源氏
どうにか山田の祈祷を済ませ、暫く物忌みをするように告げて送り出した頃には、既に夜はとっぷりと暮れていた。見上げた空に煌々と明るい月が輝いている。
約束の相手が到着するまで部屋で休もうかと考えたところに、丁度馬蹄の高く鳴る音が聞こえ始めた。ああ、来たか、と動きを止め、音がする方を見やると、さほど時を置かずして三つの影が見え始める。
「もも、頼光だ」
傍らの少女にそう声をかけると、彼女は珍しく渋面となった。だが、それも一瞬のこと。「酒器の準備を」と早足で奥に引っ込んでしまった。
晴明は小さく笑う。普段は子供らしからぬ冷静沈着さではあったが、どうにもあの男だけは苦手なようだ。恐らく、必要以上に子供扱いするからだろう。
彼女を煩わさぬよう、釘を刺すべきかと考えながら視線を上げたところに、折良く件の騎馬が到着する。
遠目にも見えたとおり三騎。いずれも見知った男だ。
「お待ちしておりました」
目を細め、愛想よく笑うと、先頭の男があからさまに舌打ちをした。
「白々しい」
吐き捨てるように言いながら、ひらりと地上に降り立つその男こそが、件の頼光――源頼光だ。晴明とは旧知の仲で、先ほど内裏で会ったばかりではあったが、今は二名ばかり郎党を連れて、衣服も着替えて来たようだ。さすがに内裏では束帯姿であったが、今は水干を適当に着崩している。
浅黒くよく焼けた肌の色。通った鼻筋の下の酷薄そうな薄い唇は真一文字に引き結ばれている。切れ長の大きな瞳でギロリと晴明を一瞥すると、背後の二人に合図してさっさと中に入っていってしまった。自分にはあのような態度なのに、ももには柔らかく接するのだからわからない。思う内に、残りの二人も馬を下りる。
「お久しぶりです」
一人が頼光の、次いで、傍らのもう一人の馬の手綱を引き寄せながら、柔和な笑顔で言った。いつも困ったように眉を顰めて、その下の艶のある瞳で見上げるようにして様子を伺ってくるが、今日もそんな顔をしている。腕っ節の割に少し気が小さい彼は、よくよく見れば三人の中で一番体格がよかった。だが、猫背のためか威圧的な印象は与えない。名を坂田金時と言う。
頼光の仲間内では一番温和で、周りの荒くれたちの尻拭いをして回っているようなものだったが、文句を言うことは一切ない。頼光はよい子を拾ったものだと常々感心していた。
こちらに会釈をくれつつも、勝手知ったる様子で厩に向かう金時の背を見送る晴明の横に、最後の一人がふらりと並ぶ。
「鬼子は元気ですか」
声の方に向き直ると、明るい月を背に、化け物じみた美貌の男が薄笑みを浮かべてこちらを見ていた。すらりと背が高く、柔らかな雰囲気を纏ってはいたが、どこかうそ寒い。張り付いた作り笑い。人形のように美しく整った、女性かと見まごうほどの美貌。
だのに、獣の如く獰猛な目をしている。
「綱」
名を呼ぶと、彼は小さく小首を傾げた。その笑みの厭わしさに思わず眉根を寄せ、口元に扇を宛てると、彼はくつくつと笑う。
渡辺綱。頼光にしか飼い慣らせない化け物。
(――否)
本当に飼い慣らせているのかは、甚だ疑問だ。
晴明は深い息を一つ吐くと、静かに続ける。
「あの子を、鬼子と呼ぶのは……」
眉根を寄せて言いかけた晴明だったが、彼はやんわりと微笑みかけながらそれを遮った。
「失礼。……もも、でしたね」
言いながら、彼は笑い、くるりと向きを変えると、背中越しに手を上げて戸内に向かう。
相変わらずのようだ。憂鬱げにため息をついた晴明は、俯き小さく
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます