第十四話 月曜日

 「かっ、香鈴かりん、一緒に帰らないか」


 自分でも声が上ずっているのがわかる。

 引いてるかな……、いや、引かないでくれ……。


 「いいけど」


 月曜日。今日から一週間、香鈴との手繋ぎチャレンジ週間だ。

 登校は、香鈴が陸上部の朝練のため、一緒にできなかった。


 「何ブツブツ言ってんの」

 「はひッ!?」


 香鈴が怪訝そうな視線を向けてくる。

 ヤバい、ヤバい。心の声が駄々洩れだった。


 「ま、陸也りくやが何言おうが、私には関係ないけどね」


 相変わらずきっつい言い方するなぁ。


 「早く帰ろ」

 「ああ」


 チラッと後ろを見たら、さりげなく琉斗りゅうとがついてきているのが見えた。

 どうやったら違和感なく手を繋げるんだ?マジでわっかんねぇ。

 ふと香鈴が歩みを止めた。


 「陸也」


 俺を振り返る香鈴。


 「大丈夫?」


 珍しく心配気なの香鈴の声。


 「何だ?」

 「何だか余裕がないように見える」

 「……っ」


 好きな人と手を繋ごうとしてるんだから余裕がないのは当り前だ。

 しっかし幼馴染にはいろいろと筒抜けで困る。

 互いの癖、幼い頃の失敗、どういう場面でどう行動するか……など。

 でも、だからこそ知ってる。

 香鈴は、普段はツンツンしていても、根は優しいってことを。


 「大丈夫だよ」

 「ならいいけど」


 香鈴はくるりと踵を返し、歩き始めた。


 「何かつらくなったら私に言いなよ」

 「今日は珍しく大人しいな?」

 「たっ、頼りない幼馴染が哀れなだけだから!」


 哀れ……、哀れときたか。

 これが愛情の裏返しだったらいいのにな。

 いつの間にか駅に着いていて、琉斗からメッセージが入っていた。


 りゅーと『六月九日(月)のチャレンジ……失敗』16:52


 ……。

 明日は、手、繋ぎたいな。





 馬『絶対嫌われた~~~~!』20:03


 私に、香鈴からそんなメッセージが届いたのは、その日の夜のこと。

 相変わらず変なアカウント名、使ってるのね。

 なぜ「馬」なのか、と私は聞いてみたことがある。

 —――私って、いつもポニーテールしてるじゃん。それで中学の時、一時期馬って呼ばれてたの。野菜スティック好きだし。

 そう答えられた。

 そんなあだ名のつけ方があるのか……。

 しかし、本人は特に気にしている様子がないし、わざわざ私が言うことでもないわよね。

 ご丁寧にアイコンまで馬の写真だ。


 馬『沙百合さゆりぃ。お願いっ、相談乗って?』20:04


 まあ、高崎たかさき君のことだろうな、と見当をつけると、すぐに指をスマホの画面に滑らせ、返信した。


 sayuri『何したの?』20:04

 馬『頼りない幼馴染が哀れなだけだから、って言った』20:04


 「あ~~~~……」


 私は机に突っ伏し、こめかみに手を当てた。


 sayuri『流石に哀れはないでしょ』20:04

 馬『だよねぇ—――……。』20:05

 sayuri『っていうか、どういう流れでそんな言葉が出てくるわけ』20:05


 何度メッセージを送り合っても、やはり馬と会話している感覚は抜けない。


 馬『いつもより優しく接してみよっかなって思って、「つらくなったら私に言いなよ」って言ったら、珍しく大人しいって言われてちょっと口が滑った』20:06


 超長文。

 この子、焦ってると言いたいことをまとめられなくて長文になるのよねー。


 sayuri『やっぱり、その照れ隠しのツンツンモードをどうにかした方がいいわよー?』20:07

 馬『やっぱりそうだよねぇ……』20:07

 sayuri『高崎君って、意外と単純なところがあると思うから、ツンツンしてると、嫌われてるって思われちゃいそう』20:08

 馬『的確なアドバイスありがとうございます、先輩ッ』20:08

 sayuri『先輩はやめて』20:08

 sayuri『普通に嫌』20:08

 馬『まさかの即拒否』20:08

 sayuri『とりあえず、よく考えてから喋ることね』20:09

 馬『わかりました、先輩ッ』20:09

 sayuri『やめてって言ってるよね(*^-^*)』20:09

 馬『ごめんなさいッ。ヤバ、お母さんが来たから今日はこれにて』

 sayuri『怒られないといいわねー』


 香鈴の母親は、スマホに関して結構厳しいのよね。

 私はチャットアプリを閉じて、スマホをベッドに放り投げた。

 ふう……。本当にこの二人は世話が焼けるわね……。

 何で両想いなのに気づかないのかしら。

 二人とも鈍感なうえに、自分の気持ちが行動に素直に表れちゃうタイプだから。

 ベッドに飛び込み、スマホを手にした。

 さっきまで香鈴との会話に使っていたチャットアプリを開く。

 呼び出したのは、澄み切った空と海が写った写真のアイコン。


 sayuri『今、話せる?』20:16


 返事が来るのが待ち遠しくて、数分間画面を見つめていると、返信を告げる着信音が鳴った。


 りゅーと『もちろん』20:23

 sayuri『ありがと。例によってあの二人のことなんだけど?』20:23

 りゅーと『ああ、そのこと』20:23

 sayuri『そ。あの二人、何であんなに進展ないんだろ』20:23

 りゅーと『いや、今、結構な進展しかけてる』20:24

 sayuri『嘘』20:24

 りゅーと『本当だって。今さ、陸也が今週一週間のうちに香鈴ちゃんと手を繋ぐ!って宣言してるところ』20:24

 sayuri『へえぇぇ』20:24

 りゅーと『あの陸也とは思えないよねぇ』20:24

 sayuri『本当に』20:24

 りゅーと『今日は失敗だったけど』20:25

 sayuri『あら、残念ね』20:25

 りゅーと『でもさ、この一週間のうちにさっさと繋いでほしいよね』20:25

 sayuri『確かに、何度も失敗しちゃうと繋ぐ気がなくなっちゃうかもしれないわね』20:25

 りゅーと『じゃあ健闘を祈るってことで。おやすみー』20:26

 sayuri『おやすみなさい』20:26


 私はチャットアプリを終了し、枕に顔をうずめた。

 本当に可愛いんだから、あの二人は……。

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