2冊目 『そこにいるのは』

ぐぬぬぬ。この暑さ。堪える。エアコンを効かせた部屋に戻る前に、キッチンでキンキンに冷えたアイスコーヒーととっておきのクッキー缶を用意する。

このクッキー缶はネット通販限定で、秒で売り切れてしまうのをパソコンにかじりついて手に入れた代物だ。いやはや、よく手に入れたよ、私。


今日はBGMが欲しい気分だったから、クラシックを現代風にアレンジしたものをBluetoothのスピーカーでかけて、ベッドに腰掛ける。

枕元に積んである本から、こんな暑い日に読もうと取っておいたホラー小説『そこにいるのは』を引っ張り出す。

単行本だ。私は単行本も文庫本も両方好きなので、同じくらいの頻度で買うし読んでいる。


さてさて、あらすじは。

『そこにいるのは、あなたが最も恐れるものだ』

え?それだけ?どんなホラー小説かまったく分からない。

これはTwitterで見つけて買ったのだけど、あらすじなどはツイートされておらずそもそも表紙に惚れて買ったのだ。

真っ黒な表紙の真ん中に、ロウソクが1本立っているイラスト。

あらすじも『それだけ?』なら、表紙も『それだけ?』なのだ。

なんなら表紙にタイトルも書かれておらず、背表紙に書いてあるのみ。

いかにもホラーな表紙が好みだったんだけど、あらすじをまったく読まずに買ったらこんなことになってしまった。

うーん、まあ、読書は冒険だ。さっそく読もう。


読了にかかったのは2日ぐらいだった。

ページ数は525ページ。あとがきも含めて529ページだから、『分厚い!』と叫ぶほどでもなかったけど、読み応えはあったね。


ホラー小説の体でちゃんと読んだのだけど、長編ではなくて連作短編集だった。

主人公はアイという小学6年生の女の子。

どの物語もかわらしい文体(つまりアイの一人称視点で物語は進む)なんだけど、だんだんとアイの日常は狂っていく。

こう、なんというか、アイが毎日を淡々と過ごしているだけの描写が続いていくんだけど、歪んで狂っていくのだ。

例えばアイが朝食を食べているシーン。

メニューはご飯、お味噌汁、目玉焼き……だったかな?

だけど、アイが食べている音は『ゴリゴリ』なのだ。ずっと『ゴリゴリ』と音を言わせながら朝食を食べている。

何を食べればそんな音がするのかって、想像するだけで怖い。


他にも、アイが小学校へと登校するエピソードでは、アイはニコニコと友人と会話しながら歩いている。

流行りのアニメの話しをしたり、先生の話しをしたりしているのだけど、友人からの返事が一切書いてないのだ。アイが1人でしゃべっているだけ。

でもすごく楽しそうに話してる……。背筋が凍った。


極めつけは、アイの家族だ。

登場するのは、父親、母親、妹。

父親はサラリーマン、母親は専業主婦、妹は保育園児と説明されている。

アイは普通に家族とも仲が良いのだけど、まず母親はなぜかすべての会話がカタコトなのだ。

例えばアイが『ママ、今日のご飯は何?』って訊くと『キョウハ、オムライス、ヨ、アイ』という具合。

妹に至っては『いる』という存在だけしか語られない。しかし、家族のエピソードの中に必ず妹がいる。『壁際に立っている』とか『窓からこっちを見てる』とか。

そして父親。彼は人間じゃない。クリーチャーなのだ。

顔から手が生えていたり、口の中に顔があったり。そのクリーチャーがご飯を食べ、会社へ行き、日常生活を送っている。

滑稽なようでやっぱりおかしい。アイの住む世界が狂っていると分かる瞬間でもあるのが、家族のエピソードなのだ。


でも『そこいるのは』というタイトルが最初はしっくりきてなくて。

内容もさることながら、で、『そこにいるのは結局なんなの?』と思っていたら、ラスト!

とんでもない爆弾を落としてきた。

『読み終えたあと、そこにいるのはあなたが会いたがっていた「アイ」です』だって。

落語みたいなオチなのに、この恐ろしさ。

エアコン、切ったよね……。

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架空読書日記 西桜はるう @haruu-n-0905

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