第三話 本当は……。 陸也の場合

 翌日。


「はぁ——……」


 喧嘩って、疲れる。特にアイツ、佐久間香鈴さくまかりんを相手にすると。


「りーくやっ」


 テンション高めで話しかけてくるのは、親友の寺内琉斗てらうちりゅうと


「どしたのー、なんかここらへんの空気重いねー」

「……お前、知ってて言ってるだろ」

「うん、まあね♪」


 誰と接するときでも笑顔を作ることができる琉人は、素直とは言えないが、香鈴みたいにツンケンしていなくて話しやすい。


「なあ、琉斗。香鈴と仲直りするにはどうすればいいと思う?」

「聞いてくると思った。そうだなー……」


 コミュ力高めの琉斗の言うことだ、サクッと仲直りできる方法を教えてくれるだろう。そう思いながら琉斗の答えを待つ。


「度胸、かな」


 ??


「……どういうこと」

「手負いの獣を相手にする度胸」


 ってことは……。


「ひたすら謝れ、ってか?」

「そーだよー」

 聞いて損した気分。


「だって香鈴ちゃんはひたすら陸也に対して怒ってるんでしょ?それなら仕方ないよ、ひたすら謝りなよ」

「それは嫌なんだよ……」


 琉斗はうーん……と考え込むそぶりを見せる。


「昨日謝りに行ったときに口論になった原因は香鈴ちゃんだけど……」

「だよな?!あれは香鈴が悪いだろ」

「でも、そもそもの原因は陸也だよ?」


 くっそー……。


「まあ、一人でゆっくり考えな」


 うぅ……。女子の気持ちって本当によくわかんねぇ……。





 二限目の前の休み時間に、香鈴とすれ違った。一瞬目が合った時にサッと謝ろう、と思ったが、すぐに目をそらされてしまった。

 あー、何が正解か全くわかんねー。っていうか、俺はどこで間違えたんだ?

 次の教室移動の時に琉斗に聞いてみた。……呆れた顔でこう言われた。


「そういうところだと思うよ」


 ……どこだ?!俺にわかるように説明してほしい。


「ねえねえ、陸也って香鈴ちゃんと仲直りしたいんだよね?」

「そうだけど?違うなら今までの相談はなんだよ」

「……なんで?」


 は?


「なんでって……」

「だからさ、なんで仲直りしたいの?ってこと」


 なんで……だろうな。


「好きだから、じゃないの?」

「なっ……んだよ急に」


 琉斗はもうすでにからかうモードになっている。


「だってさぁ、幼馴染なら友達にこんなに相談するほど真剣になるかなぁ。普通なら、喧嘩してもいつの間にか元に戻ってる、って感じじゃない?」

「え、普通はそうなのか?」

「大体そんなもんだよ、いや、絶対好きだと思うんだけどなぁ」


 ……。


「だってさ、今までにだっていっぱい喧嘩してたけど、陸也さ、いつも心配してたじゃん」

「何をだ」

「『今度こそ本当に嫌われたらどうしよう』って」


 ああ、そうか。俺は香鈴に嫌われたくないんだ。


「ここまで来たらもう確定じゃない?」

「そう、なのか?」

「いや自分で考えてよ」


 もし俺が香鈴のことを好き、なんだとしたら、全てが腑に落ちる気がした。





 キーンコーンカーンコーン——。

 昼休みだ。今日も、購買部名物のカレーパンを買いたい奴らがドタバタ廊下を走っている。


「琉斗ー、一緒に食おーぜ」

「んー、いいよー。……あれ、廊下にいるの、香鈴ちゃんじゃない?」


 確かに香鈴だ。廊下から俺らの教室を覗き込んでいる。と、ふいに俺と目が合った。またそらされる、と思ったが、目が合うと香鈴は叫んだ。


「陸也!」


 ――教室中のまなざしが俺に向く。

 なんで呼んだ香鈴じゃなくて俺の方を見るんだ。香鈴の奴、この間の仕返しのつもりか。

 ……いや、この間好奇の視線に晒されたのも俺だったな。

 俺が廊下に出ようとすると、なぜか琉斗もついてくる。


「なんでお前も来るんだよ」

「いいじゃん、せっかく香鈴ちゃんへの気持ちに気づかせてあげたのにぃ」

「……それ、香鈴の前では絶対言うなよ」


 りょーかいっ!と元気な返事と敬礼が返ってきた。

 廊下に出ると、なぜか、この間紹介された小泉沙百合こいずみさゆりさんもいる。

 しかも琉斗と意味ありげに目くばせしてるし。

 なんだよ、コイツら。いつの間に仲良くなったんだ?


「陸也」


 香鈴が口を開いた。


「これっ、受け取って」


 トン、と胸に押し付けられたのは、紙袋だった。


「じゃあ!」


 その紙袋だけ俺に渡すと、香鈴は踵を返してA組に帰っていった。残された小泉さんも、おざなりに会釈をすると香鈴の後を追った。


「なんだったんだ、今の……」


 琉斗が紙袋を指さして言った。


「それ、開けてみたら?」


 ガサガサと紙袋を開けると。


「うわ、それ、いつもすぐ売り切れちゃう購買部のカレーパンじゃん、僕が欲しいんだけど」


 余計なことを言っている奴がいるが、何より気になるのはなぜカレーパンか、なんだがな。

 カレーパンを取り出してみた。程よい焦げ目がついていて、香ばしい香りが漂ってくる。一口かじった。


「ん、うま」


 残りは自分の席で食べようと思い、袋に入れなおした。すると、開けたときには見えなかった付箋がついているのに気付いた。


『昨日はごめんなさい。私、いつも意地はっちゃって、素直になれないけど、嫌いにならないで。 香鈴』


「……」

「ん?陸也、どーした?」

「何でもない、座ろーぜ」


 琉斗に背を向け、足早に教室に戻る。

 ……赤くなった頬を見られていないといいが―――……。



 さっき、廊下に出た時よりもずっと軽い足取りで俺は席に向かった。

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