添わせた。自分のコンディションがよくないときは、調子のよい奏者に合わせるのが幸樹のやり方だ。おかげでリハーサルから調子を上げることができ、夕方の本番では絶好調ではないにしても、聴衆に対して恥ずかしくない仕上がりにできた。ヴァイオリンとピアノは、寄り添い合い、競い合い、楽曲を磨き上げていった――オーケストラを置き去りにしない程度に。打ち上げ冒頭では、全体に向けて若干の反省点が指摘されたものの、ほんのわずかであり、「次の機会では注意していきましょう」といったレベルにとどまり、あとは非常に和やかというか、激しく盛り上がりというか、にぎやかな宴となった。


 幸樹は、酒は好きではない。いいイメージがない。できることなら飲みたくない。だがそうとばかりも言っていられない。逃げられない飲み会では1杯まで、2次会以降は絶対に行かない、とルールを決めていた。今日だって、野方やテレビ局や配信会社との付き合い、碧衣の参加、それがなければさっさと帰っていたつもりだった。八重樫もいるのだから。


 そして思った通り、酒癖の悪い野方と、「人なつこい」と「ずうずうしい」の区分があいまいなテレビ局のプロデューサーとが、飲み会の騒音の約6割を生産する状態となっていた。

KO-H-KIコウキくぅん」

 幸樹がどうにか、碧衣を含む女性多めの一群に混じって雑談しているところへ、いよいよ八重樫が、グラスを片手にドリルとなって食い込んできた。

「この後、ふたりで、どお?」

 酒が入っているせいか、技巧もなにもない。始まった~、という苦笑をコンクリートに埋める女性陣の中で、KO-H-KIははっきりと言い放った。

「八重樫さぁん、アタシ、仕事の関係者とはそうならないって決めているんですぅ」

「いっつもそう言ってさあ、つれないなあ」

「八重樫さん、いい加減にしてくださいよ。KO-H-KIさん困ってるじゃないですか」

 居合わせた男性のひとりが、見かねて抗議してくれたが、その程度で引っ込んでくれるなら幸樹も苦労はしない。


「あっちで話しましょうか、八重樫さん」

 幸樹は立ち上がった。気はすすまないが、このまま八重樫を放置すれば、今度は碧衣たちが迷惑しかねない。女性を自分の盾に利用するのは、もっと気がすすまなかった。幸樹は、廊下に出るかのようなルートを通りつつ、会場の端を通って、騒音の爆心地、いや野方とプロデューサーに近づく。

「野方さぁん、プロデューサー、八重樫さんがぁ、今日の懺悔を聞いてほしいんですってぇ~」

「おおっ、来たか八重樫」

 八重樫の顔色が赤から青に激変したがもう遅い。

「熱心だなおい、まあ座れ」

「KO-H-KIくんもここ……あれ、行っちゃった」

 八重樫の投下に成功した幸樹は、ためらわず離脱した。

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