第十二話 決戦!大借り物競争大会
『皆さーん。静かにしてくださーい』
校庭中に
「放送席」と書かれたテントの下に置かれた机の前に座っている琉斗は、本大会の司会進行を任されている。
『はーい、それでは、第五十三回大借り物競争大会を始めまーす』
さらっと開会宣言をする琉斗。
今、俺は実行委員専用の無駄に広いテントにいる。
しかし、独りだ。
琉斗は放送席だし、
何か仲間外れにされた気分。
「暑いわねー」
そう言って近づいてきたのは、琉斗の彼女、
「こんにちは、
「よお」
テントの中に入ってくる小泉。
「一人なのね」
小泉が、可哀想に、という視線を向けてくる。
「悪いか」
「いえ、でも、
そりゃあ俺だって香鈴と借り物競争を見たい。
「実行委員はここで見ないといけないんだよ」
「あら、残念ね」
ああ、残念だ。どっちにしろクラスは違うが。
「それで、何の用だ」
「……別に?」
今の間はなんだ、今の間は。
「隠すな」
「あら、バレてたのね」
大げさに肩をすくめる小泉。
「ちょっとね、お願いがあって」
「なんだ」
「放送係を
小泉さんにもそんな乙女心があったのか……。
「別にいいと思うが、生憎俺にはそれを決める権限がない。先生に聞いてくれ」
ありがとう、と小さくお礼を言って、小泉さんはテントを去った。
まあ、小泉は学年トップクラスの成績からか、先生たちからの信頼も厚い。放送を手伝うくらい、任せてもらえるだろう。
案の定、小泉は許しをもらえたようで、途中から放送にところどころ女子の声が混ざるようになった。
『それでは、第三レースの選手は位置についてください』
小泉の美声がそう告げる。
あれ、第三レースって確か—――……。
そう思っている間に、選手紹介が進んでいく。
『第三レース、第五コース。
……そうだった。第三レースは香鈴の出番だ。
『On your mark,get set,go!』
ものすごく発音のいい合図とともに、選手がスタートラインから飛び出す。
香鈴は運動神経が良い方だが、今の順位は二位のようだ。
一位の選手と香鈴が、ほとんど同時にお題の紙に飛びつく。
『おーっとぉ、二人の選手が同時にお題を手に取りました!どちらが先にゴールするのかッ?!』
琉斗の、超ハイテンションの実況が、なぜか生徒たちにウケている。
俺は、そんなことより香鈴に注目していた。
—――好きな人、なんてお題が出たら、香鈴はどうするのか……?
……と、きょろきょろと辺りを見回していた香鈴が、俺と目が合い、こちらに向かって走ってくる。
まさか—――……。
『佐久間香鈴さんがお題に適する人物を見つけたようだ!さあ、お題はなんだ?!』
周りの観客は騒いでいるのだろうが、俺の耳には何も聞こえない。ただ、視界には、走ってくる香鈴の姿だけがスローモーションのように見えている。
「来てッ!」
テントに飛び込んできた香鈴は、俺の手を掴むと、その勢いのまま走り出した。
足の速さは、俺と香鈴はそこまで変わらなかったはずだが、いつにない速さで香鈴はかけていく。そういやこいつ、陸上部だった。
俺は、その一生懸命な横顔に見惚れてしまう。
—――……香鈴と俺は、一緒にゴールテープを切った。
途端に俺の耳に音が戻ってきて、爆発的な歓声が俺たちを包む。
『佐久間香鈴さん、高崎陸也君と共にゴールです!気になるお題は?!』
—――俺が一番気になる。
審判としてお題のチェックをしている尚に、香鈴がお題の紙を渡す。
香鈴が、頬を上気させて俯く。
自分の鼓動が、走った後だからか緊張からか、爆音でなっている。
多分、高校受験の時だってこんなに緊張はしていなかっただろう。
マイクを持った尚が、口を開いた。
『お題は—――……、〖幼馴染〗です!』
……。お、幼馴染……か……。
『はいっ、佐久間香鈴さん、クリアです!よって、このレースの一位は、佐久間香鈴さんです!』
再度、爆発的な歓声が上がった。
「ほらほら、陸也。次のレースの邪魔」
その場に固まってしまった俺を、尚がどこからか持ってきた台車でゴロゴロと運んでいく。
その振動をどこか遠くに感じながら、俺の意識は薄れていった。
「あ、起きた」
目を開けて、最初に聞いたのはそれだった。
おそらく、琉斗の声だ。
「陸也、おはよぉ」
ここは……。
「陸也の部屋。陸也ったら、ショック受けて硬直した後、そのまま寝ちゃったんだよ。やっぱり実行委員会の疲れがたまってたのかな」
そうなのか……。
「運の悪いお題に当たったもんだな」
尚がケラケラと笑う。
おい、笑い事じゃないぞ。
「ま、香鈴ちゃんが『好きな人』ってお題を引いて失恋するよりはよかったんじゃない?」
「香鈴の好きな人は俺じゃない前提かよッ」
「そうとは言ってないけど~?」
くそッ。かわすのが上手い奴め。
その頃、隣の香鈴の家には、
「残念だったわね、『好きな人』っていうお題が出なくって♡」
語尾にハートをつけて、香鈴をからかう。
「本当は出た方が面白かった、なーんて思ってるんでしょ」
「まあねー」
特に隠さずに答える私。
「幼馴染かー。あんまり面白味ないわね」
香鈴が、だよね、と相槌を打った。
「でもさ、私にとって陸也は、もう幼馴染じゃないよ」
「……」
「陸也は、もう『幼馴染』じゃなくて、『好きな人』だもん。実はね、お題に小さく〝いなければ好きな人〟とも書いてあったんだ」
流石に誰も気づかなかったなー、と香鈴は恥ずかしそうに笑った。
「……ねえ香鈴」
「ん?」
「今の表情、すごく『恋する乙女』って感じだった」
香鈴の顔が、ボフンッと赤くなった。
あら、この顔、高崎君に見せてあげたいわー。
「えっ、ええっ?どこがっ?!」
「教えてあげなーい」
高崎君を想うときの瞳が、完全に恋焦がれているときのそれだった、とは、絶対に言えない私なのだった。
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