第6話 僕が死ぬまでの物語
あの出来事から数週間後、僕は就職活動を開始しようとしたが、あの時の反動なのか、ドクターストップがかかってしまった。色んなところが打撲やヒビ…医者からは「なんで平然と歩けるの!」と怒られる始末。
強い体に産んでくれてありがとう、お母さん。
あえなく入院となってしまい、病室で暇を持て余しながらゆっくりしていると、コンコンとノックが聞こえた。
「よ、豊、元気そうだな」
ドアが開くと、カムイさんが顔を出した。お見舞いということで色んな果物の詰め合わせを持ってきたのだ。それと団体Tシャツも。
「カムイさん!うわぁー、すいません…ありがとうございます。」
僕にお見舞いの品を渡し、カムイさんは横の椅子に腰掛けた。
「で、今回来たのは、お見舞いはもちろんなんだが…支払いについてだ、マスターから聞いてんだろ?」
「あ、そうでしたね」
昨日マスターから連絡が入っていたことを思い出し、カバンから50万円の入った封筒を渡した。
「…どれ………よし、ちゃんとあるな…ほい」
カムイさんは数枚抜き取ると、すぐに封筒を僕に渡した。中にまだお金は入っているようだった。
「あれ?50万っていう約束じゃ?」
「まぁ今回俺は、マスターと一緒にいて…対して助けてやれなかったし、一度はお前に怪我させちまったし。だからお前からは少ししか貰わないつもりだったんだ。それにマスターからも」
『私たちが依頼主に言う金額は、本人の覚悟を試すためのものだったんだ。本当に覚悟があればどんな事をしてでも行動するのが人間だからね。まぁでも、必要経費程度であとは返すようにしてるんだ。』
「だとよ…だから、忠の治療費と、俺んとこのちゃんこ代、あと今度来た時に飲んでもらう最高級のコーヒー代だけ引いとくぜ?じゃ、またな」
カムイさんは、それだけいうと去って行った。
そして更に数日後、カフェセレナーデにて
「亀さん、あれから彼の素性を調べてみたけど、何も出てこなかったよ。綺麗に『何も無い』」
新華が、豊の情報が書かれた紙をマスターへ渡した。その中には”unknown”だらけであった。
「なんだよこりゃあ…何もないって…」
「文字通り『何も』ないんだよ。産まれてからの情報が……これじゃあ彼は……」
「存在してはイケナイ人間…かな?彼の場合」
トイレから出てきた忠が言う。
「それに彼、何一つ『新華ちゃんは僕のワイフ』なんて伝えなくても知ってたみたいだし…?おかしいと思わないかね?住職の寺の檀家で、カムイくんのファン…そして『おじいさんが私のテーラーに通ってた』…どう思うね、マスター?」
マスターはひとつ思い出していた。
豊が最初に行ったBARのことを。
『応答セヨ、応答セヨ』
「こちら亀」
『こちら鶴、お前今……どこにいる!』
「まさか…いや、あまりにも共通点と始めから持ってる情報量が多すぎる……奴から何か聞いているとしたら」
「いいや……分かったかもしれない…でもこんな事現実に起こることなの…?」
新華は、頭を抱えた。
これまで理系畑で非現実的なことも全て否定して生きてきたのに、仮説が正しいとしたら、ファンタジーが現実になっていると言わざるを得なかったからだ。
「どうしたの、新華ちゃん。何が分かったの?」
心配そうに顔を覗く忠に「大丈夫」と言い、話を続けた。
「まず、彼…そもそもの出生届が出されていない…死んだ妹のものはあったから…そして、鶴井って男は自分の動きや知識を彼に叩き込んで死んだわけよね…もしかして、彼を自分の新たな器にしようとしてるんじゃ……自分の記憶まで何らかの形で…」
ここまで話すとカフェのドアが開き、錦がきた。
「うーっす…ん?なんのお話?え、大丈夫、新華…」
「新華ちゃん、疲れたでショ?もういいよ…今日はお家帰ろうネ…すまないネ、住職。また…」
新華は余りの思考に今にも死にそうな顔になっていたようだ。忠に連れられ、帰っていった。
「そういえば、一条たち上手くやったみたいだな。」
カウンターに座るなり、袖口からタバコを出して吸い始めた。
「ん、あぁ、さすが五条の手際はすごいな。まぁこれが一条たちなりの仕事のプライドなんだろうな。」
この日、とあるニュースが流れた。
『本日未明、伊豆駆川にかかる鉄橋の下で、男性の遺体が発見されました。遺書があり、拳銃自殺をはかったと見て警察では捜査を始めています。尚、この男性は先日国税局の不定期に行われる特別監査にて、贈収賄や横領の疑いが掛かっており、遺書にも自身の生活費や遊興費欲しさにやった、とあり、被疑者死亡のまま書類送検する見通しです。』
ーーーーーーーーーーー
バンッと机を叩く男がいた、その名は
伊豆駆(いすかり)警察署 捜査一課の刑事、大町幸三(おおまちこうぞう)
「御陵(ごりょう)署長!納得いかんのですが!!」
大町は今回の橋の下にあった死体の事件は何かがおかしいと睨んでいた。しかし、署長からストップがかかり、何も出来なくなっていたのだ。
「大町巡査長、藪から棒になんだね…あの事件はちょっと特殊で公安が動いているんだ!我々は手出しできんから言うとるの!」
大町は苛立っていた。
「こうなったら、俺は俺で動きますからね!」
荒々しくドアを閉め出ていった。去り際遠くで、壁に穴が空く音が聞こえた、
「しょ、署長ぉ…あの事言わなくていいんですかねぇ……あの調子じゃ、嵐の前の静けさならぬ、嵐の前にもうひと暴れしてから動きそうじゃないですか?怖いぃ……」
署長の隣にいた今にも泣きそうになっている女性刑事、宮前神楽(みやまえかぐら)が、ヒソヒソと話しかけた。
「彼に伝えるには骨が折れそうだ…折を見て話するさ…はぁ…この世は光があれば闇が生まれ、暗い所にいる人間は、闇の中に一筋の光を見出す。闇も光も表裏一体と言ってもいい…闇の仕事に関わってしまったら、もう戻れない…」
「それは彼らのことですか?」
署長はコクリと頷いた。
「彼らは特に色々抱え込んでいるし、何せ亀さんに…まさかあの男の孫がくるとは…宮前くん、暫く、南岡豊をきっちりと監視するように頼むよ」
宮前は敬礼し、出て行った。署長は遠くで『ぎゃあ!やぁめぇてぇ〜』と聞こえたが、聞かなかったことにした。
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「そういや金髪ゴリラに聞いたよ。あいつ、すげぇ凶暴なんだってね。やっぱキレる若者って怖いと思ったぜ、俺は。」
マスターはため息をついた。
「ありゃあ本当に…とりあえず、鶴井にゃなんつう奴を野に放ってんだってな…墓前に文句付けなきゃな…」
「鶴井?は?なんであの伝説のマスターの相方が出てくるん?」
錦はポカンとして、マスターに聞くが笑ってはぐらかされてしまっていた。
「ま、これで仕事も終わったし、関わりもねぇ、もう檀家だからって会ったらヘコヘコすることもねぇや。聞いた限り、若干あぶねぇ奴じゃん?関わらないほうがいいってぇー」
錦は安心して背伸びをしていた。
「いや、彼はまたここに来ることになるさ…鬼が出るか蛇が出るか……お?いらっしゃい」
マスターは錦に後ろを見ろ、と合図した。
「げっ!マジで…」
「あ、ははは……先日はありがとうございました。あの、マスター、折り入ってお話が。」
「……あぁ、わかってる。」
かくして僕は、この街の闇の仕事人のひとりとして動き始めることになるのだった。そして、様々な事件に巻き込まれていくが、それはまた別のお話。
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場所は変わり、正華会本部では…
「くそ!あの南岡ってやつぁ一体何者なんでさぁ!!」
豊の異常な強さに幹部会で怒鳴り散らす樽尾。そこへやってきたのは、正華会のトップである豪藤柳月(ごうどうりゅうげつ)であった。
「樽尾、外まで聞こえるような声で何言ってやがんだ。」
「ご苦労さまです、オヤジ…いや実はですね、俺のシノギがひとつ潰されまして…」
樽尾はこれまでのことを話した。すると豪藤の顔色が変わった。
「おい、そいつは誰と一緒にいた。まさか、宮下の野郎じゃねぇだろうな!」
「え、えぇと…聞いたところによれば、亀さんとこの兵隊と一緒だったみてぇで…」
豪藤の顔がみるみると憤怒の形相となっていった。
「あの野郎、ついにこっちに噛み付いて来たか。その南岡って野郎の顔も見てみてえもんだ……」
「ありますよ、確か。おい、オン、持ってこい!」
声をかけると、部下のオンが防犯カメラから取り出した画像を豪藤へ渡した。
「こいつぁ驚いた…宮下とこいつ、いつでもいい。殺せ。」
幹部たちはざわついた。それもそうだ。数あるヤクザ者の組織で一番の穏健派と言われる豪藤柳月がここまで感情と声を荒げているのだから。
「親父、一体なんだって…」
「陽(あかり)!おめぇ行けるな。」
陽と呼ばれた若い男を呼びつけた。
「いつでもどーぞ。一人、もうすでに送り込んどりますわ。」
よし、というと、豪藤は椅子にドカッと座り、安堵したようだった。
「やっと鶴と亀が消せる…やっと赤い月は空に登れるんだ……今宵の月のようにな!カッカッカッ!」
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メールの通知音がけたたましく鳴る。男はのそりと起き上がりスマホを確認する。
「ん〜ん、なぁにぃ?ねぇえ、誰からぁ?」
筋肉質な体に抱かれていた女が、スマホを見ている男に喋りかけた。
「野暮用ってやつだよぉ……へいへい、仕事ねぇ〜…あぁあ、ヤクザに狙われちゃって、大変だねぇ〜…ほんとに野暮ったい…」
男は、メールに添付された画像を見ながら、つぶやいていた。
そこには、マスター、カムイ、忠、一条そして…豊の写真があった。
「陽の坊っちゃん、蛇のようにしつこいぜぇ、どこまで耐えられるかねぇ…おぉ怖…」
男は、酒の瓶をラッパのみして、またベッドの中で女と交合い始めた。
ベッドから転がり落ちた瓶には、あの時BARで飲んだものと同じウォッカのラベルが付いていた。
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雨が降りしきる中、倒れている人影がひとつ……
「おい!!豊!!目ェ開けろ!!」
「先輩!起きてください!!!」
__これは、僕が死ぬまでの物語
レギュラーズ・イレギュラーズ
第6話 僕が死ぬまでの物語
薬の匂いが充満する一室に倒れる女性。手足は縛られ、目隠しと猿轡をされている。白衣の男が乱暴に蹴り起こし、腕を掴んだ。
「んー!んんー!!」
女は体をバタ付かせたりしたが、そんな抵抗も虚しく、白衣の男に注射を打ち込まれてしまった。
数分が経つと女は息が荒くなってきた。
「よし…今度こそ…」
というと男は目隠しと猿轡を取った。すると、「んぐっ!」と顔面を真っ赤にして、うめき声をあげたかと思うと、赤黒い血を吐き出し、動かなくなってしまった。
男の手はワナワナと震えている。死んだ女を激しく何度も蹴り飛ばしながら叫んだ。
「また失敗……何時になったら完成するんだ…クソ…クソォ!」
最後には注射器を地面に叩きつけ、鼻息荒く部屋を出ていった。
ーーーーー第二章へつづく
レギュラーズ・イレギュラーズ 櫻木 柳水 @jute-nkjm
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