第十三話 燃え尽き症候群……?

 「陸也りくやー!」


 下の階から香鈴かりんが叫んでいる。

 起きたばっかりなんだから、もうちょっと静かにしてくれ……。


 「もうっ。早く行こー?」


 少しくらい待てって。

 俺は仕方なく制服に腕を通す。

 ちょうどブレザーを羽織り終わったとき—――……。


 「遅い!」


 香鈴の怒鳴り声と共に、俺の部屋のドアが開けられた。


 「行くわよ」


 はいはい。

 大借り物競争が終わり、実行委員の仕事がなくなったため、香鈴との登下校を再開している。

 それはいいが、こんなに冷たくされると、香鈴から恋愛感情を抱かれていることは絶対にありえないだろう、と思ってしまう。

 しかし、そんなことより今は……。


 「眠……」

 「ちゃんと寝てるの?」


 心配してくれるのは有難い。


 「寝てる……。けど、なぜか何もやる気が出ない」

 「ん—――……。燃え尽き症候群、かな?」


 なんだ、それは。


 「ザックリ言っちゃば、大きな行事の後とかにやる気が出なくなっちゃうこと、だったと思う」


 そうか……。


 「ま、倒れられても困るし?頑張りすぎないでよっ」


 その言葉をものすごく早口で言い、香鈴は足を速めた。


 「ありがとな」


 たまには感謝を言葉にするのもいいな、と思ったのだが……。


 「な、何? 急に。気持ち悪いからやめてよっ」


 軽くショックを受けたが、香鈴が動揺するなんて面白いな、と思い直すと、どうしてだかニヤニヤという笑いが止まらなかった。





 「陸也。そろそろウザい」


 琉斗りゅうとにそうバッサリと言われたのは、その日の放課後だった。


 「香鈴ちゃんの惚気のろけはもう飽きたんだけど」


 うっ。自分でもわかってるが、琉斗に言われるとやっぱりキツい……。


 「ていうかさ。そんなに惚気エピソードがあるなら結構脈アリなんじゃない?」

 「いや、それはない」

 「えっ、何で」


 むしろ、今までのどこに期待できるようなことがあったんだ?


 「それ、ネガティブ過ぎない……?」

 「悪いな、ネガティブなのは性格だ」


 マジかよ、とこめかみに手を当てる琉斗。


 「もっと自信持ってもいいと思うんだけどな」


 具体的に教えてくれ。


 「えっと、手を繋いでみる、とか?」


 いきなりは無理だろ。突き飛ばされるのがオチだ。


 「まあ、そうだよね……」


 俺は少し考え、口を開いた。


 「琉斗と小泉こいずみが手を繋いでるところを見られたら俺にもできるかもな?」


 琉斗の頬に、わずかに赤みが差す。


 「え、陸也、急に何言って……」

 「お手本を見れば俺にもできるんだがなー」


 わざとらしくため息をいてみせる。


 「琉斗君にはできないのかなぁ。俺に散々偉そうにアドバイスしたくせにできないのか—――……。残念だなぁ」


 そう言うと、琉斗はムッとしたように唇を尖らせた。


 「何、僕のこと馬鹿にしてんの?やってやるよ」


 よっし、乗ってきた。人を馬鹿にするくせに、自分を馬鹿にされるのは嫌いな琉斗のことだ。あおれば必ず乗ってくると思っていた。


 「よし。言ったな?」

 「ああ」





 決行日は次の週の月曜日だった。

 小泉の部活やら生徒会やらがあって、琉斗と一緒に登下校ができなかったからだ。

 琉斗は、小泉と駅で待ち合わせをして、学校に着くまでのうちに手を繋ぐ、と宣言した。

 よし、見せてもらおうじゃないか。


 「あ、おはよー!小泉さん」


 琉斗の弾んだ声がする。


 「お、おはよう……」


 続けて、少し戸惑った小泉の声も聞こえた。

 俺は今、二人から顔がわからない程度に離れた場所にいる。

 二人が歩き出すと、気づかれないように少し距離を開けて後を追った。


 「……で、陸也が……でさ……」

 「へえ……。香鈴は……で。……よね……」


 距離があるため、何の会話をしているのかはわからないが、なぜか俺と香鈴の名前がちらほらと聞こえる。

 何の話だ……?

 そんな俺には構わず、二人はどんどん進んでいく。

 いつまでっても繋がないじゃないか……。

 と、道の向こうから自転車がやってきた。

 位置的に、小泉とぶつかってしまうスレスレのところを走っている。

 自分が尾行していることも忘れて、危ない、と声を掛けようとした時だ。


 ―――琉斗が小泉の手を取り、抱き寄せた。

 小泉の顔はたちまち真っ赤になり、周りを気にする素振り。

 琉斗は勝ち誇った笑みを俺に向けて浮かべている。

 俺の体の動きと思考が停止したのは言うまでもない。

 —――なんでコイツら、公衆の面前でイチャイチャしてやがるんだ!

 すると、琉斗が何事かを小泉に呟き、こちらを指さした。

 小泉は目を見開き、また赤くなった。

 とりあえず、琉斗に一言言ってやらないと気が済まない。


 「何でバラすんだよ!」

 「いや、陸也が想像以上の反応をしてくれたから面白くて」

 「え、え?高崎たかさき君、何でいるのっ?」


 普段ポーカーフェイスの小泉がそんな表情をしていると、琉斗が付き合おうと思ったわけがわかる気がする。確かに、こんな表情を自分だけに見せてくれるなんてたまらないだろう。


 「陸也がさ、香鈴ちゃんと手を繋ぐために僕たちを参考にしたいっていうから」

 「あ、そういうこと」


 すぐに納得する小泉。

 さっきまでの動揺はどこへやら。


 「というわけ。悪かったな、小泉」

 「別にいいわよ?」


 おっと、いつものポーカーフェイスに戻っている。


 「陸也、用が済んだならさっさと行ってくれない?二人で登校したいんだけど」


 あー、はいはい。わかりましたー。




 

 昼休み。


 「どうよ」

 「はっきり言って、琉斗のこと見くびってた」

 「僕がやったんだから、陸也も手、繋ぎなよ?」


 痛いところを突くじゃないか。


 「あれぇ、僕が繋いでるところ見たらできるって言ってたよね?あー、あれは嘘だったのかなぁー?」


 くっそ、返り討ちにあった。平気そうな顔して、実は結構怒ってるな……。


 「わかった!」


 琉斗が満足気に微笑んだ。


 「そうこなくっちゃ」




 

 条件が出された。期限は一日。琉斗が見ている登下校中じゃないと駄目。もし繋がなかったら、琉斗の言うことを一つ聞く。


 「期限は延ばしてくれ」

 「何でぇ?」

 「お前らは付き合ってるからいいかもしれないが、俺と香鈴は付き合ってないんだぞ?急に手繋ぎとか、リスクも考えてくれよ」


 一日で無理ならその後も絶対無理な気がするけどなあ。

 琉斗がそう呟いたのが聞こえたが、無視だ、無視。


 「まあ、いいよ。陸也君は度胸がないみたいだしねぇ?」


 最後のそれをからかうように付け足す琉斗。

 何とでも言え。


 「じゃあ、来週一週間の登下校で、ちゃんと手、繋いでね?」

 「もちろんだ」



 そうして俺の奇妙な一週間が始まる。

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