④2000年11月
2000年11月
大会の予選の期間、ゲームセンターは異様な熱を帯びる。数少ない決勝大会参加の切符を狙い、ひたすらに対戦を重ねて上達を図る者、人があまり寄り付かないゲームセンターでこっそりと隠し玉を研究する者、狙いをつけた相手の対策をひたすら練る者など、様々な思惑が渦巻く。
早々に切符をとった者も安心はできない。何気なく対戦した試合で癖を覚えられているかも知れない。冗談を言い合う仲間も信用してはいけない。笑顔でウソの情報を教え込まないと、誰が保証するのだ。
格闘ゲーマーなら、一度は味わったことがあるであろう、あの、周りの全てが倒すべき敵であるという感覚。
殺伐として、真剣味に溢れて、緊張感が漂って……それらが全て、楽しさのベクトルを示している。
あの予選では誰が勝っただとか、誰と誰ではどちらが強いだとか、苦手とする人は誰だとか、そんな話題で盛り上がる。
対戦の世界に足を踏み入れて間もない和泉は、初めて触れるそんな雰囲気に戸惑いながらも興奮していた。
「みんな毎日、来てますよね。対戦が全然途切れない。ほんと、凄い」
「そう言うきみが一番来とるけどな。ま、さすがにこんだけ混んどると、レッスン業務はできんで」
「……ですよね」
残念そうに和泉が頷く。
「じゃ、せっかく大会前やし、ちょっと整理しとこか。お勉強会といこうや」
高城はそう言うと、一番近い『MAX』筐体を指差した。数人のプレイヤーが並んでいる。
「今回は、ゲームが与えるプレイヤーへの影響や。唯物史観ならぬ、唯システム史観って感じかな」
プレイヤーにとってゲームとは、システムもキャラクタの性能も、全てが決定された状態で、初めてプレイすることができるものである。あらかじめ決定されているということは、想像するよりも不自由なことではない。むしろ、それが行動を起こす足がかりとなることの方が多いだろう。
例を出せば、牽制の駆け引きに「刺し返し」と呼ばれるテクニックがある。これは相手の攻撃をギリギリの距離で見切って空振りさせ、的確な反撃を入れるテクニックのことだ。相手との間合い調節が鍵となる。主に、M社のゲームのプレイヤーが得意とし、上級者の中には、数ドットほどの距離で攻撃を空振りさせることのできるプレイヤーもいた。あらかじめキャラクターの攻撃範囲が決定されている格闘ゲームだからこそできる芸当と言えるだろう。そのようにゲームシステムやルールが、プレイヤーのスタイルに影響を与えている、というのが高城の話の骨子であった。
「あの辺にたまっとるのがM社の伝統『マスターズ』系のプレイヤーやね。対空、牽制を主軸に、できるだけ密着戦を好まんタイプや。あいつらん中じゃオニタンなんかが一番巧いな」
間合い調節の美学、とでも形容したくなるような、そんなプレイスタイルを信条としている。
「前から思ってたんですけど、なんでそんなリングネームなんですか?」
「ああ、昔のリングネームは自分でつけるんやなくて、勝手に呼ばれて浸透するのが多かったんよ。で、オニの逃げっぷりってことで、オニタン」
「オニは逃げる生き物なんですか?」
「関西のオニは逃げんねん」
このようにしてスラングは生まれる。
「……次、もうちょっと奥の筐体に固まっとるのが、X社の『ウェアウルフ』系プレイヤーや。キャラクターが獣人やモンスターだけあって、ランダッシュや空中からの急降下とか、移動手段が豊富。スピードに任せた戦法で一気に接近してくることが多い。接近してからは、めまぐるしく変わる攻めと守りのターンの判断が巧い。代表選手は亮司みたいな、頭おかしいくらい攻めてくるプレイヤーやね」
周囲を見回し終わると、高城は言った。
「ま、こんなとこかな。注意して観察してみると、そいつがどんなゲームやってきたのか想像つくようになるで」
「でも……」
それまで聞いていた和泉が口を挟んだ。挟んだものの、言葉を選んで言い淀んでいる。高城は視線で先を促した。
「なんだか、昔の身内で固まっちゃってて、別のゲーム出身のプレイヤーとは交流少ないんですね」
いいところに目をつけてくる。内心驚きながら高城はおどけてみせた。
「あー……まぁ、せやね。だから、大会で当たった時は、そいつがやってたゲームに存在しない駆け引きを仕掛けていくのが、コツやね。相手の土俵に付き合わんのが有効や」
「ええ。それはわかります。でも……」そこまで呟くと、和泉は筐体のほうへと向かった。「やだな、そんなの。だって……」
続きは口の中だけで洩らすと、和泉は高城との会話を切り上げて対戦待ちの列へと並んだ。
和泉の背中を見送った後、高城は天井を仰ぎ見た。
そう、俺も嫌なんや。これが次の課題やね。
せっかく同じゲームやっとるのに出会わないなんて損やし。
楽しむためにゲームやっとるのに、よう知らん戦法を使う奴等と対戦したくないってヤツもおるわけで。
そんでそういう一般論とは別に、全ての戦法をハイブリッドさせた最強の強さが俺は欲しいし。さしあたっては大会が、俺と同じ考えの人を増やしてくれるやろ、なんて考えるのも、単に成り行きに任せとるだけやし。
考えても、名案は浮かばなかった。
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