第4話 薮から暴

「忠、裏は取った、第2フェーズだ。豊くんもいるんだ、無理はするなよ…」


『マスター、申し訳ない…手遅れのようですね……』

マスターは電話口からけたたましい音を聞き、ただならぬ状況であることを察した。


時は遡り、ターゲットである係長が店に現れた時のことだった。

「ンー、とりあえずまずはマスターに連絡……ちょっと君、どこ行くの」

車から飛び出そうとしている僕をすんでのところで気が付いた忠さんは、車の中へ引きずり込んだ。

「離してくださいよ!今行けば捕まえられるのに!」

忠さんは無言でL字の定規を僕の首に押し当てた。忠さんの冷たい目と相まって、僕は恐怖で押し黙った。

「今、君に出ていかれたら私の採寸が狂うんだよ…大人しく言うこと聞かないのであれば、消すよ…」

「はい…」


数分後、店前で談笑していた係長が入っていったのが見えた。

「さぁて、もうしばらくしたら作業開始かねぇ…」

忠さんが準備のため、車の外にでた。

トランクをあけ、いろいろな道具を確認したり、組み立てたり…すると忠は徐に口を開いた。


「この仕事はネ、割に合わないんだよ、わかるかい?」

僕は、え?と声をあげた。

「ンー、わかんない?そらそうでしょ、50万ぽっちで町一番のヤクザ組織と対決しようと言うんだ。おかしいじゃないか。ましてや、依頼人である君を守りながらとか……それに一度怖い目にあってると言うのに自らまた囮?君は一体何者なんだい?度胸が座りすぎてやしないかい?」

忠さんの目に僕への疑念や殺気が感じられた。

「そ、それは……」

ふっと軽く笑う忠。

「まぁ、この仕事が終われば、君とはオサラバだからいいけどね。さ、行くよ。邪魔だけはしないでネ?」

トランクを閉め、足早に店に向かう忠さんを僕は後ろから追うことしか出来なかった。


店のドアを開けると、先程とは別の男が立っていた。

「いらっしゃい、身分証を」

と言ったところで、忠さんは自分の懐から警棒を抜き取り、素早く男の顎を捉えた。

声にならない声をあげて倒れる受付の男。

「かまってる暇はないさ、いくよ」


そのままズンズンと音楽が鳴るフロアを進む僕達は、VIP席にたどり着いた。

そこには、先程受付で談笑していた男と、係長がいた。周りにはギャルが数名…胸元に手を入れ、片や尻を触りながら、ゲラゲラと下品に笑っていた。テーブルには札束……はぁ、僕はなんでこんなバカに襲われなきゃいけないんだろう…

そう思うと、怒りと色んな酒の匂いに頭が割れそうに痛くなってくる。


「あ?てめぇ、南岡?おいおい、なんでこいつ死んでねぇんだよ」

席の手前にいる僕らに気がついた係長は、はだけたスーツ姿のだらしない姿で隣にいた坊主頭の男を小突いた。

「痛いですよ…いや、確かに『ターゲットは殺った』って……」

小突かれた脇腹を押さえながら、坊主頭の男は答えた。

「だからガキにやらせるなって言ってただろが!…まぁいいや、何の用だぁ?殺さないでぇとでも言いに来たか?あ?」

係長はカバンから札束を二つ、三つと取り出した。

「ほれ、お前も共犯になれよ、それ持って『係長は最高の漢(おとこ)です!ぶひー!』って言って見ろよ!ぶひゃひゃひゃ!早く金持って帰れよ豚!」

またゲラゲラと笑い転げる係長。そうとう下戸なのに見栄で飲んでるのだろう。

「ンー、あまりスマートな飲み会では無いみたいだネ?…ん?」

僕は恐らく震えていただろう。様々な感情がどっと溢れ出た。


「もういいだろ、豊…」

頭の中に声が響いた。懐かしい声だ。


目の前では下品な顔が近づいてきて、僕の頭や顔を札束で叩いていた。何やら罵倒のようなものも発していたが、よく聞き取れなかった。まぁ聞く必要も無いだろう。

この状況に、呆れなのか怒りのあまりか分からないが、思わず笑ってしまった。

「はっはっはっ!!!」

なんだコイツ、と言わんばかりに後ずさりした係長。いつの間にか周りにいたギャル達は居なくなっていた。


「えぇ、確かに僕を襲いに来た奴らはいましたよ。でも僕がタダで殺されるわけないじゃないですか?その連絡は僕がさせたんですよ、ぼーくーが!」

忠さんが驚いてこちらを見るのが分かったが、もういいだろう。

「なんだぁ?やけに生意気じゃねぇか、おい。俺にそんな口聞いていいと思ってんのか?」

僕は近くにあった酒瓶を取ると、一気に飲み干した。

「豊くん、どういうことだネ?何してるのカネ…」

僕は肩を掴んで止める忠さんを吹き飛ばし、持っていた酒瓶を思いきりテーブルに叩きつけ粉々にした。あまりの出来事に静まり返った店内。

「さぁて、今度は僕が追い込んであげますよ、係長ぉ?」

僕は割れた瓶を係長へ投げつけた。係長は「ひっ」と情けない声をあけて、すんでのところで避けた。壁に瓶が当たったガシャンという音とともに、イカつい見た目のスタッフが1人また1人と集まってきた。

僕は近くにあった椅子を振り回して係長に迫って行った。係長に迫る間、『てめぇ!』『コノヤロウ!』と僕の周りに人が駆け寄ってきたが、そんな奴らの事など気にもせず、力の限り椅子を振り回していた。

「どうした!正華会ともあろう奴らがこんなもんかい!!」

皆叫び声をあげながら倒れていく。立ち上がり、殴りかかって来た者もいたが、カムイさんに教わった護身術で逆に叩きのめした。


「あだだだ…ンー…これは本当にさっきまでの彼なの?えぇ?なんか口調も違くない??」

そんな中、忠は奥にあるスタッフルームまでふっ飛ばされていた。

「邪魔だけはしないで欲しいんだけど……ネェ…」

豊への苛立ちから久々に頭に血が昇りそうだったが、立ち上がると、自分の携帯が震えているのがわかった。

「…もしもし?マスターかい?」

『忠、裏は取った、第2フェーズだ。豊くんもいるんだ、無理はするなよ…』

「マスター、申し訳ない。手遅れのようだ…豊くん、人が変わったように暴れてしまって…」

これだけの暴れている音、電話口から聞こえないわけがない。

「わかった、今行く!」とだけいうと、マスターは電話を切ってしまった。

「ンー…よいしょ!派手にやってくれちゃって…さぁて、久々の荒事…やっちゃいますかぁ…新華ちゃん聞こえる?」

忠は携帯とは別の端末から、新華へ呼びかける。

「死んだ?」第一声に思わず吹き出してしまった。

「ンーもう、ひどくない?まだピンピンしてるよネ」

懐から、先程豊を押さえつけるために使用したL字の武器を取り出した。

壁に持たれかかり、あたりを見渡した。

どういうわけか、人が変わったかのように…いや、これはカムイが乗り移っている、それとも違う何か別の何かに意識を乗っ取られたような戦いぶりの豊がいた。

絶対におかしい、と忠は思っていた。しかし、豊が殴り飛ばした相手は『あいつもだ!』『やっちまえ!』と鼻息荒く向かってくるものだから、そんなにゆっくりもできない状況になってしまっていた。

「新華ちゃん!まだ?ライセンス!」

大ぶりのパンチかキックをいなしながら、端末で新華に問いかける。

「OK、今申請通った。殺っちゃっていいよ」

新華のキーボードを叩く音が聞こえた。すると電子音声が流れた。


【特別許可 正常発効完了。ライセンス:制圧・鎮圧及び恒久平和に係る殺人の許可】

【許可交付対象者:宮下亀吉、長山カムイ、紫城忠】

【本日も平和維持のための活動よろしくお願いいたします。】


「ンーよし!やっと本領発揮ってわけネ…ごめんねぇ、これも平和維持活動なんだよネ、雑魚の兵隊さん……」

忠がそうつぶやいてからは、早かった。

豊が殴り飛ばしたり、自分へ向かってくる男共を次から次に止めをさしていった。すると、完全に怯えた係長が逃げていくのが見えた。

「あ、豊くん!あっちに逃げたよ!」

豊はじろりと忠を一瞥すると、返事をするわけでもなく、係長が消えた奥のドアを乱暴に開け放って追いかけて行った。


「豊くん、本当に君は何者なんだい…」




レギュラーズ・イレギュラーズ


第四話 薮から暴

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