8.二人の関係の名前
―瑠維―
蝉の鳴き声が、けたたましく響く。
窓を開けて雲ひとつない青空を見上げていたら、背後で、くすっと笑う気配がした。
「なーに、
「ち、違いますよ。よく晴れてるなあ、って…。」
窓を閉め、振り返る。カラカラと音をさせながら点滴台を引いてトイレから戻ってきた桃瀬さんが、ゆっくりした動作でベッドに腰掛ける様子を見守る。
「体調、どうですか。」
「へーき。これ大袈裟なんだよなあ。」
上から垂れ下がった点滴の管を指で弾いて笑ってみせる桃瀬さんの顔色は、数日前見た時から変わらず青白い。
手術を受けて退院してからは定期受診に来るくらいで、調子良く見えていた桃瀬さんだったけれど、一週間くらい前にひどい貧血を起こして倒れ、救急車で運ばれてきたらしい。
カルテの既往歴から、桃瀬さんは心臓とは関係なく元から体が弱いと知ったのは、つい最近のことだった。
世良先生が、心配するはずだ。
「片倉君、仕事はいいの?」
ベッドに横になりながら桃瀬さんが聞いてくる。
「もう、戻ります。桃瀬さんの顔見れたし…。」
腕にはめた時計で時間を確かめる。昼休憩が終わるまで、あと15分くらいだ。
腕時計をはめている近くにできた引っ掻き傷に気づいた桃瀬さんが、手を伸ばしてそっと触れてくる。
「また生傷増えてる。大変そうだね。」
そう言われ、曖昧に笑うしかない。
世良先生がアメリカに発ってから少しして、突然僕は小児科病棟に異動になってしまった。
4月から入った新人が激務から体調を崩してしまい、業務が回らないので男手が欲しいという事になったらしい。上からの命令に可も不可もなく、翌週にはあっという間に異動させられてしまった。
入職してから初めての異動で右も左も分からないどころか、小児科は想像以上に大変で新人が体調を崩したのも頷けた。
何より、辛いのは…。
「世良、もう帰ってくるんだっけ?」
桃瀬さんの言葉に頷く。
「もうすぐ、って言っても9月入ってからとか…それくらいみたいですけど。」
小児科にまで循環器科の医師の噂なんて聞こえてこないけれど、たまたま外来業務で居合わせた元木さんが、こそっと教えてくれたのだ。
「そうかー、思ったより早かったじゃない?」
「はい…けど、」
「うん?」
「辞めないって約束したのにな…。」
桃瀬さんが目を見開く。
「えっ、片倉君辞めるの?!」
「違います、そうじゃなくて。」
「異動になったこと?そんなの別に、同じ病院で働いてるんだからいつでも会えるし、いいじゃない?」
努めて明るく言ってくれる桃瀬さんには申し訳ないけれど、どうしても頷けなかった。
小児科病棟は循環器科とは別棟で、かなり遠い。
それに。
「同じ課の担当っていう繋がりが無くなったら、僕と世良先生の関係って何なんだろうなって、思っちゃって…。」
「…片倉君…。」
掛ける言葉に困ってしまった様な桃瀬さんを見て、慌てて時計を見た。
「あっ、僕もう戻らないと。失礼します。」
桃瀬さんが何か言いかけていたけど、聞こえないふりで病室を出た。
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