第2話 嵐の前のひと暴れ

「お前さ、おとりになってみねぇか?」

カムイの仰天の提案に、僕はあたふたしてしまった。

「いや、え?確かにエース…色々鍛えて貰いましたけど…冗談キツい…」

やんわり断ろうと喋っていたが、カムイはさらに顔を近づけた。

「ガチだ。おやっさんには話通しとくから、今日はお前一人でいろ。いいな。」

そういうと、カムイは様子を見ながら去っていった。えぇ……という思いで見送っていると、社長が出てきた。

「えー、我社は特に問題ないことがわかりましたが、一部経理関係の監査が終わっておりませんので、本日は臨時休業といたします。何か用がある場合は、今から貼る紙に連絡を入れてから入るように。以上」

すぐにドアが閉められ、連絡先の紙が貼られた。

すると同時に僕の電話が鳴った。見たことの無い番号だった。

「え…誰……もしもし?」

「私です、一条です。よそ行きの声で申し訳ない。マスターからこの番号を伺いましてね。昨日は失礼しました。」

今社長室にいる一条からだった。見上げると、軽く手を振る一条が見えた。

「南岡さん、手短に話します。貴方が見たのは、係長の水増しと横領ですね。」

心臓がドクンと脈打つのがわかった。

そう、係長は本来出すべき見積もりと別に、水増し分の見積もりを作っていた。そしてそれを残業中に転んだ弾みで見てしまった、というのが事の顛末。そこから、嫌がらせや命に関わるようなことも起こるようになってしまったのだった。

「あ…それは……」変な汗が流れ、しどろもどろしていると、電話口からは

「大丈夫、依頼人は守るのが我々ですから。今日はひとまず自宅へ帰られたほうがいい。カムイくんは…居ないようですね。何かあればカムイくんに連絡してください。くれぐれも気をつけて下さい。では。」

社長が戻ってきたのか、急ぎ足で電話が切れた。

もうここまで証拠を掴んでいる……この人達は一体何者なんだ……


フラフラする体を落ち着けようと、近くにあるコーヒーショップに寄る。新作が出てるようだが、どうしようかなと悩む頭は今はない。

普通のコーヒーを頼んで席に着いた。

すると、隣の席にドカッと座る人影があった、係長だ。跡をつけていたのだろう。


「よぉ〜、南岡ぁ、奇遇だなぁ」

なんとか抑えようとしているが、明らかに怒気を含んだ言い回しに、また心臓が波打っていた。

「え、ええ…なんか大変でしたね、会社」

必死に絞り出した言葉を聞くや否や、椅子を近づけてきて

「お前、チクったんだろ?顔に書いてあんだよぉ…なぁ?」

「知らないです、僕は、何も」

ふぅん、というと係長は席を離した。コーヒーと一緒に買ったであろうパンを袋越しに触っている。

「もしさぁ、お前が嘘ついてたら……こうしちゃっていいかなぁ?」

というと、持っていたパンを片手で潰し始めた。僕は恐ろしくなり、コーヒーにも手をつけず席を離れた。係長はもう後がないんだ、目が本気だった。

僕は震える手でカムイさんに電話をかけた。

「もしもし…ダメだ……」繋がらない…。

なんとか周りを気にしながら歩いていると、ある場所を見つけた。

「あれ、これって……」


この出来事の数時間後、係長はおもむろに電話をかけ始めた。

「もしもし、俺だぁ。あぁあのガキンチョ早急に殺っちゃってくれや…金は払ってんだ、ちゃっちゃとしてくれ。俺も後がねぇんだわ、全部バレちまったわ。バレて捕まんのは別にぃ、だけどよ……俺のこれからの人生めちゃくちゃにしたあのバカだけは殺さねぇと気がすまねぇ……早急に!大至急!ちょっぱやでやれ!」

係長はタバコに火をつけながら、電話の相手に怒鳴りつけていた。

「あいよ、わーったよ、わーったから今日殺るから、後でな」

電話の相手も何度もやり取りをしてるせいか、はいはいといなすばかり。

「次失敗したら、分かってんだろうな」

係長は無駄に凄んで威嚇するが、相手は興味なさそうに

「へいへい、大丈夫だから、安心しろ」

舌打ちをして電話を切った係長は繁華街の方へ消えたのだった。



「…あー、やっと終わった…安心して捕まれ、クソムシが、バーカ。」




コーヒーショップでの一件から、僕は遠回りしながら自宅へ帰り、戸締りという戸締りをして、布団にくるまっていた。

あの係長の表情を思い出す度に悪寒が走った。

しかし、人間というのは不思議なもので、こんな状況でも本能には抗えず眠れてしまうし、腹は減る。


ふと目が覚めて時計を見ると、19時を過ぎていた。自分でも余程疲れていたのかと納得してしまった。

冷蔵庫を開けても特に食材が入ってる訳でもないので、近所のコンビニまで弁当を買いに行くことにした。

さすがにこの時間に出歩くのは怖いが背に腹はかえられぬ思いで、なるべく目立たぬよう走った。

コンビニで弁当を買うと、外には訳でもない若者数名が駐車場で騒いでいるようだった。

レジをしていた店長らしき人も、

「あいつら、ここ最近の毎日この時間に騒いでるんですよねぇ…警察が来たら、さっと居なくなっちゃうし、なんなんでしょう」という。

まぁヤンキーくずれはどこにでも居るから、と思い、「暖かいからですかね」と変なことを言ってしまった気がする。


外に出るとまだ薄らと冷たい風が吹いていた。

冷めないうちに部屋に戻ろう、としたその時、後ろから鈍い衝撃がきた。

倒れながら後ろを見ると、先程屯していたヤンキーのうちの1人がニヤニヤと僕を見下ろしていた。

来いよ!という合図と共に、他のヤンキー共も総出で倒れた僕を蹴りつけた。

その一撃で僕は気を失った。


「南岡君、大丈夫か!」

待合室で待っていた僕に声をかけたのは、マスターだった。息を切らしながら、心配そうな目で僕を見ていた。すぐに、にこりと笑い、隣に座った。

「大丈夫です、ありがとうございます。ちょっと当たりどころが悪くて気絶しちゃったみたいで…すぐコンビニの人が通報してくれましたので。」

マスターは大きなため息をついて、安堵していた。

「ひとまず命に別状無さそうでよかった…新華君から南岡君が襲われたと聞いてね。カムイは今動けなくてね。いい策だと思ってたんだが、すまない……」

マスターは僕に深々と頭を下げた。

「君に負担がかかってしまった…これからは」

「構いませんよ、続けましょう。」

僕はマスターの言葉を遮った。

もちろん策がある訳では無い、でもこの人達となら何とかなるんじゃないか、という気持ちが勝ったのだ。

病院内に、ブーツのドタドタという足音が響いてきた。息を切らして、カムイが走って来たのだ。

「大丈夫かぁ!!ちっきしょう…すまねぇ、豊…まだちゃんとした策もねぇのに1人にしちまって……申し訳ねぇ!」頭を下げるカムイにマスターが拳を振り下ろす。

カムイは痛みと衝撃で、ぐっといううめき声をあげ倒れ込んだ。そこにマスターの怒声が響いた。

「依頼人を守るのがおめェの役目だろが、小僧!!なんかあればてめぇんとこか、忠んとこ行かせろと何度も言ってただろ!突っ走っていいことなんてなかったのまだ分かんねぇか!」


「すまねぇ…甘かった…また俺は…クソ……クソがぁぁ!!」

カムイは床を殴り、立ち上がった。そして、すぐさま踵を返した。

「まて、何処に行く気だ。」

無視して行こうとするカムイの前にマスターが立ちはだかった。その顔は鬼の形相であった。

「俺が全部終わらせる…退いてくれ。」

「落ち着け!怪我は負ってるが、命が奪われた訳じゃないんだ!一度セレナーデに集まれ、全員招集、本格始動だ。」

ついに闇の仕事の【裏側】が動き出す様子であった。


レギュラーズ・イレギュラーズ


第2話 嵐の前のひと暴れ

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